【ハル】第14話 久世マルカ、オタク化計画
「久世さん! クレパス慎ちゃんとか興味ある!?」
「え? 小さい頃に見たことはあるけど――」
「じゃあ見よう! 映画めっちゃ面白いから! ね!? 見よう!!」
「う、うん……分かった……」
「ルミリも慎ちゃん見るー!」
よし、ここまでは順調だ。百聞は一見に如かず――こちらがいくら魅力を伝えても、どうせ視聴意欲を掻き立てることは出来ないので、誘って一緒に見た方が早いということだ。それに、喋ってるよりも作品を見れた方がこっちも楽しいしね。
「先輩、映画と言っても何を見るの? 腹監督作品もいいけど、初期四部作も最高だよね」
「ほんとにそれ。特にフリフリ王国の格闘シーンなんか……違う違う。やっぱり最初は子供帝国を見てもらおうかなと」
「子供帝国……? 子供が頑張って国家転覆を目指すみたいな話?」
「よ、ヨウ先輩! ここに子供帝国を見たことない幸せ者がおります!」
「そうか……では久世さんも『こちら側』に来てもらおう……」
「え、何? こちら側って。怖いんだけど。見たら洗脳される――呪いのビデオとか見せられるの?」
好きな作品を時間を置いて、もう一回見るというのは非常に良いものです。一秒も見逃さないように凝視しているはずなのに、見落としてたり、忘れていたシーンを今度こそ海馬に刻むことが出来るし、好きなシーンはやっぱり何回見ても胸にこみ上げてくるものがある。
あたしがオタクとして大事にしているのは、何回見たとか、何を買ったかとか、何を見たかとか、そういうのじゃなくて『何を得たか』である。どんなアニメやマンガであれ、制作陣は血反吐を吐きながら作っていることくらいは、浅学なあたしでも知っている。そんな過酷な状況下でスタッフは我々――世間の観客に何を伝えようとしているのか。それをせめて、自分の好きな作品くらいは考えたいと思っている。
子供帝国はそんな風に思わせてくれた、あたしがオタクの道へ片足つっこむきっかけとなった作品なのだ。そんな風に感慨にふけてる間に、子供帝国は何度見たか分からないエンディングを迎えた。
「ど、どうだった久世さ――」
「うぅ……し、慎ちゃん、良かったねぇ……良かった良かったぁ……」
「先輩! 女の子を泣かせるなんて……サイテー!」
「いやいや違うでしょ! これは感涙の涙でしょ!? 感涙に咽び散らかしてるんでしょ!?」
『我が道を行く』ってやつは案外辛かったりもします。あたしはこれが好きなんだ! って世間に対して斜に構えていると、孤独感というよりも、疎外感を感じる。自分から遠ざかっているだけのに、他人から拒絶されるように感じる。だから、自分が好きなものを認められたりすると、自分まで認められた気になってしまう。疎外感がどんどん埋まっていく。こういう面倒くさい奴がオタクであり、あたしたちだ。
「なんかね、小さい子に向けた映画なんて、今さら見ても楽しめるのかなって正直思ってたけど……こんなに深いテーマを追求してたんだね……」
「そうなんだよ久世さん! それにアニメーションも技術も超一流で――」
「あのねあのね! 子供帝国が好きならヘンナーランドも好きだと思うの! 今から見よ!」
「いやいや! 今日は、豚の日詰を見るって和解したの! 初期四部作はまた今度!」
「ふざけんなー! みつるんを出せ! ヨウ先輩、近頃なんか変だ!」
……色々かっこよく言ってみたけど、客観視してみるとただのめんどくさい連中なのでは……? これだよね、我々が同族嫌悪してしまう理由。アニメートに行った時に周りの人たちに対して、『自分はこいつらよりは上』って思っちゃう現象。結局は自分も井の中の蛙なんだけどね。
「ヨウ君! 今こそ『あの方』の出番だ! 放て!」
『イエス』
「よし皆の衆! 子供帝国の解説動画を見よう!」
「か、解説動画……!? まさかあの方を……!?」
「あぁ……あの方だ。しかも、プレミアム版だ!」
「無料動画の……その先を見れるって言うの……?」
「ごめん、あの方って何? 中ボスがラスボスのことを話すときの呼称じゃないんだから……」
「とりあえず見て!」
『あのですねぇ~……』
高くも低くもない、よく脳まで響く声が部屋中を駆け巡る。決して止まることのない言葉の数々は、あたしたちを圧倒し、そっと聴衆は聞き入ってしまう。彼の名前は
「えぇ!? 一時間半もあるじゃん!? だったらさっき言ってた映画見ようよ……」
「ダメです! 感性が瑞々しいうちに解説動画を見ないと、絶対に良くないのです!」
「ルミリもそう思う! マルマルも一緒に見よ!」
「うーん、そこまで言うなら……」
三人が先ほどの席に戻る。理科室とかにある、備え付けって感じの椅子に。座面が軽く割れていて、木くずがぼろぼろ出ている。テレビを取り囲むように、皆が椅子に腰を下ろしたが、あたしは堂々とテレビの目の前にあぐらをかいてやった。幽霊のちょっとした趣味の一つだ。今なら悪くなる目も、見えないって文句言ってくる家族もいないし……あれ、もしかしてヨウ君だけテレビ見えてなくね……? まあいっか。
「な、なるほど……このシーンでひろかは葛藤していたのか……」
「おお、みなさんお揃いですね。何を見てらっしゃるんですか?」
「透明先生! 今は丘田闘志夫さんの解説動画をみんなで見ていたんです」
「お、丘田さん……」
「先生もルミリたちと一緒に見ます――」
「今すぐ見るのをやめなさい!!」
「え……? 先生?」
「あっ……すいません、ちょっと取り乱してしまいました。ちょっと別の班の活動を見て来ますね……」
これはもしかして……BL展開なのでは!? だって、丘田さん……って言ってたもんね!? 確実に街中で元カレが別の女と腕組んでるのを見た時の女の反応――
「丘田さんは昔、透明先生の作品をすごい痛烈に批判したことがあるんだよ」
「あー、あれね。二年前くらいにすごい炎上して、賛否両論みたいになってたやつ」
「その時から透明先生は、丘田さんのことを目の敵にしてるって噂があったんだけど……」
「その噂が本当だったってことね。うちは詳しくは知らないけど」
「でもルミリはね? あの件は丘田さんが悪いと思うの」
「透明先生に向かって『なんだろうなぁ……急に空中で人間が回転するのは、意味が分からないんでですねぇ――』だもんね。言わんとしてることは分かるけど、あれは昔の特撮へのリスペクトじゃん?」
と、透明先生……! その気持ちめっちゃ分かるぞ! 悔しいよな! やっぱり怪獣を倒す時は回転は必須だよな! 急に空中で回転させたいよな!
「ヨウ君、悔しくないかい? 同じオタクとして、純粋なリスペクトをバカにされるというのは」
『――イエス』
「年代は違えど、同志が愚弄されているというのは、悔しくないか!?」
『イエス! イエス!』
「だったら! あたしたちの特撮でギャフンと言わしてやろう! 透明先生のリベンジマッチに三人で馳せ参じしよう!」
『イ! エ! ス!! イ! エ! ス!!』
「みんな! 透明先生の無念を晴らそうじゃないか!」
「ど、どういうこと? うちには全然――」
「僕たちの昆虫大戦特撮で、丘田さんを圧倒するんだ!」
「何それ、かっこいい! 師匠の仇を弟子が討つってことでしょ! ルミリ、賛成!」
「よく分からないけど、勉強の合間にちょっと手伝うくらいならうちもやるよ!」
「あー、久世さんは同時進行でオタク教育を施すから。よろしくね」
「えー!? 何でよー!?」
「ある程度のステージまで来てもらわないと、共同作業をする上での意思疎通が難しくなる場合があるので……」
「要するに、早く語り合いたいってことね。一緒に頑張ろ、マルマル!」
「まぁ息抜きにはちょうどいいかも……分かった! うちもオタクを目指す!」
ただ漠然と、義務的に、曖昧に作品と向き合っている者は、もういない。オタクと、オタク予備軍と、オタク幽霊の志は、今一つとなった。打倒、丘田闘志夫に向けて、終わりの見えない制作の日々が始まった。
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