お昼ごはんはすべての始まり
山いい奈
1章 あらたなる挑戦
第1話 入社を控えて
大阪メトロ
3月31日の夜、紗奈は商店街から少し横道に逸れた居酒屋で、3歳年上の恋人
短く刈り上げた黒髪に、すっきりとした顔周り。涼しげな目は柔らかな弓なりで、そうイケメンでは無いのだが、紗奈を安心させてくれる容姿の雪哉さんだった。
今日は黒いTシャツの上に濃い緑色のパーカーを
紗奈はAラインのミディ丈ワンピースに身を包んでいた。色はエメラルドグリーンのシンプルなもの。楽に着られるのでお気に入りの1着だった。足元はブラウンのショートブーツ。色んな服と合わせやすいことと、ヒールが低いので歩きやすくて重宝している。
ここはチェーンの大衆居酒屋なのだが、コストパフォーマンスがとても良い。安価なのに美味しいお店だ。社会人になって丸3年の雪哉さんはともかく、就職を控え、立場上まだ学生の紗奈の
雪哉さんの方が紗奈より飲み食いする量が多いので、その分多く支払ってくれるが、記念日とかでなければ
わいわいと雑多な店内だった。壁にはメニューが書かれた縦長の紙が所狭しと貼られ、品数の多さを物語っている。簡素とも言えるテーブルに、椅子は背もたれの無いもの。だがクッションがしっかりしていて、居心地の良さを感じさせた。
そういう居酒屋だから、かしこまった様な格好のお客はおらず、老若男女入り混じって、ラフな普段着でお酒とお料理を楽しんでいた。
雪哉さんは生ビール、ビールの苦味が苦手な紗奈は酎ハイのレモンを飲んでいた。お料理は枝豆やだし巻き卵、とん平焼きなど定番のものがテーブルに並んでいる。
「明日入社式やな。緊張するか?」
雪哉さんのせりふに、紗奈は「どうやろ」と首を傾げる。
「会社や言うても、小さなとこですもん。うーん、でも少しは緊張するかなぁ」
大学の先輩後輩という間柄からスタートしたからか、紗奈は雪哉さんに対して丁寧語が抜けなかった。呼び方こそ「杉山先輩」から「雪哉さん」になったものの、この話し方に慣れてしまっているし、わざわざ変えようとは思わなかった。雪哉さんが特に何も言わないこともある。
「会社の規模が大きくても小さくても仕事は仕事やし、それなりの責任はあるわな。しんどかったらいつでも話聞くから」
「ありがとうございます」
雪哉さんの優しい言葉に嬉しくなり、紗奈は微笑んだ。
「それとさ、紗奈」
「はい?」
雪哉さんは何か言いたげに口を開く。だが言葉にはならず、言い淀む様に細い目をさらに細めた。
「いや、なんでも無い」
結局滑り出て来たのはそんな言葉で、紗奈は「そうですか?」と特に疑問を感じることも無く、その時間を過ごした。
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