第11話 初めて魔法を使用しました

 失踪事件の解決に向けた準備として提示された氷上の指示は単純で、俺に魔法を覚えろということだけ。


「いや、無理だろ」


 なに言ってんのこいつ。

 魔法を覚えろ、なんて簡単に言うが、この世界において魔法は神秘の領域、オカルト、ファンタジー、中二病の心の中にしか存在しないものである。


「そんなに難しい話だった?」


 難色を示した俺に、氷上は首を傾げた。


「難しいどころか無茶だ。俺は魔法なんて使ったことないし、やり方もわからない」


 そんな俺が今から魔法を夜までに覚えられると言うのか。


「もしかして、俺には秘めたる魔法の才能があったりとか」

「それは無いから安心していいわ」

「……さいですか」


 じゃあ、余計ダメじゃねぇか。そんなにはっきりと才能が無いと言われると流石に悲しい。


「貴方がちゃんと魔法使おうとするなら、ごじゅう……いえ、100年ぐらいはかかるわね」

「それもう死んじゃってる可能性の方が高いんだよなぁ。じゃあ、なんだ、時間凍らせて100年間今から修行させるとか言わないだろうな」

「無茶を言わないで。こっちの世界では無理よ」


 今のところ無茶を言っているのはお前なんだよ。

 てか、今の言い方的に元々居た世界でなら、時間凍らせることが可能なのか。やばいな、氷魔法。なんでもありじゃん。


「魔法を覚えろとは言ったけど、魔法を自分だけで使えるようになれとは言ってないわ」


 氷上は近くのチェストから1番上の引き出しを開けると、その中からメモ帳のようなものを取り出した。

 ページを開いてこちらに見せてくる。そこには魔法陣のようなものが描かれていた。


「これは見たことあるでしょ」

「ああ。カフェで使ってたやつだろ」


 氷上の正体を知った日に、カフェで彼女が見せてくれた魔法。それを行うために使っていた紙だ。


「これを使えば、少しの魔力を流すだけで魔法を使えるわ」

「え、なにその、便利アイテム」


 奥さん見てください! この性能! これを使うことで簡単に魔法が使えちゃうんです!

 オンライン通販だったら間違いなく買ってる。


「残念ながら、そこまで優秀でもないのよね」


 ため息を吐いた彼女は、メモ帳の紙を一枚破いた。


「使い捨ての上に、使えるのは簡単な魔法だけだもの」


 この前と同じく、紙に描かれた魔法陣が光ると、部屋の温度が下がった気がした。

 それは気のせいじゃないようで、吐く息が白くなる。それはいい。ただ、俺の服は薄着の夏服なわけで。


「さっむ! 夏服でこの寒さは死ぬわ!」

「この程度じゃ死にはしないから安心しなさい」

「そういう話じゃねぇよ!」


 氷上の持つ紙に描かれていた魔法陣が、薄くなって消えていく。

 それに合わせて、部屋の寒さが徐々にマシになって、クーラーが少し効きすぎた部屋ぐらいの温度になった。


「今のは部屋中に冷気を拡散させたけど、1箇所に集中させれば相手を氷漬けにすることも可能よ」

「簡単な魔法って話だったと思うんですが」


 十分威力のある魔法じゃねぇか。普通に攻撃魔法として転用出来てる。簡単な魔法ってちょっと冷気出るとかそんなレベルをイメージしてた。


「これくらいなら、本来はこんな媒体を使わなくても出来るのよ。それこそ、無詠唱でもね」

「じゃあ、なんでそんなのあるんだよ。持ち歩いているみたいだし」


 無詠唱でも出来るような魔法しか使えないというなら、わざわざその紙を作って持ち歩く理由がない。


「それは、こちらの世界の性質が理由よ」


 こちらの世界の性質と言われても、困るんですが。そもそも、氷上のいた異世界自体、詳しくは知らないし。


「櫻木くんって、妖精を見たことある?」

「セーブポイント提供してくれたり、回復してくれる妖精なら知ってる」

「なんの話かしら……」


 もちろんゲームの話。香織と昔やってたやつ。

 氷上は呆れた視線を向けた後に、話を続ける。


「私が居た世界で魔法は、自分自身が持つ魔力、大気に満ちている魔力、妖精とかの存在から借りる魔力の3つの要素で構成されてたのよ」


 自分自身の魔力だけじゃなく色々なものを頼ったり使って魔法を行っていたということか。


「そして、それでも足りなかったり、時間がかかったりする時に、魔法を補助するために道具を使ったりするわ。貴方たちが想像するような杖とかがそれに当たるわね」


 そういえば、俺が異世界転生しかけた時の女神も杖を召喚していた。

 あれは異世界転生という大きな魔法を行うために、補助として使用していたということなのだろう。


「対して、こちらの世界には、大気の魔力は薄く、妖精とかの神秘はほぼ消えている。3つ中2つの要素が欠けているのよ」

「つまり……、魔力不足になりやすいってことか」


 氷上の説明を聞いて、辿り着いた結論は正しかったようで彼女は頷いた。


「身体の中に溜めておける魔力には上限がある。だから、魔力を使わない日は、あの瓶の中身みたいに結晶化しているの」

「ソシャゲのスタミナ消費みたいだな」


 満杯になって溢れ出す前に使っておく的なやつ。


「そういうものに例えられるのは不服なのだけど、強ち間違ってはいないわね……」

「それじゃあ、その紙も同じ感じなのか」

「その通りよ。これは紙に魔法陣を書いておくことで、魔法消費量を軽減してるの」


 つまり、あの瓶の結晶はスタミナ回復アイテムで、魔法陣の紙はスタミナ軽減アイテムという認識で間違いないはずだ。


「それらのアイテムがあることは分かった。それで、その紙を使えば俺も魔法が使えるってことでいいのか?」

「ええ。この紙は、家電みたいなものだもの。仕組みがわからなくても魔力という電気さえ流せば性能は発揮するわ。実際に試してみる?」


 言って、氷上はまた一枚紙を破き、俺に手渡してきた。

 ぱっと見は落書きされた紙にしか見えない。

 これで俺も魔法が使えるなんて、未だに信じられない。

 じっと見つめ、ぎゅっと紙を持つ右手に力を込める。

 クシャッと紙が折れた。特に変化はない。


「……それで、魔力ってどうやって流すんだ?」


 そもそも魔力の流し方がわからないんですけど!

 すると、氷上は少しだけ困ったように視線を泳がせた。


「え、えっと、そうね……、なんか、ぶわーって」

「急に説明、雑だなおい」


 さっきまでは詳しく説明してたのに、魔力の流し方だけはめちゃくちゃ感覚じゃねぇか。


「そんなこと言われたって……、あちらの世界では意識しなくても出来たものだから……。貴方は声を出し方を説明できる? 出来ないわよね。それと同じくらいの単純なことなのよ。だから、出来ないなんてそもそも考えてなかったというか、考えるまでもないことなのよ。それを、急に聞かれても答えられるわけないじゃない」


 少しだけ顔を赤くした氷上が早口で言い訳を並べていた。

 わかった。文句を言った俺が悪かった。悪かったから、その怒涛の言葉の羅列やめて。

 怒った時に単純な罵倒しか出てこない幼馴染と比べて、情報量多すぎて脳が半分くらいしか理解できてないから。


「そもそも、俺って魔力あるのか?」

「……それもそうね。確認しないと」


 完全に忘れてたと言わんばかりの反応だった。

 前から思っていたが、微妙なところで抜けている魔女である。

 氷上は俺から紙を回収して、机の上に置くと、右手を仰向けにして差し出してきた。


「私の手を握って貰えるかしら。貴方の魔力を引き出してみるから」

「握るってのは、握手みたいな感じでか?」

「別になんでもいいわ。なるべくしっかり触れ合ってくれれば」

「……わかった」


 おずおずと氷上の手を握る。

 先程魔法を使ったからだろうか。少しひんやりとした彼女の手は、小さくて柔らかかった。

 香織のは何度も手を握ったことがあるというのに、なぜこんなに緊張するんだ……! いや、別に香織ともそんなに手握ったことないけど。


「ゆっくり息を吐いて、身体の力を抜いてリラックスして」


 無理です。手汗をめちゃくちゃ気にしちゃってるから。

 全然リラックス出来てない。

 氷上の視線が少し咎めるようなものになった。


「そんなに緊張していると気持ち悪いわよ」

「そこは、気づかないふりをする優しさをくれよ……」


 恥ずかしさとかで逃げ出したくなった。多分顔がめっちゃ引き攣ってる。


「まぁ、いいわ。その代わり、しっかり握っていなさい」

「……早く終わらせてくれると助かる」


 精神が限界を迎える前に終わらせてくれ。

 氷上が集中するように瞳を閉じた。氷上の髪がふわりと浮かび上がる。

 そして、そのまま数秒、数十秒と経過した。

 なにも変化はない。氷上の眉間に皺が寄る。そして、彼女は疲れたように息を吐いて、瞳を開けた。


「……最悪ね」

「一気に結果聞きたくなくなったんだけど」


 開口一番がその言葉の時点でもう魔力無いって決まったようなもんじゃん。


「結果として言うけど、貴方は魔力が一切ないわ。それどころか、貯めることすら出来ない。底に穴が空いたコップね」


 頭を抑える氷上。

 期待に応えられなくて悪いと思うが、そこまで落ち込まれるとちょっと辛い。


「異世界不適合者だからということ……? それとも、こちらの世界ではこれが普通なのかしら」


 氷上はブツブツと考えるように呟きながら、考え込む。

 出来れば普通であって欲しい。しかし、異世界転生者が向こうの世界にいて、こういう実例がない以上、きっと俺だからなのだろう。

 神よ。俺がなにをしたって言うんだ。余計なものばっか与えないで、偶には有益な能力与えろ!


「貴方には魔法を覚えてもらう予定だったけど、少しばかり変更しないとダメみたいね」

「変更って、魔法じゃなくて肉弾戦にするとか?」

「出来るのなら止めはしないけれど」

「止めてくれ。無理だから」


 これでも喧嘩なんて香織との口喧嘩ぐらいしかしたことない。そんな奴が肉弾戦とかやれるわけない。


「本当なら貴方の中にある魔力を使って魔法を使うべきなのだけど、それが出来ない以上、少し危ない方法を取るしか無さそうね」


 言って、氷上は棚に戻した瓶を取った。魔力の結晶が入っているやつ。

 危ないってそれ使うのかよ……。

 中から一つの結晶を取り出して、俺に渡してくる。


「これを口の中に放り込んで噛み砕きなさい。そしたら一時的に貴方の身体に魔力が巡るから。それで、魔法は使えるわ」

「危ないというのは」

「さっきも言ったけど、この結晶、かなりの魔力を溜め込んでるのよね。魔法の制御に失敗して、暴走させたら自分ごと凍りかねないわ」


 つまり、初めての段階でちゃんと制御しろと。無茶言うな。


「暴走なんてさせたくないんだが」

「今は私も手伝えるから、暴走なんて基本しないわ」

「そうは言ってもな……」


 渡された結晶をまじまじと見つめる。そもそも、これ噛み砕けるのか。めちゃくちゃ硬そうだけど。


「とりあえずやってみなさい」

「本当にやるのか……?」

「当たり前でしょ。はい。これも使いなさい」


 魔法陣が描かれた紙も手渡された。

 渋っていると、氷上の目が早くやれと訴えかけてきていた。


「ぐっ……、じゃあ、やるぞ」


 逃してくれもしなさそうなので、意を決して結晶を口に放り込む。

 硬い飴玉を口に入れた感じだ。


「まだ結晶は噛まないで。魔法陣を持ったまま、冷気を目の前の一点に集めることをイメージして」


 氷上が俺の背後に回り込んで、手が俺の背中に触れた。

 ちょ、急にそういうことされると集中出来ないんですけど!


「……集中力が乱れてるわ。もっと集中して」


 氷上の手に意識を向けないよう、必死に目の前の一点に何かを集めるイメージをする。それが正しいのかわからない。

 ただ、頭痛が酷くなる気はした。


「まだ足りてないわ。手のひらを目の前に向けて。狙いを定めて」


 どこにっ!? どこに狙いを定めろと?

 狙いを定めるのに適しているものが無さすぎる。

 仕方なしに、扉のドアレバーに狙いを定めるように手を向けた。そのまま、更に集中する。

 空気の渦がドアレバーに纏わりつく様子をイメージしていく。


「……今。噛んで!」


 その言葉とほぼ同時に、口の中の結晶を思いっきり噛んだ。

 溶けた飴を砕くような感触がした。


 瞬間、手のひらの内側が熱くて、それなのに皮膚は凍えるように冷たくて、目の前が真っ白に染まる。

 気づいたら、天井に仰向けになって倒れていた。

 なにが、どうなって……。


「まぁ、及第点ね」


 立っている氷上の顔が向く先に、視線を動かすと、狙いを定めていたドアレバーは根本から氷漬けにされていた。


「貴方に結晶と魔法陣を1つずつ渡しておくわ。けど、これは自衛の為の最終手段にしておきなさい。本番では今みたいに私がサポートできる保証なんてないから」


 こうして、俺の初めての魔法体験は、極度の緊張による精神的疲れと、酷い頭痛を残して終了した。

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