【ヨウ】第7話 『ラブコメ』をする覚悟
「先生、すごく複雑そうな感じだったね」
家に帰ってからハルちゃんは、一切言葉を濁さずに啖呵を切った。勢いのある感じではなく、確実に一発で核心を突くように。
「あの人は普通の女だよ。メインヒロインじゃない。彼女でもないくせに、女の友達が出来たくらいで嫉妬してきてさ。まるで、弟が取られそうで焦ってるお姉ちゃ――」
「違う! そんなんじゃない……」
「何が?」
否定したいだけだ。先生は僕のことを異性として見てくれてるはずだって。普通じゃない――とっても魅力的な女性だって。でも、ハルちゃんを言い負かせるほどの言葉は、今の僕の頭の中には入っていない。
「はっきり言うけど、ヨウ君は悪くないよ。サブヒロインとの親密度を上げるイベントを邪魔するなんて、メインヒロインとして失格だよ。これじゃ、ラブコメなんか出来ないよ」
「――でも、僕は好きな人をもしかしたら……いや、傷つけてしまった」
「ラブコメでもない限り、傷つかない人なんていないよ。今までの傷に
嫌な思い出に蓋か……。でも、僕の先生への気持ちは熟成され尽くしてしまった。どんなに重たい漬物石を置いても、蓋を突き破ってドロドロと溢れ出すくらいに。
「――だとしても、あの一年を嫌な思い出にして欲しくない」
「ヨウ君、ラブコメとは違う――本当の恋愛ってやつは全て上書きなんだよ。焦燥、性欲、孤独、不安、悲哀……。色んな感情を消すために、好きな人って奴で上書きするんだ。現実の恋なんて、ラブコメみたいにキラキラしてない」
「それでも! 先生に悲しい思いをして欲しくない。僕の先生への感情は、愛情だ。焦燥でも性欲でも何でも、僕が上書きしてやる。ずっと、永遠にラブコメしてやる」
「――強欲め」
強欲でもいい。一年間積りに積もった感情だ、舐めないで欲しい……え、てか、性欲を上書きって……僕めっちゃ変なこと言っちゃってない!? 煩悩にまみれた奴みたいになってない!? やばい……すごい恥ずかしくなってきた……
「ヨウ君は誰も傷つけない、ピュアピュアな感情を擦り合わせるだけの中高生御用達の恋愛――『ラブコメ』をする覚悟はあるかい?」
「ある!」
「よく言った! それでこそ主人公だ! さっそくストーリーを考えよう!」
ラブコメマイスターからの指南を受ける。指導という言葉を使わないのはマイスターから、『ラブコメは芸術だ! 純粋な気持ちと気持ちのぶつかり合い……これに勝る芸術作品はない!』とのお言葉があったからです。芸術作品を作る気持ちで臨みます。
「ラブコメとして最も大切なことは、『何となくみんなと良い関係でいる』ということです!」
「ほうほう……」
「別に付き合ってる訳じゃないけど、二人っきりで遊びに行ったり、ちょっと良い雰囲気になる人が数人いるというイメージです!」
「そ、そんなことって実現可能なんですか……?」
「だからこそのラブコメです! 男と女がただイチャイチャしてるのを読者は……あたしは求めているのです!」
「な、なるほど……」
もしかしてハルちゃんって僕の恋を応援っていうよりも、僕が色んな女の子と仲良くしているとこを見て、楽しみたいだけなんじゃないか……? 助けてもらってるから文句は言えないけど……
「つまり! ラブコメをしたいなら、何かと理由を付けて色んな女とイチャイチャしながら、好きな人と付き合うことを目指すのです!」
「え、マイスター? それってシンプルに最低な男になりませんか?」
「大丈夫、大丈夫! ラブコメの主人公なんて基本的に優柔不断なクズしかいないから!」
「えぇ!? それじゃダメでしょ!」
「でも、ヨウ君には既に付き合いたい人が明確でしょ? 色んな女の子に思わせぶりな態度をすることなく接して、ちゃんと先生に愛を伝えれば問題ないです!」
だったら先生以外の女の子とは関わらない方が良くないですか、とか言ったら絶対怒るし、もう協力してくれなくなるよな……。つまるところ、先生以外好きになっちゃいけないけど、他の女の子とも仲良くはしろってことだよな……ラブコメ難しい……
「なので、君のその燃え
「えぇ!? そんなこと急に言われても――」
「ヨウ君! 現実を突きつけるけど、あの手の女は付き合ったら、一日三回は好きって言わないと不機嫌になる――超めんどくさい女だ」
「そ、そんなことは……」
いや、多分ハルちゃんの予想は当たってる。あれは先生が体調を崩して、代理の先生が来た時だ。先生は文系の人だけど、代理の先生は理系だったので、数学をすごく分かりやすく教えてもらった。ちゃんと勉強してましたよアピールをするために、先生が来た時にその話をしたら、
「私よりもその先生の方がいいんだ……ふぅーん……」
とか言ってめっちゃ拗ね始めた。ほっぺもちょっと膨らんでた。その時は怒らせてしまった焦りしかなかったけど、今考えるとめちゃくちゃかわいい。え? 抱きしめたい。国宝でしょ、普通に。正倉院とかに飾っても、ワンチャン誰も文句言わないレベルでしょ。
「なので! 電話をしましょう」
「で、電話!? でも流石にもう遅いし――」
「黙りんす! あういう女はちょっとでも不安に思うとやばいの! だからちゃんと好きって言いなさい! それに電話をかけて出るか出ないかで、脈があるかないかも分かる」
「え……? どういうこと……?」
「ヨウ君だって、大して好きでもない人から、日付変わった頃に電話が来ても、寝てから折り返すでしょ?」
「た、たしかに……。じゃあかけない方がいいので――」
「でも電話出てくれたら脈あるよ」
「よし、今すぐかけよう」
そういえば、先生に電話をかけたことはなかった。メールで済むような連絡しかしないしね。でも、これは電話で済む話じゃないってことだろう。恋愛マイスターを信じよう……。でもめっちゃ緊張する……。核爆弾を発射するスイッチを押そうとしてる気分だ。
とうおるるるるるるるる♪ とうおるるるるるるるる♪
一コール目、出ない。流石に一コールでは出ないよね。勉強してたり、お風呂入ってるかもしれないもんね。
とうおるるるるるるるる♪ とうおるるるるるるるる♪
二コール目、出ない。この音がすごく嫌いになってくる。いつかは止まって欲しいけど、止まったとしても心の準備が全然できない……。止まれ……でも止まるな……。何言ってんだろ。
とうおるるるるるるるる♪ とうおるるるるるるるる♪
三コール目、出な――
「はぁい!? はぁっはぁ……し、式野ですけど……はぁっ……」
「あ! も、もしもし! あ、青井です!」
「え!? はぁっ……青井君? ど、どうしたの……こんな時間に?」
「急にごめんなさい……もしかして運動中とかでした――」
「ちがいます! や、やましいことなどしてません! ちょ、ちょっと長風呂、しちゃって……」
「え、大丈夫ですか……? すごい息遣いが激しい気がす――」
「はぁっ……だ、大丈夫だから! それで! どうしたの!?」
「あ、あの言っておきたいことがあって!」
「ふぇ? い、言っておきたいこと……?」
「ルミリは友達なので! これからどれだけイチャイチャしてても、好きなのは先生なので! それは忘れないで下さい!」
「え、え……? ありがとう……?」
「先生が好きですからね!? それじゃおやすみなさい!」
「いや、ちょっとま――」
ぶち。
「よし! よくやったヨウ君! 今頃先生は布団にうずくまって喜んでるはずだ!」
防潮堤を越えて、疲れの波が一気に押し寄せてきた。疲れた。電話ってあんまりしないから、すごく緊張した……
「明日はルミリちゃんだよ! お前は抱けねえって言ってやれ!」
「抱くために仲良くなったんじゃない!」
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