第19話 休日の有意義な使い方

 スライム討伐の翌日。つまり土曜日。

 土日は引きこもって、ゲームをするやら、本を読むやら、ゴロゴロするやらと、怠惰に生きるに限る。

 そんな高等な考えを持っている俺ではあるが、なぜかいつもそんなに引きこもれてない。

 主に香織によって無理矢理に連れ出されるせいで。


 そして、今日もまた自室というオアシスから出てきてしまっている。今日は香織が原因じゃないけど。


「麦茶でいい?」


 尋ねてきた女性は、冷蔵庫から麦茶の入った冷水筒を取り出して、コップに注いでくれる。

 尋ねておいて、俺の答えを聞く前に注いでいるが、いつものこと。慣れてしまった。


「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


 テーブルに置かれたコップを受け取って、口に含む。

 外は中々に暑かったので、喉がだいぶ渇いていたからいつも以上に麦茶が美味い。

 ぷはぁっとビール飲んだおっさんぽいことしたくなるが、流石に彼女の前だと自重した。


「それにしても、珍しいね。2日前に来たばかりなのに」

「家を出る用事があったんで」


 俺の横には昨日、氷上に預けておいた鞄。

 先程回収してきたばかりだ。

 後始末という名の、佐藤の両親への記憶改竄は全部終わったらしく、佐藤は既に氷上家から帰宅した後だった。


「それだけなの?」

「他に何か理由あります?」

「うーん。例えば……、家に帰りにくいとか」


 顎に手を添えて軽く考えてから、そんな答えを口にしてくる。

 それに俺は馬鹿みたいに動揺して、言葉が詰まってしまった。

 彼女は、チラリと俺の表情を見て、当ててしまったことを悟ったのだろう。一転して、笑顔を浮かべた。


「あ、私に会いたくなったって理由なら嬉しいな」


 それはそれで返事がとてもしにくいんですけど……。


 彼女はお茶を冷蔵庫にしまってから、ベッドに腰掛ける。

 肩くらいの長さで切り揃えられた黒髪が揺れた。長いまつ毛。綺麗な白い肌。ほっそりとした身体つき。

 人形のような美しさを持つ彼女、和泉葵いずみあおいは、座布団の上にあぐらをかいて座っている俺に視線を合わせて、じっと見つめてきた。

 堪らずに視線を逸らす。


「む、視線逸らした」

「……逸らすでしょそりゃ」


 美人なお姉さんに見つめられるのには、ただでさえ慣れてない上に、この人の瞳は見透かしてきそうなほどに綺麗だから怖い。


「せっかく来てくれたから、お姉さんが拓也くんの人生相談に乗ってあげようと思ったのに」


 葵さんは胸に手を添えて、少しだけ威張るように胸を張るポーズを取った。

 お姉さんというだけあって、彼女は大学2年生。俺の4つ上だ。初めて会ったのは中学3年の頃だからもう2年以上の付き合いになる。

 葵さんは8畳ほどのアパートに一人暮らしをしていた。


「人生相談って……」

「ほら、あるでしょ? 香織ちゃんと喧嘩したとか、香織ちゃんに愚痴を言っちゃったとか、香織ちゃんの物壊しちゃったとか」

「なんで香織限定なんですか」

「え、違うの?」


 きょとんとした顔で首を傾げられると、そこまで間違ってるとも言えないので1番困る。


「まさか、拓也くんが、香織ちゃん以外に、幼馴染が出来たの!?」

「いや、おかしいでしょ。なんでそういう選択肢になるんですか」

「だって、拓也くん幼馴染コンプレックスだから。人生相談があるなら幼馴染関連かなって」


 グサっと厳しい一言が胸に突き刺さった。

 相変わらず香織とは違う方向で容赦ない。


「すみませんね。幼馴染コンプレックスで」


 不貞腐れるように謝ってやると、葵さんはクスリと微笑んだ。


「本当だよ。おかげで私は振られたわけだし」


 振られた話をそんなに笑顔でしないで欲しい。振った側がすごい気まずくなる。


「まぁ、私はそんな振った相手の家に、休日にも関わらず、ずけずけとお邪魔した上に、座り込んで麦茶を飲んでる拓也くんが好きなわけで」


 愚痴なのか告白なのか分からないことを笑顔で伝えられた。

 ここに来てから表情が迷走しっぱなしだ。誰か正解教えてくれ。


「……そういえば大学はどうですか?」


 逃げるように話題を無理矢理に逸らす。


「そういえばって、2日前にも同じこと聞いたじゃない」

「いや、ほら、2日間で変わるかもしれないですし」

「変わるわけないでしょ」

「……ですよね」

「話題を変えたいならちゃんとした話題を選びなさい」


 軽く嗜めてから、葵さんは少し考えるように視線を宙に漂わせた。


「うーん。大学かぁ。特に面白い話もないけど……。それに、私としては、拓也くんの話を聞きたいな」

「2日前に話しませんでした? テスト中って」


 2日前、氷上とカフェに行った帰り、俺は葵さんの家に寄った。

 突然の訪問だったのだが、講義が午前中しかなかく、暇をしていたらしい葵さんは快く迎えてくれた。

 その時に色々と話したせいで話のネタが揃ってない。


「ほら、先週言ってたじゃない。本書くって。異世界モノのやつ。その話はどうなったの?」

「それは俺の次回作に期待しておいてください」

「あー、筆折れちゃったかー」


 大して期待してたわけじゃないだろうに、少し残念そうな顔をしてくる。


「次回作が出来たらちゃんと最初に読ませてね。約束したんだから」

「うっ……、はい」


 なぜ先週の俺は葵さんに異世界モノの小説を読ませるなんて約束をしてしまったのだろうか。

 普段異世界モノのラノベなんて全然読まないという葵さんに、試しに読んでみたらという話をした折に、俺の書いた奴なら読むとか言われたせいなんだけど。

 軽々しく約束するなよ。ぶっ飛ばすぞ過去の俺。


「異世界といえば、最近、面白い噂を聞いたんだよね」

「面白い噂ですか?」

「うん。拓也くんなら何か知ってたりするかなって」


 葵さんは少しだけ勿体ぶるようにして、ゆっくりと口を開いた。


「悪魔がどんな願いでも叶えてくれるって噂」


 悪魔……。

 ゾクリと嫌な感覚が背筋を走る。スライム事件があったばかりだからだろうか。


「拓也くん、何か知っていたりする?」

「いえ、何も」

「そっかぁ。だよね」


 肩を落としてから、彼女はベッドの上に倒れ込む。


「もし本物の悪魔がいたら、私の願いを叶えてくれるかと思ったんだけど」


 天井を見上げながら、小さく呟かれる。


「本物の悪魔なんているわけないじゃないですか」


 スライムが異世界転生してきた以上、悪魔が異世界転生してきている可能性も十分ある。

 しかし、もし居たとしても碌な願いを叶えるとは思えない。関わるべきじゃない。

 葵さんをそんなのに関わらせたくない。


「君がそんなこと言うんだね」


 少しだけ落胆が混ぜられた言葉を口にしてから、彼女は身体を起き上がらせた。


「私からしたら君も悪魔もあんまり変わらないけど」


 葵さんの真っ黒な瞳の奥底で、どんよりとした感情が沈むのが見える。


「それは……、もの凄い傷つきますね」


 悪魔と変わらないなんて言われると流石に辛い。

 苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。はっとした葵さんは、取り繕うような笑みを浮かべながら手を合わせた。


「あはっ、ごめんごめん。そういうつもりじゃないから」


 それじゃあ、どういうつもりだったのだろうか。

 聞けもしない言葉を頭の中に浮かべて、麦茶と一緒に飲むこんだ。


 気まずい静寂。


 葵さんは困ったように視線を彷徨わせてから、立ち上がった。


「よし。拓也くん、デートしよ」

「はい?」


 唐突すぎる提案に、アホみたいな返事をすると、葵さんは手を伸ばしてくる。


「いいでしょ。折角の休日なんだから」

「……折角の休日は引きこもってる派なんですけど」

「ここは君の家じゃないから引き篭もるのはダメです。あ、同棲してくれるって意味ならいいよ?」

「よし。出掛けましょう!」


 彼女の手を取って立ち上がる。不満そうな顔しないで貰えますか。

 香織とは好意の伝え方が違いすぎて対応に困る。

 側から見ても、あまりにも魅力的に映るであろう女性、和泉葵。

 彼女もあの日の異世界転生の被害者。そして、2日前までは、俺が持つチート能力を唯一知っていた人物だ。



 * * *



 出掛ける(葵さん曰くデート)なんて言ってアパートから出たものの、特段行くところを決めてたわけじゃないらしい。

 とりあえずデパートとかある場所まで行こうという話になって、電車に乗り込む。


「やっぱり外は暑いねー」

「……腕に引っ付くせいじゃないですか」


 電車の中は席が埋まっていたので吊り革を掴んで立っていたら、余った腕を葵さんが取ってきた。


 夏服の薄い生地越しに葵さんの柔肌の感覚がモロに伝わってくる。

 美人なお姉さんが、男にくっついているのだ。電車の中の男からの視線は自然に集まるわけで……。


 なんかこの電車、湿度高い気がするんだけどちゃんと、換気してる?


「デートなんだから腕くらい組まないと。手を繋ぐ方が拓也くんの好み?」

「どちらかと言うと、離れて歩く方が好みですね」

「それは残念」


 クスクスと笑う葵さん。どうやら俺の望みは叶えてくれそうにない。


「拓也くんはどこに行きたい?」


 家に帰りたいという言葉が浮かんだが、ギリギリで飲み込んだ。

 流石に葵さんに失礼だ。今更手遅れだろうけど。


「あんまり人が多くないところで」

「難しいお題だなー」


 スマホを取り出してぽちぽちっと検索を始めた。

 流石、女子大生。フリック速度が俺と桁違い。香織も早かったりするけど、女子って高速でフリック打つチート能力でも全員身につけてんの?


「こことかどうかな?」


 ぐいっと身体を密着させて画面を見せてくる。

 近い上に、良い匂いする上に、柔らかい上に、周りからの視線がキツイ。


「そ、そこでいいです!」


 そんな状況でのんびりと画面なんて見れるわけもなく、確認もしないで頷いてしまう。


「じゃあ、決まりだね」


 なにが決まったのか全くわからないまま、電車に揺られること数分。葵さんに腕を引かれて電車から降りた。


「すでに人が多いんですけど……」


 わらわらと動く人の頭を眺めていると、どことなく不気味だ。


「街中だからね。えっと、こっちかな」


 葵さんが道を指し示し、俺はそれに着いていく。


「あ、ここだ」


 どこに連れて行かれるのかと思っていたら、葵さんが脚を止めたのはよく見るゲーセンだった。


「ゲーセンですか」

「うん。あんまり行ったことないし、いいかなって」


 確かにゲーセンならデパートの中よりは人が少ないかもしれない。

 とはいえ、若者が集まりやすいので、うるさいという問題はあるが。

 しかし、先程ここで良いと了承してしまった。今更、嫌だなんて言えるわけもない。


「何しますか?」

「なにがいいかなー。ここって何あるの?」

「UFOキャッチャーとか、音ゲーとか、あとプリクラとかですね」

「プリクラは最後に撮るとして……、まずはUFOキャッチャーからかな」


 プリクラは確定なんですね。一人で撮る人は珍しいと思うけど。……え? やっぱり俺も一緒に撮るの?


 ゲーセンに脚を踏み入れれば、うるさいくらいの音が響いていた。

 UFOキャッチャーか。あんま金ないんだよな。

 こういうのってめっちゃ金吸われるから気をつけた方がいい。100円ずつ使うせいで、気づいたら3千円くらい消えているとかよくある。


「なにがいいかなー」


 玩具売り場に連れてこられた子供のように、葵さんは、瞳を輝かせてキョロキョロとUFOキャッチャーの景品を眺める。

 そして、ぬいぐるみのコーナーで脚を止めた。


「これ可愛いかも」


 葵さんが目をつけたのは、動物のぬいぐるみだった。猫なのか犬なのか、はたまた全く違う生き物なのか。

 なんかよくわからない動物がデフォルメされて、座っていた。


 かわ、いい……? 


 クリクリとした大きな目は可愛く見えなくもないが、ひん曲がった口元はあんまり可愛くないぞ。生意気そう。軽く殴りたくなってくる。


「なんか拓也くんに似てる」

「は? いや、それは流石に嫌なんですけど」

「うん。そういう表情がやっぱり似てる」


 マジか。こいつ俺に似てるのか。

 じっと見つめてみる。仏頂面をしてて、やっぱりあまり可愛く見えない。

 ただ、似ていると言われると不思議な親近感が湧いてくる。

 兄弟。そんなとこにいたのか……!


「それじゃあ、試しにやってみるね」


 コインを入れて、葵さんはクレーンを操作し始めた。本気で取る気みたいだ。

 しかし、ここはゲーセン。そんなに甘いものじゃない。

 このUFOキャッチャーで使われている3つの腕を持つクレーンは確率機と呼ばれているもの。一定金額を入れるまではアームの力は弱く、景品なんて取ることは出来ない。

 フックに引っ掛けたりと、色々なテクを使えば早めに獲得することは可能かもしれないが、普段ゲーセンに来ない葵さんが出来るわけもない。


 恐らく取れないで終わるだろう。まぁ、景品をなにも取れないなんてゲーセンあるあるだ。

 兄弟には申し訳ないが、まだ暫くはこの箱の中に鎮座する運命だろう。


「あ、取れた」

「……嘘でしょ」


 この人、一発で取ったよ。綺麗に決めたよ。どうなってんだよ。

 おい、兄弟。お前、葵さんに取られたくて、ズルしてないだろうな。


「うん。やっぱり拓也くんに似てて可愛い」


 景品の取り出し口からぬいぐるみを取り出して、葵さんが胸元で抱きしめる。

 なんか羨ましいな。そこ変われ兄弟。あと、その仏頂面やめろ。腹立つから。


「ちゃんと大事にするからね」

「そうですか」


 ペット飼う時みたいなことを俺に言わなくても……。


「寝る時はちゃんと抱いて寝るから」

「……そうですか」


 別に羨ましいとは思ってない。

 ただ、やっぱりこいつには親近感湧かないわ。全然兄弟じゃない。似てないだろこいつ。可愛くないし。

 心の中で悪態を吐きまくる俺を見て、葵さんはクスクスと笑っていた。

 やっぱり心の中、読んでます?

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