【ハル】第8話 邪道を爆走

「ラブコメをやろう!」


 と意気揚々に言ったは良いものの、正直全然ラブコメになる気配がない……。二十歳になったら付き合う約束も出来なかったし、先生が子どもっぽくて、年上メインヒロインって感じじゃないし……。王道から外れて、邪道を爆走している気がする……


 しかし! 今日こそ軌道修正させるのだ! ルミリちゃんを嫉妬させて、擬似的な三角関係を作り、ちょっとドロドロなラブコメを作るのだ!


「ルミリはなんで先生に、僕のことを訊いたの?」


 ヨウ君はさっそく切り出した。どう答えるかは分からないけど、『る、ルミリは先輩のことが好きだから……』みたいなニュアンスのことを言ってくるはず! 


「い、言っても引かない……?」

「うん、引かない」


 よし、言え! ルミリちゃん! 大して意識もしてなかった後輩に告白されて、急に異性として気になってしまう。でも僕には好きな人が……なのに、めっちゃアタックされるから好きになりそう……どうしよう……っていう展開だ!


「生徒と先生の禁断の恋……めっちゃ燃えるなって」


 え? そっち? あ、ルミリちゃんもこっち側か。絶対に話合うじゃん。早く死んでくれないかな……それは流石に不謹慎だね。


「もし先輩が先生のことが好きなら、協力する!」

「え!? ほんとに!?」

「でもその代わり、二人のイチャイチャはすごく気になるので、逐一進捗をルミリに報告してください!」

「うん! わかった!」


 すごく話が綺麗にまとまってしまった……。で、でも! ルミリちゃんには申し訳ないが、ヨウ君にはあたしという最愛のパートナーがいるのさ! あたし以上の協力者なんてそういないでしょ――


「こう見えても彼氏がいたこともあるから、恋愛相談は任せて!」

「え!? そうなの!? めっちゃ頼りになるじゃん!」


 待って待って待って。ダメだって。あたしが要らない子になるじゃん……。若人がイチャイチャしてるのをただ眺めてるだけの――きっしょい背後霊みたいになる……


「元カレさんとはいつ頃付き合ってたの?」


 よく言ったぞヨウ君! これあれだ! 幼稚園の頃に近所の子と付き合ってた的なパターンだ! 大して参考にならない、恋愛経験(笑)だ!


「えっとね、高二の終わり頃までかな。お互い受験勉強に本腰入れようって話になって……」


 いっちゃん参考になるって。どうせ先生もヨウ君も高校生以上の恋愛なんて知らないから、一番参考になるって。え、もしかしてあたし……祓われたりする!?


「ち、ちなみに、その元カレさんとはどこまで発展したの……?」

「えっとね、ハグとかはしたんだけど、キスとかは出来なかったの」

「まぁ高校生だし、クラスでからかわれたくないもんね」

「あ、いや、物理的にできなくて……。ルミリの身長は一五〇ちょっとなんだけど、彼は二メートル以上あって届かなくて……」


 元カレさん、絶対に韓国出身の格闘家じゃん。フランケンシュタインとかってる人じゃん。ルミリの恋は二メートルって感じじゃん。このままだとやばい……


「ヨウ君! ちょっと来て!」

「え? ごめんルミリ、ちょっとトイレ行ってくるね」

「う、うん」


 前々から考えていた。この体の最大の不便なところは、ヨウ君との意思疎通をするのが難しいというところだ。あたしと会話してると、虚空と対話してるヤバい人になっちゃうからね。そこで! あたしが考案したオリジナルの対処法が――


「ハンドサインを覚えてください!」

「は、ハンドサイン? 手で指示を出すやつ?」

「うん! そうすれば誰と話してる最中でも、あたしと意思疎通が出来るでしょ!」

「た、たしかに……。慣れればすごい力になるね!」

「あたしが話すから、そこにヨウ君がハンドサインで応答するって感じね!」


 あたしは早速、一番簡単なやつから教えていく。親指と人差し指でわっかを作るポーズ。


「これはイエスね!」

「うんうん。これはイメージがしやすくていいね」


 次に、左右の人差し指を交差させるポーズ


「これはノーね! ばってんを作るイメージで!」

「おー! なんか秘密の暗号って感じでテンション上がって来た!」


 どんどんノリに乗っていく。三つ目は、左右の手を広げるポーズ。


「これはパードゥンね! もう一回言って欲しい時とか、考え直して欲しい時、相槌を打つ時に使うやつ!」

「すごい! こういう意外と忘れがちな合図まで!」


 よし! 好感触だ! じゃあラスト! 左手でわっかを作って、その中を右手の指で貫くポーズ!


「これはえっちの時に――」

「マイスター? それは公共の面前で使えないのでやめましょう」

「え? 違うよ、これはヨウ君がえっちしてる時に――」

「そういうことする時は来ないでよ! 流石に恥ずかしいから!」

「ちっ……」


 紆余曲折あったが、何とか三つハンドサインを覚えてもらった。本命が断られたのは残念だけど……


「そういえば、何で急にハンドサインを教えてくれたの?」

「え!? いや、ヨウ君をよりサポートしないとなーって……」

「そっか! てっきり何か裏でもあるのかと――」

「ないですないです! あたしめは、ヨウ様の忠実な下僕です! だから命だけは……」

「下僕!? そこまでしなくていいよ!?」


 命乞いも済んだところで、ヨウ君たちはこの前のシアタールームへ向かう。授業の度に、あっち行ったりこっち行ったり大変だよね。あたしは幽霊だから疲れるとか無いけどさ。


「先輩はどのコースにするか決めた?」

「いや、それが全然決まってなくてさ……」

「したいやつがないの?」

「いや、どれも魅力的だから悩むなーって」

「分かる。色々あるもんね」

「ルミリはどれにするか決めた?」

「うん。昆虫大戦特撮にしようかなって」

「あー! 面白そうだよね!」


 え、何それ? こ、昆虫大戦特撮……? めっちゃ楽しそう。ミニチュアとか作って、昆虫が壊してまわるのかな? 絶対かっこいいじゃん!


「ヨウ君! 昆虫の特撮やろう!」

『パードゥン』

「いいからやろうよ! 絶対楽しいよ!」

『パードゥン』

「かっこいい映像作ったら先生だってイチコロだよ! 特撮ってかっこいいし!」

『――イエス』

「ルミリ! 僕も昆虫大戦特撮やるよ!」

「ほんと!? 一緒に頑張ろうね!」


 よし、ヨウ君がチョロくて助かった。それに、一緒に作品を制作していく中で芽生えてくる本当の気持ち……的なラブコメの展開もあるかもだし! 


「えーでは、次に昆虫大戦特撮を希望の方はこちらに来てください。説明を行います」

「あ! 先輩はやく行こ!」


 横に長いくせに縦の幅はすごく狭い――映画館の独特な階段を下ると、スクリーンの下にちょっとしたスペースがあった。全ての席からこちらを俯瞰するために弧を描くように作られていて、謎のプレッシャーを感じた。全ての席に人がいる訳でもないのに、全ての席からの視線を感じる。


「今年は三人か……。特撮は年々人が少なくなっていって、悲しいんですよね……」

「たしかに、アニメの時はめっちゃ人来てましたもんね」

「でも! 小生はこの特撮の素晴らしい技術を世に残していきたい! そのために皆さんに協力してほしいんです!」

「もちろんです! 透明先生! 僕ら頑張ります!」

「君は……青井殿! ぜひ頼みます!」


 う、美しい……。やはり素晴らしい文化は時代の垣根をも超越するのだ……! だめだ、涙が出てきた……。誰か、幽霊でも使えるティッシュを下さい。出来れば肌触りがめっちゃいい――保湿されたやつを。


 先生から軽く説明を受けた後、メンバーで自己紹介をする時間になった。


「えっと、青井ヨウっていいます。一年浪人して入りました。好きな映画は『ワンダフル・ドリーマー』です。よろしくお願いします」

「川谷ルミリです。先輩と違って、ちゃんと勉強して現役で入りました。好きな映画は『ナンセンス』です。よろしくです」

「く、久世です。仮面浪人してるので、お二人の好きなように作ってもらって大丈夫です……。死ぬまでに推井版ルバン見てみたいです。よろしくお願いいたします……」

「久世さんは下の名前は何て言うの?」

「マルカ、久世マルカといいます……」

「くぜ!? ルミリたちは集団自決とかしませんからね!」

「え……? なんですかそれ?」


 おいルミリちゃん、オタクの悪いところ出てるぞ。でも、マルカちゃんはあんまりアニメとかに興味ある感じじゃないな……。薄い褐色の肌に、短く切られたスポーティーなショートヘアー、そしてよく引き締まった――美しい女体……完全にこちら側と違う世界の人間だ。これは教育をしないと……


 久世マルカ、オタク化計画の始まりだ!


 


  

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