第18話 幼馴染は間違いを演じ続ける
「ご飯もうすぐ出来るから、早く来てねー!」
「あ、ああ。わかった」
リビングから投げられた明るい声に戸惑いつつ、返事をする。
ワイシャツを脱いで、ベッドの上に放り投げた。
首元に少しだけ血がついている。頭吹き飛んだのに、血による汚れがこれだけなのは、氷上が血を凍らせてくれたからだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、今は香織の態度だ。
あいつ、なんであんなに上機嫌なの?
帰ってきた俺を出迎えてくれた香織は、不機嫌でも、怒るでも、悲しんでるでもなく、やけに機嫌が良かった。
そもそも、出迎えてくれている時点で何かしらあるのだが、上機嫌だから迎えてくれるパターンは稀である。
機嫌悪くなる要因は沢山あるが、機嫌が良くなる心当たりは全くない。謎すぎる。あまりにも不気味だった。
恐らく、氷上がかけた電話のせい。何を話したのか知らないが。
先程から問いただしてやろうと、氷上に電話をかけているのだが、一向に繋がらない。ずっと話し中のままだ。
これ、着信拒否されてるだろ。ふざけんな!
スマホをぶん投げたくなったが、ギリギリで踏みとどまり、落ち着くために大きく息を吐いた。
とりあえずと、服を着替えてリビングに向かう。
リビングに繋がる扉から、そっとキッチンを見ると、香織が鼻歌混じりに料理をしていた。どうやら唐揚げみたいだ。
やっぱり、めちゃくちゃ怖い。
なんで、あんなにご機嫌なんだよ。
しかも、わざわざ俺の好物の唐揚げ作ってくれてるし。
どういうこと? 幼馴染の思考パターンは大抵把握していると思っていたが、今日の香織はマジで理解できない。
女子の心ってこんなに難しいのかよ。攻略本用意しておいてくれ。
「あれ? 拓也、何やってるの? そんなとこで」
こっそりと観察していたら香織にバレてしまった。
観念するようにリビングに出る。
なんで、そんなに機嫌良いんだ?
その言葉一つ言えたらどれだけ楽なことだろうか。
「香織もご飯まだなのか?」
香織の言葉を無視して、尋ねる。
「うん。揚げ物は揚げたての方が美味しいと思って、待っていたから」
それを気にした様子もなく、香織は笑顔で答えてくれた。
「悪いな。帰ってくるの遅くなって」
「ううん。帰ってきてくれて嬉しかったよ」
……あっぶね、鳥肌が立ちそうだった。
「でも、良かったの? 氷上さんとの約束」
「……それは終わったから」
約束ってなんの話だよと思ったが、なんとか誤魔化しの言葉は出てきてくれた。
へぇー、そうなんだーと対して気にした様子もなく頷いた香織。
約束がなにかわからないが、答えは間違えではなかったみたいだ。
そして、おかげで、氷上がどんな言葉を香織にかけたのかなんとなく想像がついてきた。
確証はないが、恐らく、氷上との約束を断って俺が家に帰ってきたということになっている。
喧嘩中の相手に対して、そんなんで機嫌良くなるなよ。どんだけ甘いんだ。
「よし。出来た。お皿持っていて貰ってもいい?」
「……っ」
「どうかした?」
「な、なんでもない!」
背中がむず痒い。
いつもの香織と違うせいだろう。
学校で友達と居る時の香織と接しているみたいだ。出来ればやめてほしい。精神衛生上とても良くない。
「……めちゃくちゃ揚げたな」
5人前くらいありそうな唐揚げの山があった。
「拓也、いっぱい食べるでしょ?」
確かに好物だし、いつもだったらめちゃくちゃ食うけども……。
今は、生き返りの副作用で気持ち悪くて食欲あんまりない。
「……頑張る」
引き攣った笑みを浮かべつつ、ずっしりと重さを感じる唐揚げが盛られた皿を受け取った。
見てるだけで胃もたれしそう。もしかして、新手の拷問なのかもしれない。
テーブルの上にお皿を置く。続くようにして、香織がサラダの入った皿を持ってきた。
「サラダもかよ……」
「拓也は野菜足りてないんだから食べないと」
残念ながら、野菜食べなくても健康体なので、野菜なんて要らないんだよ。
口に出来ない言い訳を頭に浮かべながら、冷蔵庫からドレッシングを取り出した。ついでにマヨネーズ。
それらを用意してテーブルの上に置くと、白米が盛られたお茶碗を持った香織がドン引きした目を向けてきた。
「美味いだろ。唐揚げマヨネーズ」
「なにも言ってないでしょ」
「目がこいつ、そんなもんかけるのかよ。デブかよ。って言ってた」
「そんなこと思ってないから」
呆れた視線を向けながら、香織も着席する。
「けど、そんなの食べてたら太るよ」
「いいんだよ。ダイエットしてるわけじゃないし。てか、お前も食うだろ」
マヨネーズかけて美味しそうに唐揚げを頬張る幼馴染の姿なんて何度も見たことあった。
「拓也がテーブルにマヨネーズを置くせいだもん」
「俺のせいにするなよ」
「美味しそうに食べてるのを見たら、私も食べなくなっちゃうの」
クスリと笑みを溢す。
いつもの憎まれ口じゃない。冗談半分のような優しい口調。
「じゃあ、食べよっか」
「……ああ」
食欲はだいぶ無くなったいたが、手を合わせていただきますをしてから、唐揚げを取って口に放り込んだ。
いつもの味。俺が好きな味。
「……なんで唐揚げなんだ?」
「なんでって……、その、拓也とちょっと喧嘩してたから、好きなもの作ろうかなーって」
少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いて、早口気味に答えられた。
なんで唐揚げなのかと思ったけど、そういう意図だったのか。
香織らしい。じゃあ、もし俺が帰らなかったら彼女はどうしていたのか。
用意していたご飯を一人で食べていたのか。
また香織を傷つけていたかもしれなかった。それを回避することが出来たのは良かった。
良かったのに……。
手が止まる。喉が食べ物を拒絶している。体調不良だったことだけが原因じゃない。
最悪だ。本当に自分が嫌になる。
「……悪い」
口から言葉が漏れる。
「なにが、あっ……」
俺の違和感に気がついた香織が、こちらを見た。
その瞳が揺れる。きっと気づいた。気づかせてしまった。
俺の言葉の意味に。
機嫌が良くて、素を出してしまった自分の行動に。
結局、俺はもっと最悪な形で再び香織を傷つけた。
小さく口を開閉させてから、困ったように笑う。
「ごめん。あんたの気持ち、考えてなかった」
なんでお前が謝るんだよ。おかしいだろ。怒れよ。理不尽だって。ふざけるなって。その権利が香織にはあるだろ。
絶対に間違っている彼女の言葉に返事は出来なかった。
だって、それを望んだのは俺だ。
空気は最悪だ。
けど、それでも、さっきよりも胸の奥が軽くなった。
香織の想いを踏み躙っておいてそう感じる自分が、最低の屑野郎だとよくわかる。
香織の気持ちに気づかない訳がない。あれだけあからさまなのだ。けど、どうしてもそれには答えられない。
神里香織は、「優しい幼馴染」という素を隠して、「ツンデレな幼馴染」という仮面を被って俺に接してくれる。
香織に感じるあの人の面影が少しでも薄れるようにと。
けど、そんな仮面を被っている香織の想いに答えたら、優しい幼馴染の彼女はどうなる。
それがどうしようもなく怖くて俺は彼女の思いに返事をできない。
「ほら、冷めちゃうでしょ。食べなさいよ」
取り繕った顔で香織は促してくる。
「ああ。そうだな」
やっと動き出した箸で唐揚げを掴む。
食べながらされるのは他愛もない会話だけ。いつも通り。
俺と香織は、いつも通りの間違った日常を描き直していた。
* * *
櫻木拓也たちが居なくなった夜の公園で、ゆっくりと木陰に近づく女がいた。
「ふーん。そっかぁ。そうなるんだぁ」
少しだけ感心したように、呟きながら、櫻木が自爆した辺りを歩き回る。
「流石だなぁ。血飛沫一つ残ってない」
失踪事件は痕跡一つ残らず、救済出来たのは佐藤水月一人という結果で終わりを迎えた。
思ったより、つまらなかった。
それが女の感想だった。
「あの氷の魔女が水月ちゃんを殺すと思ったんだけどなぁ」
そうすれば、あの二人の間に最悪な溝が生まれたのに。
「まぁ、いいや。やりたいことは終わったしね」
現場の検証のようなものを終えたのか、女は大きく伸びをした。
「次はどうしようかなー」
口元には愉しそうな笑みを浮かべながら、女は考える。
とりあえず、彼に近づくあの女は邪魔だ。
「ふふ、また殺してあげるからね。エリス」
暗闇の中で、ポニーテールに纏められた髪が上機嫌に揺れた。
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