第9話 かくして、彼女は居なくなりました

 期末試験最終日の朝。

 俺は1人で電車に揺られていた。いつもの幼馴染は居ない。

 登校時間に、香織からの『先に行ってて』という簡素な言葉がチャットに来ていた。

 なんて返したものかと悩んで、『わかった』とこちらも短い返事だけをした。


 それから香織からの返信はない。既読すらついていない。

 そのせいで何度もこうやってスマホを起動してチャットを眺めては、大きくため息を吐くなんて行動をしてしまってる。


 今日は数学と国語のテストのみ。お昼前に学校は終わってしまう。

 下校は果たして一緒に出来るのだろうか。そもそも、今日は体調大丈夫なんだろうか。また寝不足なんかになってないだろうな。

 流石に試験だから来てないということはないだろうけど……。


 片思い中の男子ばりに香織のことを考えていて、座っていることすらままならず電車の中でそわそわとしながら立っていた。

 自分でも軽くキモいと思う。


「随分と挙動不審ね。痴漢?」

「おい、唐突に俺の人生に終止符を打たせようとするな」


 柔らかい声色なのに出てきた言葉があまりにも冷たい。脳内バグったのかと思ったわ。

 いつの間にか、氷姫こと氷上舞姫が俺の隣でスマホの画面を覗き込んでいた。


「神里さんと喧嘩でもしたの?」

「……なに、お前。エスパー?」

「素敵な魔法使いよ」

「自分で素敵とか付けるなよ……」


 確かに素敵な性格の魔法使いではあるが。


「神里さんが居ないのならちょうどいいわ。少し話があるの」

「その言い方は不穏な気配しか感じないんだが」


 香織に聞かされない話という時点で、面倒ごとな予感しかしない。

 昨日からずっと頭痛が続いてるのに、更に頭が痛くなる展開とか勘弁いただきたい。


「聞かない選択ってあるか?」

「別に構わないけれど、神里さんを巻き込みたくないでしょう?」


 その一言に黙らされる。そこで香織の名前を出すのは狡いだろ。


「それで、話ってのはなんだ?」

「昨日話した面倒な事態ってこと」

「ああ、言ってたな。やっと情報解禁されるのか。リークとかじゃないよな。俺リークとか嫌いなんだけど」

「……なんの話してるの」


 いや、心の準備をするための時間稼ぎをしたいと思って。


「神里さんと喧嘩していて周りが見えてない貴方は気づいてないだろうけど」

「その枕詞、絶対要らないだろ」


 やめろ。喧嘩してるって事実を突きつけるな。それに喧嘩ってレベルじゃない。俺が一方的に悪くて、愛想尽かされる寸前というだけだ。

 マジでどうしよう……。


「1人で百面相しているところ悪いけど、話を続けていい?」

「誰のせいだと思ってるんだ」


 お前が余計な言葉付けるからだろ。


「後ろの乗車口にいる女子グループ。見覚えない?」

「女子グループなんて記憶に残らないんだが……」


 言われた通り、相手に気づかれない程度に盗み見る。

 見覚えねぇ……、あるようなないような。それに女子グループというには人数が少ない。2人しかいないじゃん。

 見た目も至って普通。片方は少し癖っ毛のある茶髪。もう片方は肩ぐらいの黒髪。ピアス付けてたりと今どきの女子校生らしい。

 彼女たちは怠そうにスマホを弄りながら会話に興じていた。


「随分と盗み見に慣れてるわね。普段からやっているの?」

「お前がやれって言ったんだろ」

「冗談よ」


 その冗談で俺の人生が終わる可能性があるんですが。

 普段から盗み見なんてするわけ、いや、そういえば昨日氷上のこと……まぁ、黙秘権ということで。


「見覚えなんて言われても、なんとも言えないんだが……」

「もしかして記憶喪失?」

「そんなテンプレな特性を残念ながら兼ね備えてねぇよ」

「昨日、貴方も彼女たちの話を聞いていたじゃない」


 昨日、俺も聞いた?なんの話?

 もう一度、マジマジと彼女たちのことを眺めてみる。

 そういえば、あの黒髪の子……、


「同調圧力に負けてた女子だ」

「……そんな覚え方されているのは流石に同情するわね」

「あれ、でも、昨日、もう1人いたよな」


 確か、飼い猫が居なくなってしまったという女子生徒がいた筈だ。

 今日は別で登校だろうか。


「珍しいな。女子グループって大体同じ生活パターン送るのに」

「その偏見まみれの感想は置いておくとして、その女子生徒、失踪したわ」

「は?」


 アホみたいな反応をしてしまった。

 失踪したって、それはつまり、ペットたちと同じように?

 そんな馬鹿な。信じられない。


「なんで失踪したなんてわかるんだよ。ただ風邪を引いただけの可能性もあるだろ」

「昨日、その子の鞄だけが落ちていたのよ」


 言って、氷上は鞄から一枚のカードのようなものを取り出して渡してきた。

 そこには佐藤水月さとうみづきという名前の書かれたうちの高校の学生証。

 写真の女子生徒は、セミロングぐらいの明るめの茶髪に、化粧も軽くしていて、陽キャ女子といった風貌。

 間違いなく、昨日猫が居なくなったと話していた女子生徒だった。入学年からして、どうやら同じ学年だったらしい。


「私が拾った彼女の鞄の中に入っていたの。スマホも財布もそのままだったわ」

「……落としただけかもしれないだろ」

「そうね。それなら良いわ。でも、彼女、昨日から一度も家に帰ってないの」


 俺の希望的観測を打ち砕くように氷上は彼女が失踪したという証拠を積み上げる。


「この子のスマホ、ロック一つかかってなくて、その上、スマホの中に住所も登録されてたわ。随分と不用心よね。まぁ、おかげで家に行けたんだけど」

「帰ってないのは間違いないのか?」

「ええ。鞄の中に鍵もあったから、昨日、彼女の部屋にお邪魔させてもらったけど、残念ながら帰った様子はなかったわ。もちろん今朝もね」


 さらっと不法侵入しましたと告白されたんだが。


「親はどうしたんだ?」

「共働きじゃないかしら。別に珍しくもないでしょう」

「でも、失踪したことには気付くだろ。あの子たちだって、友達が連絡つかないのなら心配するんじゃ」


 あそこにいる佐藤の友達と思える2人はいつも通りだ。友達が失踪している最中とは到底思えない。


「ああ、それなら、」


 と、彼女が一台のスマホを取り出して画面を見せてきた。

 そこに写っている画面は俺もよく使っているチャットが出来るアプリ。

 そこには、『友達の家に泊まるね』という文字。もう一つ画面を切り替えると、グループトークの画面があって、そこにも同じように『体調が悪いから休むね』という文字。


 これは、もしかしなくても、そういうことだろう。

 隠蔽工作。

 佐藤の両親は彼女が友達の家に泊まっていると思い、友達は彼女が風邪で休んでいると思っている。


「彼女が失踪したことに気付いている人間は私たちだけよ」


 マジかよ、こいつ……。

 頬が引き攣りそうになった。


「学校にも連絡は既に入れてあるわ。ただ、こんなの何日も続かない」

「そりゃそうだろ。てか、こんなことやって大丈夫なのかよ……」

「大丈夫なわけないじゃない」

「そ、そうか」


 そんなに自信満々に言うなよ。逆に何も言えなくなっちゃうじゃねぇか。


「一刻も早く彼女を見つけ出さないと不味いことになるわ。彼女も、そして私も」

「具体的には」

「佐藤さんは死んで、私はそれに関わったとして警察に捕まるかしら」

「……面倒どころの話じゃないだろ」


 それに巻き込まれるということは俺は共犯者ですか。最悪すぎる。


「本当に失踪事件に関わってるんだろうな。家出とからだったら最悪だぞ」

「貴方は財布も持たずに家出するの?」

「……しないな」


 財布もスマホも持たずに居なくなったとなったら、失踪事件じゃなくても何かしらの違う事件に巻き込まれたとしか思えない。


「安心しなさい。失踪事件に巻き込まれたのは確実だから」

「何も安心できないけど、その理由は?」

「彼女の鞄から魔力の残り香がした」

「……ここで異世界能力はずるいだろ」


 魔力の残り香っなんだよ。魔力に匂いなんてあるなんて知らなかったんだけど。

 そんなの俺じゃ判断付かない。真偽を確かめる術はなく、彼女の言葉を信じるしかないわけだ。


「ていうか、なんでそんな話を俺にしたんだよ。昨日は関わるなって言ってたのに」

「変に手を出すなと言ったのよ」


 それは同じ意味なんじゃないだろうか。


「貴方に話したのは時間がないこともあるけれど、1番の理由は次に狙われるとしたら貴方だからよ」

「え? 俺?」

「ええ。貴方、昨日、犯人を見ちゃったじゃない。遠目で顔はわからなかったらしいけど、相手からしたらそんなこと関係ないでしょう?」

「でも、だからって」

「櫻木くんなら犯行の目撃者がいたらどうする?」


 諦めて自首する。または、目撃者を消す。

 なるほど。確かに次に狙われるなら俺だ。

 ……そして、その次があるとすれば、氷上または、俺と一緒に猫が居なくなるところを目撃してしまった香織だ。

 その事実に気づいてしまい、心臓が跳ねた。

 くそ、逃げることも後戻りも許されねぇじゃねぇか。


「わかった。協力する。犯人とその女子生徒を見つけよう」


 俺の言葉に氷上は頷く。


「助かるわ。早速だけど、今日の放課後は空いている?」


 最悪、香織に影響が出る。そう考えただけで、ズキズキと頭が痛む。頭痛が酷くなってきた。


「櫻木くん? 大丈夫?」


 痛みで一瞬黙ってしまった俺に、氷上は少しだけ訝しむような視線を向けてくる。


「……悪い。放課後だよな。空いてる」


 例え予定があったとしても、この事件の解決が最優先事項だ。

 香織とも帰れないが仕方がない。今回の喧嘩は少しだけ長引きそうだ。


「それで、何からするんだ? 痕跡探しとか?」

「それは昨日、私がやっているわ。残念ながら彼女の鞄しか見つからなかったけど。今日は……」


 逡巡するようにしてから、氷上は凄く可愛らしく微笑んだ。


「お家デートね」

「……はい?」


 何言ってんのこいつ。ちょっとドキッとしちゃったじゃねぇか。急に可愛いのやめろ。

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