【モネ】第24話 名前の由来
自分の名前の由来って聞いたことありますか?
私はあります。かなり珍しい名前ってのは自分でも自覚してるからね。
お母さん曰く、どうやら『モネ』は花のアネモネから来ているらしい。ギリシャ神話にも度々登場している色鮮やかな花で、春の訪れを知らせる風の花――なんて紹介のされ方もする花だ。我が親ながら、いい名前を付けてくれたなって思います。見た目も可愛いし。
ただ……花言葉がだけが……それだけが不穏なんです……
『はかない恋』
漢字によっては本当に縁起が悪いことになる。儚い……だったら嫌だけど、履かないって可能性もあるからね! 履修って言葉があるでしょ? 恋を履修していない……つまり、恋愛経験がないという解釈をすれば……
恋愛経験のない純粋無垢な乙女の恋――履かない恋。
と、捉えることも出来ます! これが正しいね。今までの人生で蓄積してきた私の語彙の数々が、そう訴えている。それを信じよう。そう思い込もう。
でも、流石に恋愛は必修科目にして欲しい。これを勉強しておかないと、人生におけるあらゆる試練で落単してしまうし、何よりも自分自身に深く落胆する。ので、再履修をすることにしました。
「私に恋愛をご教授していただけませんか?」
「急にカフェに呼ばれたからですねぇ、何かと思えば……随分とアバウトな要求ですねぇ」
「先生ほど恋愛経験が豊富な人が周りにいないんですもん。彼女さんは何人いらっしゃるんでしたっけ?」
「彼女はですねぇ、今は九人いましてですねぇ、さっきもプリクラを撮ってきましたよぉ」
「きゅ、九人……なんかこの前より増えてません?」
「そんなことなくてですねぇ、一番多かった時期だと八十人はいましたよぉ? ペースはかなり落としてますよぉ」
「私、友達ですら八十人もいないですよ」
そう、丘田先生だ。恋愛の相談なら恐らく誰よりも長けてるだろうし、私みたいな女が誘えばすぐにホイホイと来てくれる。これ以上の適任はいないだろう。先生から人心掌握術を学んで、ヨウ君と仲直りしてやる!
――素直に謝ればいいじゃんって思われるかもしれないけど、酔った挙句にキレ散らかすという愚行を挽回できると思えるほど言葉に自信がないんです。多分、試験も小論文のとこで引っかかっちゃったし。勉強以外で的確なアドバイスなんて、生徒に出来た試しがないし。人に浅くしか触れない――生ぬるい言葉しか吐けない。
「それで、恋愛って言っても何を知りたいんだい?」
「あの……実は気になってる子と喧嘩しちゃって……どうしたら関係を修復できるかなと……」
「なるほどねぇ、何があって喧嘩したの?」
「えっと……む、胸の話になって……その時に酔ってたのもあって、デカい方が好きって彼が言ったように感じちゃって、私が逆ギレしちゃったんです……」
「え? じゃあ謝れば済むんじゃない?」
「いや……それは自信がないと申しますか……なんか、こう、簡単によりを戻せるような、都合の良い方法はないかなぁーって……」
「あははっはは!! 式野いいねぇ! そんなにはっきりと言っちゃうんだねぇ! あははっはは!!」
「先生と会話しながら、テクニックを詮索するなんて無理ですよ……」
「そうだなぁ……女の人をやったことないから分からないけど、一回離れてみろってのはよく聞くよねぇ」
「え、離れたら逆効果じゃないんですか? そのまま自然消滅しちゃいません?」
「男は違うんだよぉ。一度離れると、その女の人の価値を再認識しちゃって、追いかけちゃう奴も結構いるんだぁ。式野から話しかけづらいのなら、その彼が動いてくれるのを待つのも手なんじゃないかなぁ」
一度離れると、その女の人の価値を再認識しちゃう……か。それはすごく分かる気がする。目の前の景色よりも、過去の幻影は目立つもんな。触れられないけど大きく映る――プロジェクターが投影している映像のように。ハルがいなくなった時にすごく感じたから、よく分かる。
久々の丘田先生の授業を終えて、私はカフェを後にした。対処法が分かったのか、分かってないのかハッキリしないけど、胸は昨日よりもちょっとスッキリしている。
今日はシフトもないので、久しぶりにストレスのない平日を送れる。休みの日に見る――いつもの光景とは違い、時の流れがゆっくりになっているように感じる。人も少なくて、私たちは世界の終焉から逃げ遅れた哀れな民になってしまった……という学校に来たテロリストを撃退する系の妄想が捗る。
こういう暇な時間が生まれると、決まって行く場所がある。市営図書館だ。本も読み放題だし、すごく落ち着いた雰囲気だし、カフェで意識高い系インフルエンサーごっこも出来る。式野家はあまり裕福な家庭ではなかったので、学校で読む本とかいつも借りていた。ここは私にとってのユートピアだ。
「あれ? お姉ちゃん!?」
「え……ハル! どうしたの、こんなところで!」
「暇つぶしだよ。幽霊に手伝えることは……もうないからね……」
「何その今生の別れみたいなセリフ、ハルが言うとかなり不謹慎だよ」
「でも本当にもう撮影に入っちゃったから、あたしがやれることってないんだよね。カメラ持てる訳でもないからさ」
「あーそっか……なら、せっかくだしマンガでも読む?」
「読むー!! お姉ちゃん大好きー!!」
マンガは日本の誇る、文化的、芸術的価値の高い書物です。それを妹に見せる……我ながら素晴らしいお姉ちゃんになれました。決して、久しぶりのマンガに喜んでる可愛い姿を見たいとか、目をキラキラさせながらマンガを選んでるところを見たいとか、満面の笑みでマンガを読んでるところを見たいとか、そういう不純な動機があったのではなくですね、幽霊になっても知的好奇心の灯を絶やさないようにする――一種の教育です。はい。本当ですよ。
「このマンガ……かなり過激な絵柄だね……」
「そう? ちょっと服がはだけて、おっぱいが露出してるだけ――」
「一般的には過激なの。表現として激し過ぎるの。第一、こんな大きい女の人なんてリアルにいないじゃん!」
「それがね、案外いるもんだよ。昔ね、女湯を覗きに行った時――」
「いないもん! これは女性への性的搾取だ!」
「搾取って……でも、少なくともお姉ちゃんはその被害を受けてないじゃん。こんなに大きくなんだし」
「いや……でも! 胸が大きいのが女性として素晴らしいというステレオタイプの考え方が――」
「それは個々人の勝手でしょ。どんな胸が好きかなんて――」
「でも傷つく人がいるの!」
「――聞こえのいい言葉を盾にして、自分のコンプレックスを刺激してくる芽を摘もうとするのは惨めだよ」
「うぅ……そんなに言わなくてもいいじゃん……」
基本的に人間は、毎日を最大出力で生きている。自己認識がどんなものであってもだ。自分のしたことにどれほど自信がなくても、結局それ以上のことは出来ない。つまるところ、『今回のテスト、全然勉強しなかったら赤点だったわ』とか言ってる人は、その『全然』が今の自分の限界値だと気づかずに、自分はもっとやれると思ってるから悲惨なことになる。
今の自分とは、今までの全力の結晶体だ。
でも、だから苦しい。自分があえて手を抜くなんて芸当が出来る器用な人間ではないと、自覚している。これ以上は出来ないって分かってるし、これ以上に頑張らないといけない。だから、いつまでも理想とのギャップが埋まらないのが苦しい。理想に到達できるほどの全力を持ち合わせている人が心底羨ましいし、心底憎い。
「お姉ちゃん、マジでいつまで気にしてんの?」
「な、何がよ……」
「胸のことだよ。いい加減うざい。昔からそういうとこあるよね」
「ハルに私の気持ちなんて分からないよ……」
「それは分からんないけど、ヨウ君の気持ちを少しは考えたことはある?」
「え? ヨウ君は関係ないでしょ」
「ヨウ君はお姉ちゃんの中身が好きなんだよ、きっと。もう少し信じてあげたら?」
「いや、信じて……信じたいけどさ……」
「自分の中に閉じこもってネガティブになるくらいなら、外を見ようよ。本人の姿勢を見てあげてよ」
「本人の……姿勢?」
「『兜虫の冒険』が完成したら上映会をするの。そこでヨウ君がどう思ってるのか見て」
「そんなのでどう思ってるのかなんて分からない――」
「分かる。ちゃんと見れば分かる。日程とかちゃんとヨウ君に聞いてね。今日はマンガ読ませてくれてありがとう」
「え、うん……じゃあね、ハル」
息が詰まるくらい居心地が悪いと感じたようで、ハルはどこかへ行ってしまった。いつも人前では優しくしなきゃってしてる分、気が許せる相手にしわ寄せがいってしまう。こんな自分が本当に嫌いだ。
上映会……本当にヨウ君の気持ちが分かるのかな? ハルの言う通り、私は外の空気を思いっきり吸わないといけないかもしれないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます