第6話 幼馴染が俺の家になぜかいました
家に着いた時には7時を既に過ぎており、日は落ちて暗くなってしまっていた。
いつもの光景でも、明かりが減るというだけで不気味さが増してしまう。
まだ両親は仕事から帰ってきてないのか、家の電気は点いていなかった。
鞄から鍵を取り出し、扉を開けようとして気づく。
「あれ……、なんで鍵かかってないんだ?」
母さんが鍵をかけ忘れたのか?
不用心だなと思いつつ扉を開けると、何か違和感があった。
首を傾げつつ、リビングに向かう。
リビングも普段と何も変わらない。なのに、頭の中に何か引っ掛かりを感じる。
真っ先に思いついたのは空き巣。
けど、それにしては部屋が綺麗だ。だから、その可能性は恐らく低い。
気のせいか……?
自分の部屋で制服を着替えようと移動して、真っ暗な部屋の電気を点けた。
そこまで行って、ようやく違和感の原因が判明した。
「ん、んん……」
ベッドの上でもぞもぞと動く影。
びっくりした……。本当に空き巣犯がいたのかと思ったじゃねぇか。
俺のベッドの上で勝手に眠っていてる幼馴染、神里香織は、心地良さそうな寝顔を向けてくる。
違和感の正体。それは単純で、香織の靴が多かっただけだ。
ところで、なんで、こいつ俺の部屋で寝てんの?
電気を点けられたことで、一瞬顔を歪めたが、彼女は目を覚ますことなく、そのまま穏やかな寝息を立てる。
香織は制服のまま寝ているせいで、スカートが捲れかかってた。
靴下は脱いでいて、生脚が目に飛び込んでくる。
……っ、無防備すぎるだろ。
魅力的な光景から気合いで視線を逸らしつつ、香織の顔を眺める。
ほんと気持ちよさそうに寝てるな……。
あと、俺の布団を抱き枕がわりにするの辞めようか。
鍵が開いていたのも香織のせいだろう。
2年ほど前から、香織はうちの鍵持っている。俺の母さんが拓也をよろしくなんて言って香織に鍵を渡してた。
ちょっと幼馴染のこと信用しすぎじゃない? あと、寝るなら鍵閉めとけよ。
寝ている香織を見ていると、なんか物凄く悪いことをしている気分になってきた。
「……おい、起きろ」
軽く声をかけるが反応はない。かなり眠りは深いようだ。まぁ、昨日は全然寝れてないみたいだったしな。
テスト期間は寝不足なことが多い幼馴染だ。
今はゆっくり眠らせてやるか。
制服を着替えるのは後回しにして、部屋の電気を消して俺は部屋を出る。
さて、自部屋が占領されているわけだが、何するかねぇ……。
ゲーム、勉強、TV。
羅列したものはどれも唆られない。特に勉強。試験期間中とはいえ、やる気になどなれない。
結局、ソファに寝転がってスマホを適当に弄るだけになってしまった。
あまりにも怠惰すぎて小学校の頃の自分が見たらどう思うだろうか。
めっちゃ羨ましがるだろうな。いいだろう?成長するとこんなに怠惰になれるんだぜ。
SNSを開いて、トレンドの話題を眺めながら時間を潰していく。
トレンドの内容はアニメの話やら、芸能人の不祥事やらで特段面白みもない。
目を滑らせながら画面を眺めていると、一つの投稿が目についた。
そこまで注目されている投稿でもないない。プチバズ程度。
そこに載っているのは、一枚の画像とコメント。
『めっちゃ大量の猫が道路歩いててびっくりした』
写真に収められていたのは、暗い中で、10匹はくだらない猫が道路を横断する様子。
無関係……なわけがないよな。
投稿時間を見たら30分ほど前。
アイコンをタッチしてプロフィールを見る。
なんと通っている学校が書いてあった。特定余裕すぎて草通り過ぎて森とか言い出しなくなるレベル。
そして、予想通り、それは近場の高校だった。
また失踪事件が発生したようだ。この猫が野良猫なのかペットの猫なのかはわからない。
ただ、異常な点が一つ。
流石に多くないか……?
噂では1匹の犬に数匹の猫や犬だったはず。
それが10匹以上まで増えてしまっている。
なんだこれ、どういうことだよ。
他にもこの大量の猫を見たやつはいないのかと、検索にかける。
大体はペットの猫を写真を投稿したものばかり。大量の猫を見かけた投稿なんて見当たらなかった。
氷上の連絡先聞いておくんだった……。
この写真の場所までは電車を使わないといけない。今から出掛けても遅いだろう。
諦めのため息を吐いて、スマホの電源を落とした。
壁にかかった時計を見ると、8時半を回ったあたり。
父さんと母さん遅いな。いつもならもうとっくに帰ってきてる時間だ。帰ってきてからご飯作ったらだいぶ遅くなるんじゃないだろうか。
そして、香織だ。彼女の家に一報を入れておくのを忘れていた。遅い時間だし、もしかしたら心配してるかもしれない。
電源を落としたばかりの携帯をもう一度点けて、彼女の家に電話をかける。
数回のコールの後、聴き覚えのある女性の声が聞こえた。
『もしもし』
「もしもし。櫻木です」
『あら、拓也くん。どうかしたの?』
香織とは正反対のような落ち着いた声色で応対してくれたのは、香織の母親。
「香織がうちにいるので一応連絡をと思って」
『ええ。知ってるわよ?』
「え?」
『あれ? 香織からなにも聞いてないの?』
なにも聞いてないどころか、あいつ俺の部屋で寝てるんですけど……。
その後話を聞いたところ、どうやら俺の両親は2人とも残業でかなり遅くなるらしい。そのため晩御飯が無いので、香織がうちに作りにきていたと。
ちょっと母さん? なんで香織には連絡入れて、実の息子には連絡入れてないの?
香織の母親にお礼を言って電話を切った後、台所に向かえば、シチューと思われるものが鍋の中に出来上がっていた。
どうやら帰ってからすぐに俺の家で料理を作ってくれていたらしい。
香織の料理スキルは俺の両親の折り紙付きだ。
なぜか自分の母親じゃなくて、俺の母親に料理習っていたせいで、味付けが俺の母さん寄りなんだよなぁ。
幼馴染の手料理から、お袋の味を感じるってどういうことだ。
ご飯が炊かれていれば、晩御飯の準備がされていたことに気づいたかもしれないが、うちはシチューの時はパン派だ。ご飯を炊くこともないので気づかなかった。
コンロの火を点けて、シチューを温め始める。ついでにオーブントースターにパンを2人分入れておいた。
俺は別に料理が出来ないわけじゃない。ただ、自分で作るのが面倒なので、親がいない時はカップ麺か食べないという選択をするだけだ。
それを母さんに理解されているから香織が晩御飯作成係として抜擢されるのだろう。
そして、頼まれた以上、試験期間中であろうと作りに来てくれるのが俺の幼馴染なのである。
シチューが程よく温まり、パンがこんがりと焼け始めたところで、火を止めて、自室に向かう。
暗い部屋の中で眠る幼馴染は、どこかのお姫様みたいだ。
「香織、ご飯食べるぞ」
彼女の肩に触れて、身体を揺すってやると、薄く瞼が開かれていく。
「ん……、拓也……?」
少し寝ぼけ気味な様子で身体を起き上がらせると、顔を綻ばせた。
「拓也だぁ……!」
昔のような無邪気な子供の笑みを浮かべて、抱きついてこようとする。
「バカ。寝ぼけんな」
「いたっ……! って……!」
それを止めるために頭に軽くチョップを入れてやると、やっと目が覚めたのか、一気に顔を赤くした。
「な、なんで拓也がここに……!」
「なんでって俺の家で、ついでに俺の部屋だからだろ」
寝ぼけているわけじゃないだろうが、頭の整理がついてないのだろう。
口をパクパクと開閉させている。
「ほら、ご飯食うぞ。折角温めたのに冷める」
「って、うそ! こんな時間! 勉強しなきゃなのに!」
俺の指摘に自分がどれだけ寝ていたことに気づいたのだろう。今度は顔を青くする。
赤くしたら青くしたら忙しい奴だな。
「なんで、起こしてくれなかったのよ!」
「なんでってあんまりにも気持ちよさそうに寝てたからな。そんなに俺の布団は抱き心地良かったのか?」
「あっ、ぅ………」
意地悪すぎる俺の一言に、香織は言葉を詰まらせると、悔しそうに睨みつけてくる。
よし。いつも通りだな。後は放っておいてもリビングに来るはずだ。
香織が騒ぎ始める前に俺は急いで部屋から退散することにした。
閉まる扉から見えた香織の表情はいつものツンデレな幼馴染だ。
……あいつのあの寝起き久しぶりだったな。
心の中に浮かんだ感想は誰にも言うこともなく、沈んでいった。
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