第15話 手際良くするためには
「で、お肉ですね」
「そうやな。この前
「はい」
紗奈は先日のことを思い出しながら、豚の切り落としをまな板に広げ、5センチ程度の間隔で切って行く。
「よし、ほんなら作って行こうか。手洗ってな」
「はい」
紗奈は豚肉をボウルに移すと、食器洗い洗剤で手を洗った。
紗奈が用意したレシピでは、材料を全部鍋に並べ、調味した煮汁を入れて煮る、となっていた。だが先日
「俺もそう思う。レシピ通りはもちろんええんやけど、そうやって確実な知識の中でやりやすい様にアレンジして、作りやすい様にして行ったらええんやで」
岡薗さんもそう言ってくれた。なので先日も使った深さのあるフライパンに米油を引き、豚肉を炒めて行く。先日岡薗さんに教えてもらった炒め方だ。
火が通り、豚肉から出た脂が透明になったので、人参を入れてさらに炒める。全体に油が回ったら、お水を入れた。計量カップで量を確認しながらである。それで調味料の量が決まるのだ。
レシピにはふたり分の材料が記載されていた。だが今回は3人で食べるのだから、合わせて増量が必要だ。
それも厳密では無く、例えば玉ねぎと人参はレシピでは半分ずつとあるのだが、単純に人数に合わせて増やすとそれぞれ四分の一が余ってしまう。中途半端に置いておいても困るので、1個ずつまるっと使ったのだ。
なので煮汁も単純な計算では済まないのである。
沸いたら玉ねぎを加え、さっと混ぜたら顆粒だしを入れ、調味料を入れる。
「出汁がレシピの約2倍になったから、調味料もそれに合わせて増やしたらええな。計量スプーンで気持ち少なめにして入れて行こか」
「はい」
「それと、レシピにみりんがあるんやけど、みりんって肉を固くすんねん」
「そうなんですか?」
「そうやねん。気になれへん人はそれでええと思うんやけど、俺は代わりに砂糖と日本酒使うなぁ。今日はそれにせぇへんか?」
「はい。日本酒って確か、お肉を柔らかくしてくれるんですよね?」
「そうやで。よう覚えとったな」
紗奈は軽量スプーンで注意深く調味料を計り、フライパンに足して行く。調味料を入れる順番には「さしすせそ」があり、それも勉強済みである。
まずは固形物であるお砂糖から。そして液体の日本酒、お醤油を入れる。混ぜて少し待つと、調味料を入れたことによってわずかに下がった温度がまた上がり、ふつふつとして来る。
「そしたらフライパンに隙間を作って、そこに豆腐を入れて行こか」
「はい」
豆腐は柔らかくて手荒にすると崩れてしまう。紗奈は優しく豆腐をフライパンに沈めた。そうすると食材の表面が顔を出してしまう。
「豆腐からも水分が出て来るから、すぐに浸かるわ。たまにフライパンを揺すってやったらええな。豆腐が崩れるからあまり触らん様にな」
「はい」
「ほな次は汁物やな。かきたま汁、天野さん作ってみる?」
「れ、レシピが無いと作れへんです」
紗奈が焦ると、岡薗さんは「わはは」と笑う。
「ほな俺がちゃっちゃと作ってまうか。天野さん、洗い物頼めるか?」
「はい」
紗奈が洗い物をする横で、岡薗さんは手際良くかきたま汁を作って行く。お鍋にお湯を沸かし、顆粒だしを溶かして味付けをし、ボールに卵を割り入れる。
「なぁ天野さん、なんで肉豆腐にしようと思ったん?」
「え?」
聞かれるとは思っていなかったので、紗奈はきょとんとしてしまう。理由は簡単だ。
「レシピ見て、これやったら私でも作れるかなて思ったんです。煮汁を最初に全部作って、煮込むだけやったんで」
「ああ、このレシピはそうやんな。手軽に作れる様に考えてあるんやな」
「はい。初心者向けのレシピなんで。ほんまやったら、この前岡薗さんに教えてもろうたみたいに、最初にお出汁を含ませて、次に甘味を入れて、最後にしょっぱ味、ってできたらええんでしょうけど、私は何せ下ごしらえで時間を使ってしまうんで」
「それなぁ、俺も悪かったんや」
岡薗さんは決まり悪そうに顔をしかめて頭を軽く掻いた。
「いつもの旨煮の作り方やったけど、そここだわるところや無かったわ。天野さん慣れてへんねんから、下ごしらえに時間掛かるん当たり前や。それやったらそれで臨機応変にせなあかんかった。ほんまに悪いことしたなって」
「え、なんで岡薗さんがそんなこと。謝らなあかんのは私の方です」
紗奈が泡だらけの手を止め、慌てて目をしばたかせると、岡薗さんは卵を
「時間が12時を回ってしもうて、天野さんほんまに申し訳無さそうな顔しとって、しまったなと思ってな。俺も
「いいえ、ほんまに、私がとろかったから」
「料理始めたばっかりやねんから、それを織り込まなあかんかったんよな。俺もまだまだやわ。今度からは俺も時間までにできる様に考えるわ。時短の勉強にもなりそうやしな」
「時短、ですか?」
「そうや。料理は確かに手間暇掛けたら旨くなるやろ。でもここの昼めしでもだいたい30分ぐらいで作るし、家で作る時にも役に立つ時があると思うねん。せやから一緒に勉強して行こ。天野さんが初心者用のレシピ本いろいろ読んだんやったら、ヒントもありそうやな」
確かに紗奈が買ったレシピ本の中には、時短技が取り入れられているものもあった。時間を掛けずに作れるのなら、紗奈でも12時までに完成させることができるのでは、と考えたのだ。
「一緒にいろいろ勉強して行こか。それで旨いもん作ろうや」
「はい!」
紗奈は嬉しくなって、ふわりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます