第13話 そして、氷の魔女は優雅に微笑む

 夕焼けで赤く染まった景色の中で、スライム大捜索作戦は始まった。

 んで、なにすんの。草むら歩いていたら出会えたりする? いや、どっちかというと、シンボルエンカウントか。


「さて、ここからは二手に別れましょうか」

「え、色々と考えたという作戦は?」


 急に別行動するって、作戦が無いことが作戦みたいな?


「ええ。考えたのだけれど、貴方に話しても無駄な気がするのよね」


 冗談でもなんでもなく、本当にそう思っている様子で氷上は告げる。

 ちょっと軽くかなりめちゃくちゃ傷ついた。


「無駄ってそんなことないよ。猫の手程度なら役に立つよ?」

「大丈夫よ。期待してないから」


 にっこりと優しく微笑まれる。

 なんて嬉しくない優しさだ。


「少しでも見つけられる可能性が増えるように、別れて探した方がいいわ。はい。これが私の連絡先。何か異変があったら連絡して」


 電話番号が書かれた紙が渡された。

 マジで別れて探すつもりか……。


「櫻木くんは自宅近くを捜索して頂戴。私は学校近くを探すから」

「こんなんで本当に見つかるのかよ……」


 行き当たりばったりすぎるし、もう少し作戦を立ててもいいんじゃないだろうか。

 いや、正確には立てた作戦を共有してもいいんじゃないだろうか。氷上の中にどんなプランがあるのか知らないが、それを知らない以上、俺はノープランで動くしかない。


「問題ないわ。私の計画は完璧だから」

「凄い自信だな。出来ればその計画を教えて欲しいところだけど」

「最悪、貴方がちょっと痛い思いするか、3日間ぐらい寝込むことになるだけだから問題なんてないわ」

「問題だらけじゃねぇか!」


 なんで、そんなになんでもないように言えるのこいつ。当たり前だけど痛いの嫌だからね。


「それじゃあ、早速開始ね」


 俺の抗議を無視して、自信ありげに微笑んだ彼女を見ながら、きっとなにも成果を上げられないという未来をひしひしと感じていた。


 それが約2時間ほど前のこと。


 そして、現在。

 すっかり暗くなってしまった道で、見つけてしまいました。歩く猫たち。5匹ほどが纏まって行動していた。

 家族とは思えない。種類全然違うし。


 えー、俺ってば引き強すぎー! マジかよ……。


 昨日と同じく、テクテクと道路を横断していた。

 昨日よりも近い距離で、街灯の明かりによって猫の様子がよく見える。

 ぱっと見は操られている様子は見られない。しかし、あの脳内にはスライムが棲みついているのだ。


 とりあえず、氷上に連絡を入れつつ、猫の跡を追う。

 スマホからコール音が何度も響くが、氷上が出る気配はない。


「なんで出ないんだ……?」


 もしかして、向こうでもなんかあったのか。電話じゃ確認すらできない。


「これじゃあ、結局、昨日と同じじゃねぇか!」


 悪態を吐きつつ、走り出す。

 相変わらず操られた動物の移動速度は速い。どういう理屈なんだ。

 猫の歩幅より俺の走る幅の方が明らかに大きいはずなのに、追いつける気がしない。


 どんどん距離が離されていく。

 時たますれ違う通行人から変な顔で見られている気がするが、気にする余裕なんてない。


 このままじゃまた見失う。

 しかし今回は違う。昨日は気が動転してただ追いかけていただけだが、今日は幾分か冷静だ。ここら辺の道は頭に入っている。

 どこに向かっているのか、なんとなく予測できた。


 恐らくこの猫たちが向かっている先は、この先にあるあの公園……を抜けた先にある住宅街だ。

 路地裏があるあそこなら潜むなら最適解だろう。


 間違っていたら見失うが、ダメで元々だ。どっちみち見失うなら、少しでも可能性がある方を選んだ方がいい。

 破裂しそうなほどに痛い心臓を我慢してアスファルトの上を駆け抜ける。


 住宅街に着いた頃には、辺りは更に暗くなっていた。

 スマホに氷上からの着信はまだない。


 本当にこんなところにいるのだろうか。

 自分で選んでおいて、全く自信を持てなかった。住宅街とあって車通りはあるし、歩いている人もいる。

 こんなところじゃ、見られるリスクの方が多い。しかし、そんな噂を聞いたことはない。


 こんなところであの猫の大群が歩いているとは到底思えなかった。


「はぁ……、外れか……」


 違うところに行ってしまったのかもしれない。

 どうすっかなぁ……。


 行く宛もなく、立ち止まって困り果てたところで、スマホが鳴った。

 慌てて通話に出る。


「なにやってたんだよ。出るの遅いぞ」

「は? なに言ってんの」


 口から出た文句に返ってきた言葉は、氷上のものとは違っていた。

 凄い聴き慣れた口調と声。


「……香織?」

「あんたに電話かけるの私以外いないでしょ」

「いるから。母さんとか、父さんとか、あとセールスとか」


 電話越しで香織のため息が聞こえてきた気がした。


「なにやってんの。まだ帰ってきてないみたいだけど」

「なにって……、ほらあるだろ。歩いてモンスター探すゲーム。あれあれ。最近ハマってるんだ」

「ふーん。また嘘吐くんだ」

「ぐっ……」


 そういうこと言われると弱い。

 まさか、香織から電話がかかってくるなんて思ってもいなかった。だって、彼女とはまだ喧嘩中で、今日はまだ一度も会ってすらいないというのに。


「……それで、何のようなんだ? まさか、声が聞きたいから掛けたとか言わないだろ」

「は? なに言ってんの」

「冷たい声色やめて。電話越しだと余計辛いから」


 誤魔化すように尋ねた彼女の用件。わざわざ電話をかけてくるぐらいだから何かあるのだろう。


「あ、うん。叔母さんからの伝言なんだけど」

「ねぇ、うちの母さんはなんで俺に直接連絡寄越さないの?」

「知らないわよ」


 香織経由の必要ある? 無駄に工程増やしてるじゃん。

それとも電話で息子と話すぐらいなら、香織と話したいとでも言うつもりか。それはめちゃくちゃ納得できちゃうので悲しい。


「それで、伝言だけど、今日も遅くなるから私とご飯食べてって」

「また残業か。大変だな」


 昨日も帰りは遅かったというのに。

 けど、その金で育ててくれてるんだ。感謝しなくては。


「ううん。今日は飲み会だって。電話の時に既に酔ってたし」

「……あっそ」


 感謝の念が1割ぐらい削れた。いや、しかし、飲み会と言っても付き合いで仕方なしに行ってる可能性も……ないな。母さん飲み会大好きだし。飲み会の後は家でウザ絡みしてくるし。


「それであんたは何時ぐらいに帰ってくるの?」

「あー、えっと……」


 出来れば事件を解決するまでは帰りたくないぐらいなんだが。

 しかし、猫を見失った以上は作戦を立て直す為にも、どこかで切り上げる必要はある。

 どうしたものかと、視線を彷徨わせると、ふと目が着いた。

 1匹の猫が道路を歩いているのを。


 集団じゃないから事件と無関係かもしれない。

 しかし、もし、集団行動である必要が無くなったのだとしたら。


 例えば、遠くの距離では統制を取りやすくするために、1箇所に纏めているが、この付近では巣が近くにあるから集団で移動する必要が無いとすれば……。


「悪い! また後で掛け直す!」

「ちょっと、たく」


 電話を切って歩く猫を追う。

 猫はどんどんと住宅街の中を進んでいき、まるで人通りの少ない場所を選ぶように移動していた。

 間違いない。あの猫もきっと操られている。


 そのまま追い続けて、辿り着いたのはマンションが立ち並ぶ場所の駐車場だった。

 住人以外は立ち寄らない上に、夜中だからか人影は全くない。


 その駐車場の中心で、猫がこっちを見ていた。

 あまりにも不気味な光景に足がすくむ。

 ゆっくりと近づくと、猫は逃げもせずに小さく鳴いた。


 心臓の鼓動が早くなる。

 一歩、また一歩と足を踏み出した。


 周りには誰もいない。そして、近くには隠れるのにうってつけの停まっている車ばかり。


「この状況……、あの時とそっくりだな」


 襲われた公園での出来事。後ろからの不意の一撃。

 小さく息を吐いて振り返ると、うちの高校の制服を着た女子生徒がいつの間にか立っていた。


 茶色の髪はボサボサだし、服も汚れているが、あれは間違いなく失踪した女子生徒の佐藤水月だ。

 その手にはどこから盗ってきたのか金属バットが握られている。

 なんか血みたいなのがついてるけど、俺の血だよなぁ……。


「後ろからって、同じネタばかりは飽きられるぞ」


 とりあえずの対話を試みてみる。

 佐藤の表情は暗くてよくわからないが、まともな様子では無さそうだ。


「あ……、う、あ……」


 呻き声のようなものを上げながらゆっくりと近づいてきた。

 スライムってよりゾンビって方がしっくりくる。


「なるほど。会話は出来ないパターンか。オッケー。肉体言語で話し合うのは嫌いだから、話し合わなくていい」


 暴力ダメ。絶対。

 そんな俺の言葉が通じたのか、佐藤の歩みは止まった。


「話は出来ないけど、話はわかるタイプだったりする?」

「お前……餌……」


 佐藤の口から出た声。

 よし。これは不味い。話し合いじゃどうにもならなそうだ。

 幸いにも佐藤は女子。金属バットを持っているとはいえ、男子と女子の体格差を活かせばなんとか抑え込めるかもしれない。


「にげ、て……」


 無理矢理に捻り出したような声が聞こえてきた。


「……まだ意識はかろうじてある感じか」


 きっと彼女の頭の中は、昼頃の俺と同じく酷い頭痛のようなものに襲われていることだろう。

 あんなのが続いたら普通は正気ではいられない。それでも他者の心配を出来るとは大したものだ。


「逃げ……にが、逃がさない」

「まるで二重人格だな」

 

 佐藤がどう出てくるのかと身構えていたら、ニャーと鳴き声が響いた。それも、四方八方から。

 車の影から大量の動物が現れた。


「罠にハマるってこんな最悪な気分なんだな……」


 どこにそんな隠れてたんだと言いたい。

 10匹や20匹どころじゃない。恐らく失踪した動物全てがここにいる。


 生きているのか死んでいるのか定かではないが、白目剥いているやつとか、泡吹いてるやつとかいるので、確実に正気ではない。


 逃げ道無くなっちまった……。

 ご丁寧にちゃんと俺を囲んでくれている。

 こちらの手持ちは氷上から貰った魔法陣と結晶のみ。

 こんな状態でこいつらと相手とか可能なのだろうか。


 まだ距離はある。今ならまだ魔法を使えるかもしれない。自殺にも等しいが、今の状態よりはきっとマシだ。

 そっとポケットに右手を伸ばそうとしたら、背中に激痛が走った。


「があっ……!」


 焼けるような痛みと衝撃に膝をつく。

 背後を見れば口を開けた犬。その口の中から緑色の触手のようなものが伸びていた。


 「うぇっ……、気持ち悪いな……!」


 あれはきっと、動物に寄生しているスライムの手だろう。

 他の動物たちも口を開くと、そこからスライムの手が出てきた。

 それに気づいた瞬間、頭を思いっきりぶん殴られた。

 視界が揺さぶられる。立っていられない。


「スライムってこんなに肉弾戦得意なのかよ……!」


 それなら肉弾戦も練習しておくべきだった。

 目でギリギリ追える速度でスライムの手が攻撃してきてる。目でギリギリ追えていても、身体は全く追いついてない。

 それどころか、頭に一撃を喰らったせいで立ち上がれない。


「まっず……!」


 あんなのいっぺんに打ち込まれたら立ってられない。ひき肉にされる。

 最悪な未来を思い描くのと同時に、スライムたちが再び攻撃体制に入った。


 くそ、ダメだったか……!


 激痛が身体中に走る。それを耐えるように瞳を閉じた。

 しかし、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。


「作戦通りね。櫻木くんお疲れ様」


 今日何度も聞いた声。冷たい風が頬を撫でた。

 目を開けると、攻撃体制に入っていた動物たちは氷の彫刻へと変貌していた。

 凍らされていない動物と、佐藤は警戒するように、視線を声の出どころへと向けている。


「……来るのが遅いんだよ。あと、作戦って囮作戦とか言わないよな」


 優雅な足取りでこちらに近づく氷の魔女、氷上舞姫は得意げな表情を浮かべた。


「完璧なプランだったでしょう?」

「読み間違えたかと思ったじゃねぇか」


 今朝、氷上は言っていたのだ。次に狙われるとしたら俺だと。

 そして、都合よく見つかった大群の猫。

 あれを見て、誘い込むための罠だと思わないわけがない。

 途中で見失ったから、勘違いかと思ったが、どうやら大正解だったようだ。


 恐らく氷上が俺を自宅近くで捜索させたのも、スライムたちが俺を発見しやすくするため。別行動なのも、警戒させないため。

 別れる前に言っていた俺が怪我する可能性というのも、俺が囮だから。


 それならそうとはっきり言えよ! 来ないかと思って、覚悟決めかけただろ!


 佐藤に向けて、挑発的な笑みを見せる氷上は、魔法陣の書かれた紙を指に挟んだ。

 魔法陣の淡い光が氷上の顔を照らす。


「それじゃあ、くだらない経験値稼ぎでもさせて貰おうかしら」

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