第2話 幼馴染が試験で限界を迎えました
「おはよ……」
高校2年、前期の期末試験が始まって3日目の朝。
夏の始まりを感じる清々しい朝とは対照的な、どんよりとした雰囲気を醸し出す幼馴染がいた。
「お、おう。今日は随分とやつれてるな……」
幼馴染、神里香織の様子は酷いものだった。
時間がなかったのか髪は跳ねてるし、制服にも少しシワがついてる。
なにより目の下のクマが凄い。
昨日もやばそうだと思ったが、今日は更に悪化している。
「あんたがノート貸すの遅いから、大変だったのよ……」
恨みがましそうな視線を向けてくる香織。
ノート貸すの遅れたのは悪いが、それで恨まれても困る。
「また完徹したのかよ……。身体に悪いからやめろって」
「完徹してない……30分も寝たから……」
「30分しかだろ。それほぼ完徹じゃねぇか」
そんなに足取りもフラフラだと心配になる。
この3日間での睡眠時間は一体どれくらいなのだろうか。
普段は規則正しい生活をしているだけに、こういう状況になった時の彼女はとことん弱い。
よくこんな状況の香織を送り出したなと彼女の両親に思わなくもないが、いざとなれば俺がなんとかすると信用されているのかもしれない。その期待はちょっと重すぎる。
「とりあえず駅まで行くぞ。電車の中は寝てていいから」
「ん……、わかった……」
反応が鈍い。本当に大丈夫かよ……。
駅までは徒歩10分ほど。少し遠回りをして向かう。
最短距離だと通るあの場所は、俺にとっても香織にとっても辛いから、示し合わせたわけではないけれど、いつの間にか通らなくなってしまった。
俺の服の裾を掴みながら、うつらうつらと夢うつつで歩く香織の足取りは遅く、今にも転びそうだ。
今回はだいぶ重症だな。
テスト前には、いつもある程度は眠気にやられてる彼女を見るが、ここまで酷いのは滅多にない。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……」
「……よし。なら、大丈夫だな」
本気でやばい時は大丈夫じゃないなんてこいつは言わないからな。
本気でやばい時の彼女は無理矢理に笑って明るく振る舞う。まるで、俺の記憶にある彼女の姉のように。
けれど、心配なことには変わりなく、危なっかしい香織の先導をしながら、慎重に歩を進めると、いつもより少し遅く駅まで辿り着いた。
登校や出勤の時間ということもあって、人はそれなりに多かったが、電車にはなんとか座れた。
「それじゃあ、おやすみ……」
そして、座ってすぐさま香織は俺の肩を枕に寝始めた。
当たり前のように人の肩を枕にするなよ。周りの目とか気にしないのかよ。
「すぅ……すぅ……」
すぐに寝息を立て始めたあたり、本気で眠かったのだろう。
ここまで心地良さそうに寝られると文句も言いづらいので、彼女の体重を左半身に感じながら電車に揺られる。
周りにはうちの高校の生徒、同じ学年の奴までいるわけで、視線が少しばかり気になってしまう。
またうちの学年で、俺と香織が付き合ってるのか付き合ってないのか論争が巻き起こるかもしれない。
香織は顔はいい上に、俺以外にはあんなにキツい態度は取らないものだから男受けは完璧だ。
加えて、カースト上位の女子とも仲が良く、誰にでも面倒見が良いおかげで、男女共に人気がある。
この前もバスケ部の先輩から告白されたなんて噂を耳にした。
ただ、昔から一度も香織はそういう告白を受け入れたことはない。そのため、常に撃墜王でキルリーダーだ。
寝ている彼女の顔を横目で盗み見る。
幼さは残しつつも、端正な顔立ち。口を開けば、その獰猛さによって誤魔化されてしまうが、姉にもよく似てきたと思う。
もし髪型も変えて、性格すらも合わせたとしたら、瓜二つとなってしまうだろう。
……本当にそっくりだ。
言いようのない不快感が心の中で生まれてしまった。
香織に姉の面影を追い求めてるようで、嫌な気持ちになる。
彼女から視線を逸らして、誤魔化すために電車で聞こえてくる会話に耳を澄ます。
「それで、うちの猫も居なくなっちゃってさぁ」
電車内にしては少し大きすぎるぐらいの声が聞こえてきて、視線を向ければ、うちの高校の制服を身に纏った3人の女子生徒がいた。
「えー! それって、最近話題の失踪事件ってこと?」
「いやいや、まさかぁ。うちの猫、たまに居なくなるし」
たまに飼い猫いなくなったら不味いだろ。
聞こえてくる話の内容的に、最近話題になっている動物失踪事件について話しているらしい。
この地域付近では先月ごろからペットなどの動物たちが行方不明になっている。その数は1頭や2頭程度ではなく、もう既に2桁は超えていた。
警察はなんらかの犯罪かもしれないと、捜査を進めてるなんてニュースが流れているのを目にした記憶がある。
それにしても、そんなニュースが流れている時にペットが居なくなったとなったら、事件との関わりを疑いそうなものだが、あの女子生徒はそんなことは疑っていないようだ。
楽観的なのか、それとも巻き込まれたわけじゃないと信じたいのか。
「その失踪事件、いなくなる瞬間を見た人がいるんだって」
今まで黙っていた1人が唐突にそんなことを言い出した。
肩ぐらいの長さの黒髪の女の子がスマホを片手に、気だるげに語り出す。
「なんかぁ、1匹の犬に、数匹の犬とか猫がついて行くのが目撃されたらしいよ。まるで誘っているみたいだったって」
つまり、その犬によって起こされた誘拐事件だということか。
そんな馬鹿な。あまりにも非現実的で、オカルトすぎる。
言ってる本人もそれが真相なんて思っていないらしく、話題提供程度の思いだったのだろう。
実際、話を聞いていた2人も「やばーい」とか、「こわーい」とか軽い反応だ。
そんな中で、その3人の女子生徒たちじゃない、少し離れた場所にいる違う女子生徒が振り返ったのが目についた。
本を片手に、黒い長髪をたなびかせたその女子生徒は、少しだけ3人の話に耳を澄ませた後、すぐに関心を無くしたように、本に視線を移す。
あの3人の女子生徒は知らないが、今反応した黒髪の女子生徒は知っている。
同じクラスの生徒、ついでに俺の斜め後ろの窓側席にいる
いつも1人で本を読んでいるが、人当たりが悪いわけでもなく、不良生徒な訳でもない。
容姿端麗で、プロポーション抜群、ついでにスポーツ万能と、神様が才能の配分間違えたんじゃないと思うぐらいの完璧超人。
成績ももちろん優秀で、毎回のテストにおいて学年の最上位に位置してる。
そのため、テスト前なんかは多くの男子生徒が下心6割程度で彼女に質問にしに行っている。
それを無下にすることはなく、丁寧に教えているものだから、クラス内外問わず人気が高い。
けれど、グループを作ることも、誰かと特別親しくする様子も見られない。
よく言えばクール。悪く言えばマイペースとも取れる彼女。そんな彼女に告白する男子は後が立たない。
しかし、軒並み撃沈しているらしい。冷たい笑みを浮かべられて断られたとは噂程度に流れてきた話。
冷たい笑みねぇ……。あの美貌でそんな笑顔を浮かべられたら、とんでもなく綺麗で、壮絶なトラウマを植え付けらることだろう。
ただ、他の人に丁寧に勉強を教えている氷上を知っているからか、そんなイメージは思いつかない。
恐らく、振られた奴が適当に流したデマか何かだろう。
そして、そんなデマから彼女に名付けられたのが『氷姫』または、『氷の魔女』。
高校2年になってこんな中二病みたいな名前つけられた本人は迷惑してることだろう。
そもそも、どっから魔女なんて出てきたんだよ。
そんな氷のお姫様が興味を持った話題だったわけだが、オカルト好きなんだろうか。意外な一面だ。
もしくは、自分も犬や猫を飼っていて人ごとでは無いとかな。
「てかさー、今日のテスト、勉強した?」
「ううん。私は全然」
「……私も全くしてないよー」
「だよねー!」
女子の会話の移り変わりは流行よりも早い。
失踪事件の話なんてすぐに終わり、学生らしい試験の話へとシフトしていた。
あの黒髪の子、返事をする前に慌ててスマホの画面隠したな。さては、スマホでこっそり勉強してたろ。
なんで勉強してるしてないってこんな人狼ゲームになるんでしょうね。しかも、ほとんどが狼なのでタチ悪い。
きっと話題を出した子も、全然と言った子も、そしてスマホを隠した子も勉強をそれなりにはやってるはずなのだ。
なのに、やってないと言い出すのは悪い点を取った時の保険なのか、それとも勉強しないで良い点数取っちゃったとかいう才能を見出したいのか。
後者なら異世界転生を一回経験するのオススメ。チート能力貰えるから。それで、君も今日から成り上がり!
その後は、特に面白い話も聞けなかった。試験前ということもあって、聞こえてくる話の内容なんて、ほとんどが試験に関するものばかりだ。
そのため、ひたすら香織の枕としての役目を真っ当する羽目になってしまった。
……あいつちょっとだけ涎たらしやがったな。
学校近くの駅に到着し、香織を起こすと、彼女は随分と回復したようで大きく伸びをする。
「うーん、よく寝たー!」
そういう動きは胸が強調されるから辞めろ。男子どもの間で丁度いいなんて言われてる香織の胸に視線が吸い寄せられそうになる。
うん。確かに大きすぎもせず、小さすぎもせず、高校生としてとても丁度いい大きさだと思います。もちろん身長の話だけど。
「これであと2日乗り切れるわね!」
「乗り切んな。寝ろ」
いけるいける!じゃねぇんだよ。明日は俺と会う前に倒れそうだ。
こうやってフラフラの香織の面倒を見るよりも、倒れられる方が何倍も困る。
少しばかり真面目な声色が混じったのを感じ取ったのか、香織は少しだけ気まずそうに口を尖らせた。
「けど、それじゃあいつまで経ってもあんたに点数勝てないじゃない……!」
ボソリと呟かれた言葉は残念ながら俺の耳に届いてしまった。
それは、なんて返せばいいんだ……。
理由はわかる。
だって、中学2年の頃までは香織の方が俺より点数良かったのだから。
昔は俺が香織に勉強を教わっていた。それがいつの間にか点数が逆転し、俺が対策ノートをあげるまでになっていた。
寝ずに勉強を頑張っても俺に点数は届かず、対して俺は試験前に新作プロットを作るなんて舐めた真似をしている。
本人からしたら納得いかないだろう。
つまり、香織が寝不足になってまで勉強をしているのは俺が原因だったわけだ。
なんというか重い幼馴染だ。
途中で諦めろよ。寝不足になるまで頑張るなよ。それじゃあ逆効果だろ。
言いたいことは山ほどあるが、それを素直に言っても聞いてくれるとは限らないし、上から目線のアドバイスなんて香織からしたら嫌なだけだろう。
「お前じゃ一生俺には勝てないから諦めろ」
だから、明らかに間違っていると思う回答をして、地雷をちゃんと踏み抜いてあげることにした。
香織の顔が一気に赤くなる。
「は? うざっ! キモい! ゴミ! オタク! ぼっち!」
狙い通りに効果抜群。
罵詈雑言の限りを彼女は並べ尽くす。
それでも「死ね」や「消えろ」なんて言葉は絶対に使わない。それだけは決して破られたことがない。
だから、安心して俺は役を続けられる。
「寝不足のお前なんか相手にもならんわ。健康管理できるようになってから出直すんだな」
RPGのダークヒーローのようなセリフを吐き捨ててやると、香織は一瞬だけ息を呑んだ後で、睨みつけてきた。
「っ……! ほんとキモい! ウザい! そうやって、悪役キャラぶって助言してくるところとかマジ無理!」
「……おい、そこは気づかないフリするところだろ!」
なんでそういうこと言っちゃうの! 途端にロールプレイが恥ずかしかなるからやめろって!
「知らないわよ! あんた毎回そうじゃない! 悪役ぶるの似合ってないから辞めなさいよ!」
「は、はぁーッ!? てか、悪役じゃないから! ダークヒーローだから。そんな違いもわからない程度だからお前はにわかなんだよ!」
「そういうところがキモいのよ! オタク!」
側から見ればあまりにも滑稽なやり取りをしていると思う。
ただ、いつも通りと言えばいつも通り。
どうしても素直に伝えれない俺と、その真意を受け取った上で反抗的に返してくる香織。
「もうあんたと話したら馬鹿になる!」
「お前俺より点数低いだろ!」
「う、うるさい! もう知らない!」
顔を赤くした香織が俺を置いて早足で学校に向かう。
今日の言い争いの勝者はどうやら俺のようだ。
香織は怒って不機嫌ではあるが、このやり取りを交わした以上、間違いなく言うことを聞く。
なので、明日は心配がいらない。
口ではああ言っていても、相手の思いを理解できてしまう彼女だから、これ以上心配かけさせないために寝る以外の選択肢がなくなる。
だから、典型的なツンデレなんだよお前は。
ところで、香織。お前の中での俺のイメージってぼっちオタクじゃないよね? ちょっと不安になったんだけど。
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