【モネ】第15話 心の虚構の部分

「モネ先生ー? この前の青井とのデート楽しかった?」

「うん、とっても。やっぱり雨が降ってる新海御苑ってすごい趣深いよ。今で言う……エモいってやつ?」

「若者言葉も勉強してるの!? ほんと真面目だよねー」

「みんなが何言ってるか分からなかったら、会話に入れなくて悲しいでしょ? 私だってたくさんお話したいよー!」

「小学生がエモいって言ってる時代は、多分もう少し先じゃないかな……」


 教員採用試験の勉強も大事だけど、若者の流行も掴まないといけない。この仕事に就いてから、すごくジェネレーションギャップを感じる。マルカちゃんはその最たる例だ。全部スマホで解決しちゃうんだもん。電卓もスマホのアプリを使ってるし、予定も手帳じゃなくてスマホに書いてるし、本もスマホで読んでる……! いや、ちょっと待ってよ! たしかにスマホは便利だよ!? 電卓も予定も、スマホでやれるのは素晴らしい……でも! 本は違うでしょ! 本は実際手に取って、指でめくりながら読むのがいいんでしょ! 指でスワイプするものじゃないから! という話を昔したら嘲笑されました。そんなに年齢差がある訳じゃないのに、デジタルデバイトってやつ? すごい格差を感じます。


「マルカちゃん、その本は何? 新しい参考書でも買ったの?」

「それは貸してもらったマンガ! 『趣味を分かち合う人が欲しいからオタク教育を施す』って青井が……でも、息抜きにはちょうどいいかなーって」

「マンガはいいね。人類の生み出した文化の極みだよ」

「モネ先生ってマンガ読むんだ! 小説とかばっか読んでるイメージあった!」

「妹が好きだったの。それに影響されて私も好きになったって感じ。式野家では、あらゆる行動の指針をマンガに委ねています!」

「そ、そんなに好きなんだ……マンガってすごい……」

「でも冗談抜きにね、マンガってのは原作者の人生が色濃く反映されやすいんだよ。編集者とかアシスタントを含めても、マンガは原作者一人の力の影響が尋常じゃないからね。だから読んでるとタメになることもあるの」

「なんかモネ先生からそういう話を聞けるとは思ってなかった。そんなに好きなら、青井とも話合いそうだよね!」

「いや、ヨウ君は全然マンガの話とかしてくれなかったよ? 僕はそこまで詳しくありませんって」

「それ多分あれだよ。オタク特有のよく分からない謙遜か、単純に好きな人の前でオタク趣味を晒すが恥ずかしかっただけだよ。うちの前だと、舌が飛び出してくるくらいベラベラ話してるもん」


 え? マルカちゃんには話せて、私には話せないってこと? 私に隠し事してるってこと? ヨウ君の全てを私には見せてくれないってこと? 私じゃ共有できない喜びがあるってこと? 今のこの感情に名前を付けるなら、候補が多すぎて悩む。不安、嫉妬、疑念、憤慨、恐怖……どれもしっくりこない。私じゃなくてのいいのではって不安だし、色んなことを話してもらってる他の人たちに嫉妬してるし、好きって言葉に疑念を抱いてしまってるし、私に話してくれないのに憤慨してるし、ヨウ君の好きな人が変わっちゃうかもって恐怖してるし。ヨウ君のことを想えば想うほど、どこか遠くへ行ってしまいそうで、怖い。やっぱり恐怖なのかな。


「モネ先生? 自慢じゃないけど、うちは先生よりたくさん恋愛してきた」

「……自慢じゃん」

「だからモネ先生の気持ちがすごく分かる。彼氏が、友達としかしない話――うちにはしてくれない話をしてた時、すごい嫌だよね。ムカつくし、不安になるし、怖いし」

「――うん、怖い」

「でもね、男の子ってのは理想の彼氏を頑張って演じようとしちゃうんだよ。彼女の抱いている、白馬で草原を駆け抜ける王子様の幻影を追いかけるようにね。だから弱い部分とか、かっこ悪い部分を隠しちゃう。それが青井にとってはオタク趣味だったんだよ」

「それでも……それでも話したいよ。ヨウ君の一要素が好きなんじゃなくて、良い部分も悪い部分も全てが好きなのに――」

「はい! 幸せならー!?」

「え……? て、手を叩こう?」

「そう! 幸せならどうやって示すだっけ!?」

「た、態度で示そうよ……って何の話をしてるの?」

「幸せだって態度に表さないと分からないんだから、不満に思ってることがあれが言った方がいいよってこと! 私の前であんまり嘘の青井ヨウをしないでって」

「な、なるほど……」

「ああいうタイプは、『白馬の王子よりも、雨の中でも手を握ってくれるオタクの方が好きだよ』って言えばイチコロだよ!」

「そ、そうなの!? それなら安心……え、何で手を握ってくれたこと知ってるの?」

「そりゃ、心配だったからルミルミと一緒につけてたんだよ」

「え、えぇ!?!?」

「急に膝から崩れ落ちた時はビックリしたけど、あそこは青井がファインプレーだったね!」

「や、やめて……結構恥ずかしいんだから……」

「手を握られた後、明らかに足取りが軽くなってて、やっぱモネ先生って分かりやすいなって――」

「それ以上からかうなら、次回から家庭教師バックレるからね!」

「ごめんなさい」


 心の、触れられない虚構の部分――複雑に色んな感情が絡み合ってた負の塊を、一気に吐き出せた気がする。吐いたばかりだから胸が少しむずがゆいけど、本当に楽になった。幸せだって態度に示さないと分からない……か。先輩のありがたきお言葉を、しかと刻んでおこう。


「でも相談に乗ってもらって本当にありがとう。私で良かったら、マルカちゃんの悩みも聞くよ?」

「そうだなぁ……最強のオタクを倒すための作品を作るため、うちには何が出来ると思う……?」

「さ、最強のオタク? まるで丘田先生みたいな人だね――」

「え!? 丘田闘志夫さん知ってるの!?」

「そりゃ知ってるよ、我が母校――緑郎大学の先生だったし」

「地味に学歴マウント取らないでよ……あ、そうじゃない! その人を倒したいの!」

「た、倒す!? マルカちゃん、私は教育者を志す者として暴力を黙認する訳には――」

「違うの! うちらの作品で圧倒してやるの! 透明先生のリベンジマッチなの!」

「な、なるほど……。それは先生も同じことを言ってるの?」

「ううん。うちらが個人的にムカついて、個人的に報復するだけ」

「――三人で、先生のためだけに?」

「うん」


 やばい、こういう展開めっちゃ大好き。生徒が先生のためにサプライズをするみたいな。これ先生にとっては青天の霹靂だよね。全力で教鞭を執り、それに生徒が応えてくるみたいな? それが目的ではもちろんないけど、正直に言うとめちゃくちゃ憧れるよね。寄せ書きとかもらったら絶対に泣いちゃう。


「よし! モネ先生が一肌でも二肌でも脱いであげましょう!」

「え、何をしてくれるの?」

「丘田先生に用があるんでしょ? だから元生徒のコネを使ってアテンドしてあげるよ」

「よく分からないけど、結構忙しい人じゃないの?」

「大丈夫、大丈夫! 先生はかなりの女好きだから、私が誘えばすぐ来てくれるよ」

「もしかして一肌脱ぐって……も、モネ先生? 流石に初めては青井のためにとっておいた方が――」

「ちーがーう!! お茶に誘う体で、ヨウ君たちを丘田先生に紹介するってこと! なんでそんなピンク的思考に向かっちゃうのかな……」

「うん、初めて云々を否定しなかったのがすごいビックリだよ」


 事情はよく分からないけど、ヨウ君たちと丘田先生の喧嘩の仲介役になってしまった。でもこれは先生になるための前哨戦! 二者間のボタンの掛け違いを、式野モネ教諭(予定)がボタンどころか、シャツのシワもなくす勢いで綺麗さっぱりに解決してやる!


 









 





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