【モネ】最終話 the springtime

「ら、ラブコメをする覚悟……? どういう意味?」

「追う側だった主人公の大切さに気付いて、ヒロインが逆に主人公を追うようになる――ラブコメの王道の展開へ、今まさに向かおうとしているのです」

「王道と言われても、その道に精通してないからよく分からないや……」

「要するに、あたしがお姉ちゃんとヨウ君の恋路を手伝ってあげるってこと!」

「それはありがたいけど……ハルってそんなに恋愛経験とかあるの?」

「ふふふ、あたしを誰だと思っているの? 式野ハル改め……ラブコメオタクの美女幽霊、恋愛マイスターのハルだよ!」

「なんか情報量がすごいけど……そんなに恋愛に詳しかったんだ! だったらまずは色々相談させてもらって――」

「はっきり言いたまえ! 君は何をしたくて、あたしにどうして欲しいのだね!!」

「マイスター! 私、ヨウ君と付き合いたいです! 力を貸してくれませんか!?」

「よく言った少女! 君の愛は本物だ! 一緒にヨウ君を落とそう!」


 作戦会議は、ハルにとっては懐かしの我が家にて行うことになった。私の広すぎる部屋は、私たちの少し狭い部屋に戻った。一緒に宿題をした時みたいに、ちゃぶ台一つ挟んで向き合う。こうしてハルの顔をちゃんと見てみると、本当に五年前のあの日から何一つ変わっていない。自分が周りを置いて老けてしまったような――浦島太郎にでもなった気持ちになる。


「お姉ちゃん、まず今回ヨウ君がブチ切れた要因はなんだと思う?」

「うーん……やっぱり私たちがヨウ君の前で、異様に仲良くしちゃったのが原因ではないでしょうか」

「たしかにそれもあります。実際、あたしがいつもより過剰に話しかけました。そこはごめんなさい」

「すごく上機嫌だなと思って……たくさん話しちゃったね」

「でも、問題はそこではありません!」

「え? これ以外に私たちは何もしてない――」

「お姉ちゃん違うよ。よく思い出して、今までのことを」

「今まで……あっ」

「あなたヨウ君にめちゃくちゃ迷惑かけてますよ? 女友達の二人にあり得ないくらい嫉妬したり、雨の降る公園で急に倒れ込んだり、試験に落ちて自殺しようとしたり、胸の大きさの話だけで怒り狂ったり……。そしてその末、違う女になびきそうなくらい仲良くする……そりゃあのヨウ君でも怒っちゃうよ」


 たしかに思い返してみれば、ここ最近はヨウ君に助けてもらってばっかりだ。私が不安になる度に、あの手この手を使ってくれた。そういうところが好きになった理由の一つではあるけど……その優しさを当たり前のように享受してしまった。ちゃんと感謝もしないで、どこかそれを自然のもののように受け取ってしまった。そんなことすら考えつかない、私がいた。


「うん、たしかにいっぱい迷惑かけちゃった……。でも好きなんだもん。限度はあるにしろ……ああなっちゃう気持ちは分かるでしょ?」

「分からんでもないけど、一定の距離感はどんな間柄でも保たないとダメだよ」

「一定の距離感……どういう意味?」

「何でもずかずかと自分の感情を出しちゃダメってこと。ある程度の我慢が必要な場面もあるの」

「言わんとしてることは分かるけど、ずっと不満とかを抱えたままだと爆発しちゃわない? それこそ今回のヨウ君みたいに」

「お、いいとこに気が付いたね! 要するに君たちは、好きな人への感情の出し方が下手くそってこと。お姉ちゃんは出しすぎ、ヨウ君は出さなさすぎ。ちゃんと互いが互いのことを想った上で、それぞれの感情を出し合って、受け止めないといけないの。でもこれが難しくて、世のカップルの大半は終焉を迎える訳だけどさ」

「な、なるほど……」


 つまり、言い過ぎも良くないけど、溜めすぎも良くない。相手が傷ついたりしない範囲内で自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちも聞きましょう。その上で、自分たちの関係を何度でも見つめ合いましょうってことか……え、むずすぎん? こんなの無理じゃん。絶妙すぎるバランスで綱渡りしながら、自分と相手で折り合いをつけろってことでしょ? やっぱり同じ人と永劫の時を生きるって本当に大変なんだなぁ。お父さんとお母さんに、社会人一年目の頃と同等の尊敬の感情が芽生えてきた。


「でも幸いなことに、男は女よりも単純です! 最悪、一回えっちしてあげれば並大抵のことは許してくれます!」

「そ、そうなんだ……! じゃあ、私が年上として――」

「でもしたことないっしょ? お姉ちゃんがリードしようとするも、延々とたどたどしい雰囲気の中で、何とも言えないものに仕上がると思うよ」

「いや……でもさ……よ、ヨウ君がすごくリードしてくれるかも――」

「あいつがしたことあると思う?」

「――ないと思います」

「例えとしてえっちを出した私も悪いけど、もっとシンプルなものでいいんだよ」

「シンプルなもの……恋文を送るとか?」

「すごいロマンティックだね……でも、ニュアンスはそんな感じ。お姉ちゃんがすべきことは、ヨウ君へのラブコール――すなわち、告白です! 追われていた側のお姉ちゃんが、最終話で逆にヨウ君を追うという胸アツ展開を作るんだ!」


 告白――人が人に、隠しきれない好意を伝える行為。されたことしかない。


 自分勝手も甚だしいことは百も承知だが、怖い。ハルとヨウ君をフッた時の、あの顔を今でも鮮明に覚えている。目がどこを見ているのか分からないくらい焦点が合わなくなり、口をぽかんと開けて――絶望にうちひしがれながら、現実へ少しずつ向かっていく表情が、何回寝ても私から出て行ってくれない。自分のために不幸になった人たちを、忘れさせてくれない。


 ハルとヨウ君がそうしたように、私もフラれたら死にたくなるくらいショックを受けると思う。それくらい好きだから。男は星の数ほどいるかもしれないけど、私の夜空に一等星は一つしかない。それを失ってしまったら、目の前が真っ暗になると思う。気持ちがフィジカルを圧倒して、物理的に光を見失ってしまうと思う。


「で、でも……私は一応まだ家庭教師だから、元教え子に告白ってなると色々と問題が発生しちゃうかも――」

「あぁ、そんな設定もあったね」

「設定って……そんな、人をマンガの登場人物みたいに扱わないでよ……」

「たしかに何かトラブルが起こるかもしれないね。でも、本当は怖いだけなんじゃないの? ヨウ君がお姉ちゃんから尻尾を巻いて逃げちゃうのが」

「――そうだよ。とっても怖い。考えただけで本当に吐きそうなくらい――」

「ばああぁかやろおおおお!!!!」


 ハル渾身の右ストレートは私の顔面に直撃し、空ぶった。


「ちょ、ちょっと……! いきなりやめてよ! ビックリしたなぁ……」

「ヨウ君は……あたしは、そういう怖さも含めてお姉ちゃんに告ったの!! 何かを得たいなら、何を失う覚悟も必要なの!! いつまでもグズグズしてんな!!」


 ハルの言う通りだ。二人もこの苦しみと共に、私に気持ちを伝えてくれたんだ。自分だけ怖いからしたくないは出来ないし、ヨウ君に足る女になれないと思う。全てを失ってもいい、だからこの気持ちを伝えたい。ちゃんと面と向かって『好き』って言いたい。面白味の欠片もないけど、これが私なりのラブコメだ。


「――ハル、私やる。ヨウ君に告白する」

「うん、やっとやる気になったね! いつまでも身綺麗のままだと、あたしも完全に諦めをつけれないし……よし! 善は急げ、早速ヨウ君を呼んでくるね!」

「えぇ!? ちょっと待ってよ、まだどういう風に告白するとか決めてな――」

「お姉ちゃん、そこは自分で決めた方がいいと思うよ。あたしの告白じゃないんだから。ちゃんと式野モネとしての気持ちを伝えれば、きっと大丈夫。それに国語の先生を目指してんでしょ!? 得意分野じゃん!」

「国語と恋愛は似て非なる教科だよぉ……」

「まぁとりあえず呼んでくるねー! 場所は例のコンビニのところね!」


 ハルはヨウ君の家へ、一直線に行ってしまった。いつもの静寂を取り戻した――部屋の過剰な解放感は、私のはやる気持ちに拍車をかけた。胸がズキズキと、痛い。喉の辺りにすごく大きな取っ掛かりを感じる。


「こんな時間にどうしたの? 気を付けて行くのよ」

「うん、ありがとう」

「――変な事件にでも巻き込まれてるの?」

「どっちかと言えば巻き込んだ側かな。めんどくさい姉妹のいざこざに。とりあえず大丈夫だから。すぐ行って、すぐ帰ってくるよ」

「分かった。何があるか分からないけど、頑張るのよ」

「ありがとう、お母さん」


 私は何の準備もしないで、焦燥感にかられて家を出た。時刻は日を跨いで間もない頃。視界にあまり情報も入らなさそうなので、集中して言葉を選べそうだ。


 意外と足取りは軽い。どんなに覚悟をしていても、やっぱり自分にとって嬉しい未来を想像してしまう。ヨウ君と付き合えてた時の未来を想像してしまう。情けないけど、現実的なリスクを考えるより、楽観的な理想にしがみついていないと、すぐにこのラブコメという舞台から振り落とされる気がする。


 ハルが今の私を見たなら『メインヒロインとして失格だ!』とか言うんだろうなぁ。でも、ちゃんと不安に押し潰されそうになるくらい――人間味のある方が、読者も共感できると思うから、そういうヒロインも悪くないんじゃないかな。

 

 気が付いたら、コンビニまで着いていた。時間も時間だから、怖いお兄さんとかが集まってたら嫌だったけど、幸いなことにとても閑散としている――いつもの姿そのものだった。


 どうせ誰も聞いてないし、正直に言おう。拒絶されても構わない。だけどせめて、この気持ちをヨウ君に受け止めて欲しい。私の気持ちの全てを知って欲しい。ヨウ君の物語の、メインヒロインに相応しいように。


「お姉ちゃんー! 連れてきたよー!」

「ありがとう、ハル。ちょっと離れててもらってもいい?」

「うん、頑張ってね」


 ハルは役目を終えたように、そっと姿を消した。どこかに隠れているんだろうけど、告白のことで頭がいっぱいで、すぐに見失ってしまった。流石は幽霊と言ったところだろうか。


「こんな時間に来てくれてありがとう」

「いや、こちらこそ……まずはごめんなさい。二人が楽しく話してる中で、勝手に怒って変な雰囲気にしちゃって……」

「それは私たちも悪いから、全く気にしてないよ。……あのね、本題はそこじゃないの」

「え、それ以外に何かありますか――」

「あなたのことが……ヨウ君のことが好きです。でも家庭教師している最中でお付き合いするとお互い色々大変なことになるので……交際を前提に、お友達になって欲しいです!」


 体を反って、勢いをつけながら話した。今はその反動で、顔は地面を向いている。私は自分を感情を放り投げるようにして、ヨウ君に伝えた。

 

 ヨウ君は目を大きく見開いて、きょとんとしている。呆気に取られますって顔に書いてあるような表情だ。


 私のサイズより一回りも二回りも大きい、スニーカーの先端をじっと見つめる。ヨウ君がどんな顔をしてるか分からないから、怖い。嬉しそうなのか、迷惑そうなのか、悲しそうなのか、怒っていそうなのか。色んなパターンがあるけど、どうしても顔を上げられない。

 

 彼の低いけど優しい――あの安心する声が耳を包むまで、私は何も出来なかった。


「もう友達のつもりだったんだけど……」

「ふぇ!? そういう意味じゃなくて――」

「冗談だよ、本当に嬉しい。僕たちは両想いってことでいいの?」

「……うん」

「ふふふ……やったっぁぁああああああああああ!!!!!!!」

「ちょ、ちょっとヨウ君……! 近所迷惑だよ……!」

「だってー! モネさんが、僕のこと好きだって……やったああああああ!!!」


 私の想定していた百億倍、男の子という生き物は単純だった。好きって言っただけで、こんなに喜んでもらるのは、内心私も踊りだしたいくらい嬉しかった。狂喜乱舞――という言葉がよく似合う彼に、ひょこっとハルが近寄る。


「お二人さん、おめでとう! これからは兄上、姉上って呼ぶよ!」

「そうだね、ハルちゃ……我が可愛い義妹よ! いくらでも呼びたまえ!!」

「うわテンション高っ……キモい」

「お義兄ちゃんにその口の利き方はなんだ! 今から朝まで敬語の訓練を――」

「ヨウ君、落ち着いて。前言撤回はしたくないよ」

「はい、申し訳ございまんでした」


 私が講師として小学校で働くまでは付き合うことは出来ないけど、それでもヨウ君は一緒に居てくれると答えてくれた。そんな彼の優しさに甘えて、もう少しこの曖昧で、リアリティのない――ラブコメみたいな関係を続けたいと思う。


 いつか、アネモネの花だけ束ねたブーケが、宙を舞う――その日まで。





 

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アネモネ先生とラブコメオタク幽霊! 相馬颯真 @write_somasouma

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