【ヨウ】第16話 映像屋として

 日常生活との同時並行で、作品を作るというのは非常にタイトです。自分の世界と俗世間の境界線を、事あるごとに引かないといけないのが辛い。せっかく自由の翼を手に入れたのに、急に引きちぎられたような感覚だ。もっと飛んでいたい。何も考えずに、ただ自分の世界を広げ続けたい。作品を作っている時だけ、不幸な自分を作品に押し付けることが出来る。


「ヨウ君……ここ二週間ずっと絵コンテ書いてるけど、疲れないの?」

「疲れる疲れないじゃないよ。ちゃんと書き上げないと」

「前から気になってたんだけど、特撮って言っても昆虫が戦うのが中心だよね? 絵コンテ通りの画を撮れるの?」


 絵コンテというのは、映画やアニメの設計図のようなものだ。左側に絵を描くスペースがあって、右側に文字で具体的な指定やセリフを書いたりする。それを何枚も何枚も書いて、一つの作品の絵コンテが出来上がる。カメラのアングルや、どのキャラに何をさせるかなど、作品の映像演出の全てを司る重要な仕事であり、絵コンテの面白さが、作品の面白さと直結してると言っても過言ではない。


「どういう動きを昆虫たちがやってくれるかは運だけど、絵コンテ通りの動きをしてくれるまでリテイクするだけだよ」

「うわぁ……聞いてるだけですごい重労働だね……」

「そこまで大変じゃないよ。吹き飛んだり、距離取ったりする演出を多めにしてるから、戦闘シーンよりもそれぞれの昆虫を単体で撮ることが多いから」

「あーなるほど。喧嘩してるとこを少なめにして、単体を撮りながら後ろでミニチュアを壊せば、ある程度は絵コンテ通りに作れるね」

「そゆことそゆこと。でも、どういう世界観にするかが思いつかなくて……結果ミニチュアも作れなくてやばいよねって状態」

「この前は荒野で戦うみたいな話してなかった?」

「したけど、荒野だと画が単調になっちゃうから何か建造物を設置したいけど……」

「荒野のど真ん中に建物があっても不自然ってこと?」

「そうなんですよハルちゃん。だから建物を自然に置ける設定……というよりも口実を見つけないとなって」

「設定の作り方が帰納法的だね……あ、じゃあさ! 人類が滅亡した世界で暮らす昆虫の話とかどう!?」

「ほう……続けて」

「まずこの世界では人類が滅んでいる。全ての生物にとっての天敵が消えたことによりどんどん巨大化した昆虫たちは、人類の遺した昆虫ゼリーを巡って争う……みたいな! こういう未来の話とか好きなんだよね――」

「そ、それだぁあー!! さすがです、ハルちゃん先生!」

「ふふふ、そうでしょう! それに昆虫をデカいことにすれば、ミニチュアをそんなに大きくしなくてもいいしね!」

「そこまで考えていたとは……て、天才だ……」


 特撮といえば、やはり建物が豪快に破壊されるシーンである。しかし、こういうシーンを作ろうと思ったらミニチュアを作らないといけない。実物大でビルとか作って、壊すのは不可能だからね。なのでミニチュア――小さな模型を作って、それを火薬などで粉々にする。勿体ない気もするが、壊れることで特撮のミニチュアは真価を発揮するのだ。


「ヨウ君って絵うまいね。いつ練習してたの?」

「ガチに練習したことはないけど、授業中は基本的に絵を描いてたかな」

「そうなんだ……絵ばっか描いてたから浪人しちゃったんじゃないの?」

「だって、勉強したっていいことないじゃん。特に興味もない知識をただ無秩序に頭に入れるだけの作業なんて、先進国の文明人がすることじゃないよ」

「まぁ言わんとすることは分かるけどさ……でもよくそれで国立大学なんて入れたよね」

「ここ一年は勉強したらモネさんが褒めてくれたから」

「現金な奴め……てかさ、下の名前で呼ぶようになったんだね」

「うん、そう呼んでくれってデートの日に言われてたの」

「あー! あの時ね! ヘラった先生の手を厚く握ったのはファインプレーだったね!」

「そうそうあの時……え、何で知ってるの? 留守番してって言ったはずじゃ――」

「そりゃ見に行ったんだよ。ルミリちゃんとマルカちゃんも来てたから、一緒に見てたよ」

「え、えぇ!?!?」

「中々かっこいいこと言うじゃん! 好きだよ、モネさん。自分の激しさを隠せないモネさんも、全部好――」

「それ以上言ったら神社とか行って祓ってもらうぞ、悪霊」

「大変申し訳ございませんでした」


 ハルちゃんからのアイディアをもらった僕は、放流された稚魚にも負けないスピードで絵コンテを書き上げた。主人公はカブトムシ。高度文明が廃れ、役目を果たした家々がどんどん黄砂で覆われている荒野で、カブトムシは貧困に喘ぐ幼虫たちのために、昆虫ゼリーを独占している悪の組織を倒しに、荒廃した元都市へ向かう――という内容だ。オオカマキリ、ツチイナゴ、クワガタは悪の組織として友情出演していただく。


「――というのが、本作の概要です! あぁ、疲れた……」

「想像以上に本格的だね……青井よく頑張ったね」

「でも元都市ってなると、ビルとかマンションとか諸々、結構大規模に作らなきゃだね」

「そこは大丈夫! この世界で昆虫たちは人類がいなくなったことで、肥大化してるって設定だから! 昆虫より少しデカいくらいのビルを作ってくれたら問題ない!」

「なるほど……それならルミリたちでもいけるかも。歴代の先輩方が残してくれた『これでキミも特撮マスター! 楽しいミニチュアの作り方! ~初級編~』って叡智の書もあるからね」

「ほ、ほんとに大丈夫なのかな……うちあんまり器用じゃないよ」

「いけるいける! イメージとしては図画工作の応用版って感じだから! プロの作品でもないし、めちゃくちゃ精密に作る必要はな――」

「待たれよ!!」


 決して大きな声ではない。でも低く、どこかずっしりした声に僕らは自然と集中していた。透明先生だ。


「青井殿! 君の世界はそんな妥協を重ねた向こう側に、完璧に表現が出来るのですか!?」

「でも時間的に考えるとそれが一番だと――」

「納期なんて近づいてから考えればいいんです! 映像屋として今すべきことは、早くミニチュアを何個も何個も作って、撮影を何回も何回もすることです!」


 決して、意図して妥協しようとしていた訳じゃない。でも現実というものを見すぎていたのかもしれない。『夢を与える』なんて大層なことは出来ないかもしれないけど、自分が夢を見なきゃ与えるなんて絶対に出来ない。ひとえに作品のために、ちょっとくらい現実を見て見ぬふりするのもいいかもしれない。


「透明先生……僕はこのまま突き進んでも大丈夫でしょうか……?」

「えぇ。人間はそんなに簡単に死にませんよ。若い時は、自分と他人を馬車馬のように働かせなさい」

「あ、ルミリたちも馬車馬にされるんですね」

「もちろんですよ。仲間でしょ?」

「ルミルミ、これからうちら大変……あ! そうだ! 先生!」

「はい、どうかしましたか? そんなに慌てて――」

「もし良かったら、丘田闘志夫さんとお茶でも行きませんか?」

「――せっかくのお誘いですが、それはちょっと――」

「お願いします! 青井と恩師の恋路がかかってるんです!」

「は!? え!? 今の話の流れで僕!?」

「ほほう、青井殿の恋路が……続けて」

「詳しいことは端折りますけど、先生がお茶に来てくれれば、青井と青井が好きな人がもっと仲良くなれるんです!」

「その場所に青井殿の好きな人と、丘田さんが一緒に来るということですか?」

「そうです! そこで先生たちと同時並行で、青井にも頑張ってもらいます!」

「おじさん二人で延々話すだけなんて、ラブコメ作品として成立しなくなるもんね。ルミリ、納得」

「なにそれ素敵やん。青春やん。ぜひ行きましょう」


 え、あんなに拒絶してたじゃん。頑なに解説動画すら見ようとしなかったじゃん。なのに僕の恋路を応援するために会ってくれるの……? え、好き。さっきあんなに叱咤激励してくれた上に、モネさんとのことも応援してくれるの? え、大好き。なんか僕って先生のことを好きになるクセがある……違う違う。好きなのはモネさんだから。


 丘田さんとも会えるし、モネさんとも会える……すごいワクワクするようなお茶会がもうすぐ始まる気がする!



 












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