第6話 できないこと、できること

 事務所に戻り、紗奈さな畑中はたなかさんは応接セットでみっちり打ち合わせをして、紗奈はさっそくフライヤーのデザインに取り掛かった。


 まずはお借りした写真データを全てiMacのハードディスクにコピーし、事務所の共有サーバにバックアップを取る。USBメモリは破損させてしまったら大変なので、速やかにアンマウントさせ、元の茶封筒に戻した。




 今紗奈のモニタには、2枚のラフが映し出されていた。片方が紗奈が描いたもの、もう片方が畑中さんが描いたものである。


 その2枚を見比べ、紗奈はそっと憂鬱ゆううつな溜め息を吐いた。


(やっぱり全然ちゃうなぁ……)


 紗奈のものは、とにかくヒアリング中に出たアイデアや要望を片っぱしから詰め込んでいて、ごちゃごちゃになっていた。もはや何がきもなのかが分からない。


 だが畑中さんのものは理路整然としていて、とても解りやすかった。一緒に同じお話を聞いていたはずなのに、どうしてこんなに差が出てしまうのか。経験不足であることは重々承知の上で、紗奈は自信を失ってしまう。


「こういうのは慣れもあるから。やってるうちにできる様になるから。私も最初は全然やったもん」


 打ち合わせ中に畑中さんはそう言ってくれたが、果たしてそんな日はやって来るのだろうか。どちらにしても、これだと当分ひとりでのヒアリングなんて到底無理だ。


 お料理部にしてもまだ岡薗おかぞのさんが一緒で無いと不安だし、ひとりで何もできない現状に紗奈は打ちのめされる。


 ああ、また考え方が後ろ向きになっているなと、紗奈を息を吐く。お料理で自信を持って良いと畑中さんは言ってくれたが、まだまだレシピ頼りなのだから、どうにもまだ堂々と「お料理ができます」と言いづらい。卑屈ひくつだろうか。


 しかし、紗奈はふと思い出す。


「最初はできひんで当たり前や」


 事務所の皆さんが言ってくれた言葉だ。それもそうだ。日本や海外で活躍するプロスポーツ選手だって、最初は上手にできなかったと思う。ならこれから力を付けるために努力をするだけだ。


 うだうだと考える時間がもったいない。今は勤務中なのだ。なら仕事をしなければ。紗奈は共有サーバからはがきのテンプレートをiMacのハードディスクにコピーした。




 その週末の雪哉ゆきやさんとのデートは、ショッピングビルでのショッピングだった。5月も下旬になり梅雨つゆが近付いて来たからか、最近雨が多い様に思う。確か沖縄では梅雨入りしていたはずだ。大阪の梅雨入り宣言も近いだろうか。


 今日も生憎あいにくの雨だった。なので屋内を選んだのだった。ショッピングと言っても特に欲しいものがあるわけでは無い。一目惚れでもすれば検討しようかな、程度。クレジットカードはあるが所持金はそう多くなく、気楽なものだった。


 待ち合わせは大阪メトロ御堂筋みどうすじ線なんば駅の改札前にある、なんばなんなんの前に14時だった。家でゆっくり昼ごはんがいただける時間だ。


 行き先はなんばパークスである。ブティックをメインに多くの店舗が入っており、上階にはレストラン街と映画館のなんばパークスシネマがあり、1階には広大なおもちゃ屋さん。1日遊べる施設である。


 おもちゃ屋さんでは懐かしいおもちゃに目を細め、最新のおもちゃの機能に驚いたりする。エスカレータで上に上がりつつ、各階で様々なブランドの特色ある洋服を眺め、あれが可愛い、あれが似合いそう、そんな話をしながらぶらぶらと散歩をする。


 上に着く頃には、ティタイムにちょうど良い時間帯。紗奈と雪哉さんはエレベータで2階に降り、スターバックスでひと休み。紗奈はストロベリーフラペチーノ、雪哉さんはドリップコーヒーを注文した。


「甘くて美味しいわぁ〜」


 紗奈はフラペチーノをひと口吸い込み、頬を緩ませた。


「ほんまに甘そうやな。生クリームたっぷりや」


「はい。ふわっふわで甘くて、でもいちごもたっぷりで、酸味もあって美味しいですよ」


「いちごは美味しそうやな」


「ひと口食べます?」


「ええん?」


「はい。いちごのとこやったら、雪哉さんでも美味しいんちゃいます?」


「じゃあちょっともらうわ」


 紗奈はストローを刺したストロベリーフラペチーノを雪哉さんに差し出す。雪哉さんは「ありがとう」と言いながら、深く刺したストローに口を付けた。


「ん、甘いちゃあ甘いけど、いちごがすっきりしてええな。美味しいわ」


「ふふ、良かったです」


 紗奈はほっとして顔を綻ばす。手元にフラペチーノが戻って来た。紗奈もストローでフラペチーノを吸い上げる。もうお付き合いを始めて4年以上が経つのだから、今さら間接キスぐらいでどうとも思わない。


「晩ごはんどうする? あびこに戻る? なんばで食べて行く?」


「なんばで食べて行きましょうよ。私、もつ鍋食べたいです」


「ああ、法善寺ほうぜんじのあそこな」


「はい」


 法善寺にふたりで何度か行ったもつ鍋屋があるのである。もつ鍋は鍋料理の中でも季節を問わず食べることができ、ふところにも優しい。


「それやったら開店と同時に行かんとな。人気店やから」


「そうですね。それまでもうちょっと時間つぶしですかね? 行きたいとこあります?」


「そうやなぁ、あ、俺靴下買いたいわ」


「じゃあ靴下屋ですかね? 飲み終わったら行きましょ」


「うん」


 紗奈は残り少なくなったフラペチーノを飲み干し、雪哉さんも温くなったコーヒーのカップをぐいと傾けた。

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