第20話 天使のように、悪魔のようで

 狙っていた景品が取れて上機嫌の葵さんは、その後も俺を連れ回してゲームセンターを満喫していた。

 俺の手には葵さんが取った景品の数々が入った袋。


 UFOキャッチャーって、こんなに何個も取れるものだっけ? これが才能か……!

 戦慄していると、ニコニコ笑顔の葵さんがこちらを向いて一言。


「いやー、楽しんだねー」


 楽しんだというか、無双していたというか。

 化け物を見る感じで、景品を取っていく葵さんを見ることしかできなかった。


 ちなみに、俺はUFOキャッチャーは3回しかプレイしてない。

 好きなアニメのキャラのフィギュアがあったので試しにやってみたら、アームが箱を掴んだだけで、持ち上げることなく滑っていった。

 あれでどうやって取るんだよ。アームに気合いが足りてない。もう少し筋トレしてアーム強くしておけ。


 まぁ、それも葵さんがその後に4プレイほどで取ってくれたのだが。

 俺ではビクともしなかったフィギュアの箱が、氷の上でも動くようにツルツル動いていた。

 もうこれチート能力だろ。アームの力を強化する魔法でも使ってそう。


「次はどこにいく?」

「そうですね、遅くなりますしそろそろ帰りましょうか」


 帰って布団の上でゴロゴロするぞー! 取ってもらったフィギュアを愛でないといけないし。

 スタスタと早足気味に出口に向かう。


「はい。待った」

「うげぇっ!?」


 襟首を思いっきり掴まれた。


「一緒にプリクラを撮るって約束したでしょ」

「し、しましたっけ?」


 そんな約束をした覚えは一切ないんですが。


「そうやってすぐ帰ろうとするなんて、契約違反です。断固抗議します!」

「えぇ……」


 頬を膨らませてくるところは可愛いが、言ってることはちょっと面倒いのどうにかしてくれませんか。


「本当に撮るんですか?」

「うん。君は私とプリクラ撮りたくない?」


 葵さんと撮りたくないというより、誰とも撮りたくない。

 あからさまに嫌な顔をしすぎたのか、葵さんは瞳を細めると、俺の持つ袋を奪った。


 ああっ! 中には俺のフィギュアも入っているのに!


「約束を破る悪い子には、プレゼントはあげません」

「そんな、サンタみたいな……」

「いい子にしたらちゃんとプレゼントもあげるし、いい子いい子もしてあげるよ?」

「プレゼントは欲しいですけど、後のは本当にいりません」


 この年でそんなことをされた話なんて、墓まで持っていくレベルだ。

 この人は俺を社会的に殺したいのか。


「えー、お姉さんとしては後ろの方がメインなんだけどなー」

「プリクラ行くんで勘弁してください……」


 許して。お願い。


「……そんなに嫌そうにしなくてもいいと思うんだけど」


 苦笑した葵さんは、俺の腕にくっつく。


「プリクラはこっちかな」


 だからなんでこんなに簡単にくっつくんですか。ほんとグイグイくるなこの人。

 何度もされているとはいえ一向に慣れる気配がない。


 葵さんに連れられてプリクラコーナーに足を踏み入れる。

 何種類か機種があるみたいだ。なるほどなるほど。全くわからん。


「どれがいいかな」

「俺は全くわかんないので、葵さんのおまかせで」

「うん。知ってる」


 大した反応をせずに葵さんは頷く。

 流石、頼もしい。頼もしいんだけど、今の返事の意図について詳しく伺ってもいいですか?

「うん。知ってる」ってなんだよ。まるでお前はプリクラ行ったことなんてねぇだろって言われたみたいだ。特段間違ってないので何も言えない。


「1番新しいこれにしよ」

「は、はぁ……」


 これが新しい機種なのか。違いがわからないので、何が新しいのか理解できない。いつもより盛れたりすんの?


「え……、400円……?」


 たっか。そんな金使って撮ることになんの意味があるのだろうか。スマホでいいじゃん。スマホで。


「はいはい。お姉さんが払ってあげるから」


 呆れたようにため息を吐いて、葵さんがお金を投入した。

 なんだろう。めちゃくちゃ情けない。

 葵さんがタッチパネルでなんか軽く操作をしてから、筐体の中に連れ込まれる。

 中では「準備ができたら撮影ボタンを押してね」なんてアナウンスが流れていた。


「さて、プリクラ初心者の拓也くんに、経験豊富なお姉さんが撮り方のマナーを教えてあげよう」


 えー、プリクラってマナーあんのかよ。

 一軍の女子と二軍の女子は同じポーズ取ったらダメみたいな。怖すぎないですか女子の世界。


「はい。まずは、拓也くん、もっと近づいて」

「今の時点でだいぶ近いと思いますけど」

「もっともっと。腕が触れ合うぐらい、というか、触れ合って」


 早くしろと目が言っていた。

 渋々と葵さんの隣に並び立つ。葵さんに近づかれることはあっても自分から近づくことはないので、変な緊張が……!


「じゃあ、撮るから拓也くん、キメ顔ね」

「え、なにその超難題」


 笑顔ならともかくキメ顔?

 クスリと笑った葵さんは、俺の肩に頭を乗せるように、首を傾けてきた。それによって葵さんの顔が急接近する。

 この顔の距離はまずい。接触事故起こる!


 パシャリッ!


 目が潰されるような眩しい光が走る。


「ぷっ、拓也くん、酷い顔!」


 撮れた写真には引き攣った笑みを浮かべる俺がいた。

 それを見てケラケラと笑う葵さん。

 やっぱりプリクラは難易度が高すぎません……? もっとeasyモードで行こうよ。ほら、証明写真とか。証明写真2人で撮るとか聞いたことねぇよ。


「次はもっとリラックスしてね」

「ぜ、善処します……」


 近距離の葵さんという状況に慣れることは出来ずに、その後も何枚も撮ったが、相変わらず俺の写り方は酷いものばかりだった。

 最初の方は笑っていた葵さんだが、ちょっと困ったように眉を八の字にする。


「もしかして、そういう呪い?」

「……人思いに殺してください」

「君、殺しても死なないじゃん」


 容赦ないツッコミが飛んできた。

 仕方ないなぁと呟いてから、葵さんはこちらに向く。


「最後は見つめあって撮ろっか」

「……はい」


 もう恥とかそこら辺は色々と捨てた気がするので今更見つめ合うぐらいは……いや、意外とキツいな。

 葵さんが撮影ボタンを押してカウントダウンが始まる。

 5、4、3、2、


「えいっ!」


 1……

 可愛らしい掛け声と共に、胸に衝撃が伝わった。

 背中に葵さんの手が回される。

 理解する間もなく、景色は真っ白く染めらた。


「拓也くんの可愛らしい顔を撮れて、お姉さんは満足だよ」


 これは、プリクラから出てきた写真を大事そうに鞄にしまった葵さんの談。

 揶揄うような笑みを浮かべる葵さんの視線から逃げるように、俺も貰った写真を見て、顔を顰める。


 最後の最後にしてきた葵さんの不意打ち。

 棒立ちの俺に抱きついてきた葵さんをカメラは完璧に捉えてくれた。

 その後の仕上げで書かれたラブラブ♡なんて文字は果たして誰に宛てたものなのだろうか。


 とりあえずこれは永久封印ものだな。香織には絶対に見せられない。


「大切にしてね」


 とびっきりに可愛らしくウィンクしてきた葵さんに、俺は乾いた笑みしか返せなかった。

 やっぱり年上の女性って怖いわ……。


「あれ? 先輩?」


 唐突に、ゲーセンという場には似つかわしくない甘ったるい声がかけられた。

 振り向くと、見覚えのある黒髪のツインテールに赤いリボン。

 ふんだんにフリルがあしらわれた黒を基調としたワンピース。


 オタサーの姫みたいなその見た目。そして、俺を先輩と呼ぶ、砂糖マシマシな声。


「莉愛……?」

「やっぱり先輩だぁー! 奇遇ですねー」


 夢咲莉愛。俺の後輩。

 そんな彼女は俺と会えたことにか、満面の笑みを浮かべた。


「どうしてここに?」


 友達がいるようには見えない。

 一人でゲーセンに来たのだろうか。


「さっきまでお友達と遊んでいたんですけどぉー、ちょっとつまらなくなってきちゃったので抜け出してきちゃいましたー」


 勝手に抜け出したことを悪びれた様子もなく告げた莉愛は、首を傾げた。


「先輩こそどうしてここに?」

「俺は……、えっと……」


 葵さんのことをなんて説明するかと悩んでいたら、後ろからぎゅっと抱きつかれた。

 ちょ、急に……!


「こんにちは。和泉葵です。拓也くんと遊びに来ていたんだ」


 にっこりと笑顔を向ける葵さんに、莉愛は冷たい視線を向ける。


「……へぇ」


 気のせいだろうか。いつもの砂糖マックス具合からは考えられないくらいに、苦味たっぷりの声が莉愛から聞こえてきた気がするんだが。

 あと、葵さん、なんで抱きついたままなんですか。なんか所有権を主張する子供みたいですけど。


 無言で視線を交わらせる2人。バチバチなんて効果音が聞こえてきそうだった。


 こっわ……!

 え、なにこの2人。なんで初対面なのに、こんな険悪な雰囲気なの。

 莉愛はともかく、葵さんまでこんな敵対心を剥き出しの態度を取るなんて思わなかった。


「せんぱーい、よければ、莉愛も一緒に行動していいですかー? 私もちょうど暇でー」

「さっき、抜けてきたって言ってたよね。戻った方がいいんじゃない?」

「ちっ……」


 葵さんの指摘に、明らかに不機嫌そうに舌打ちをした莉愛。

 葵さんも優しく指摘したように見えて、間違いなく牽制してる。

 この2人、相性最悪なんてレベルじゃないのかもしれない。


「お気になさらずー。先輩、いいですよねー?」

「ごめんなさい。私と拓也くん、もう帰る予定なの」

「……さっきから、なんで和泉さんが答えるんですかー? 私は先輩に聞いているんですけど」


 不快感マックスで莉愛が返す。その言葉に取り合わず、葵さんは俺の腕を取った。


「じゃあ、拓也くん、帰ろっか」

「あ、あの、葵さん?」


 無理矢理にこの場から離脱しようとしている。

 それを許さないようにもう片方の腕を莉愛が掴む。


「先輩、前に約束しましたよね。買い物に付き合ってくれるって」

「それは……」


 確かにそんな約束はした。しかし、それは放課後って話だった筈だ。それに今は葵さんがいる。


「悪い莉愛。今日は葵さんとの約束があるから。また今度にしてくれ」

「……先輩がそう言うなら」


 渋々と言った様子で手を離してくれた莉愛。


「けど、次は私のこと優先してくださいね」

「わかった。次は付き合うよ」

「約束ですからね」

「ああ」


 俺の言葉に笑顔になった莉愛。


「それじゃあ、私は友達のところに戻ります」

「あんまり遅くならないようにな」

「はーい。それでは」


 莉愛は最後に、葵さんを軽く睨み付けてから、去っていった。

 最後までバチバチでしたねー。

 その背中を見送ってから、俺の腕に引っ付く葵さんに向き直る。


「珍しいですね。葵さんがあんな反応するなんて」


 葵さんが他人に対してあんな態度を取るところを見るのは初めてだったから驚いた。


「うーん……、相性かなぁ」

「まぁ、わからなくはないですけど」


 どうしても相性の悪い人間はいるからな。

 けど、それにしても過敏だとは思うけど。


「あとは……、私って意外と強欲なんだ。欲しいものがいっぱいあるの」


 俺の腕から離れた葵さんは、くるっと回転する。


「本も、人形も、夢も、願いも、たくさんあって、全部欲しい」

「欲しいもの全部なんて、部屋足りないでしょ」


 葵さんはクスッと微笑んだ。


「うん。だから、いつもは我慢してる。でもね……、我慢できないものもあるんだ。例えば、大切なものとかね」


 怪しく笑って俺の瞳を覗き込む葵さんは一歩踏み出して、距離を詰めてくる。

 そっと俺の頬に手を伸ばしきた。


「もちろん、君のこともね」


 そして、彼女は、和泉葵は何度目かの告白を口にする。


「私は拓也くんが欲しい。拓也くんの全てが欲しい。拓也くん、君の全部を私に頂戴?」


 ゲーセンの音ですら掻き消されない、はっきりとした言葉。

 難聴系主人公すら気取ることを許さない。

 真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳はいつにも増して綺麗で、その暗さに吸い込まれそうだった。

 心臓がいつもより少しだけ跳ねている。けど、それでも俺は首を横に振った。


「すみません。俺は葵さんのものにはなれません」


何度繰り返しても変わることのない答え。俺は葵さんとは付き合えない。


「……そっか。やっぱりダメかぁ」


 葵さんは瞳を閉じて、俺の頬から手を離した。

 それから、心の整理をするようにたっぷり数秒使ってから、葵さんはいつもの笑顔を向ける。


「じゃあ、帰ろっか」


 今まさに振られたとは思えない明るい声色でそんなことを口にして、葵さんは俺の腕に再びくっ付いた。


「そうだ。拓也くん、よかったら今日、私の家でご飯食べない?」

「えっと……」

「遠慮しなくてもいいよ。1人も2人も大して変わらないから」


 遠慮じゃなくて少し気まずいんですが。

 しかし、そういう態度を嫌うのが葵さんだとわかっている。

 だから、俺も平常を作り出した。


「唐揚げ以外でお願いします」

「なんで?」

「1ヶ月くらいは食いたくない気分なので」

「よくわからないけど、じゃあ、油淋鶏で」

「唐揚げじゃないけど、それ唐揚げでしょ」

「それなら、チキン南蛮だ」

「話聞いてます?」


 小さく笑って、葵さんは微笑む。


「冗談冗談。拓也くんが食べてくれるならハンバーグでも作ろうかな。あとは、ニンジンのソテーに……。帰りに買い物も行こっか」

「これ持ってですか?」


 葵さんがUFOキャッチャーで無双したおかげで、そこそこデカい荷物があるんですけど。


「大丈夫だよ。男の子でしょ」

「なんて適当な返事なんだ……」


 ちなみに、葵さんが作るハンバーグは相変わらず美味しかった。

 一人暮らしをしているとはいえ、この人、料理も上手いってスペック高すぎない?

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