【ハル】第2話 勝利の方程式
なんだが知らんが、面白くなってきやがった!
あたしは素直にそう思った。久々に人と話した。そうしたら、彼が恋愛で悩んでいると言うではないか! これは運命――神があたしに、『彼の恋愛を成就させろ』と言っているに違いない! ありがとう! アーメン! 南無南無!
「あのー、マイスター? 名前は何て呼べばいいですか?」
「そういえば自己紹介してなかったね! あたしはハルでいいよ!」
「分かりました、ハルさん」
「おいおい、待ってくれよ! あたいたちは同じ志を持つ仲間じゃないか! 遠慮なく『同志ハル』と呼んでくれたまえ!」
「ソ連じゃあるまいし……」
あ、ネタ伝わった。嬉しい。
「でもハルさんは流石に固いよー! 何か別に呼び方にしてー!」
「うーん、じゃあ『ハルちゃん』とか?」
「可愛い! それにしよう! あと、敬語は禁止ね!」
「えぇ……」
ハルちゃんなんて、お母さん以外に呼ばれたこともなかった。お姉ちゃんとお父さんはハルって呼び捨てだし……学校の人たちはみんな苗字呼びだし……。なんか新鮮!
「それで! 君はなんてお名前なの!」
「僕は青井、青井ヨウっていいます」
「そっか! じゃああたしは『ヨウ君』って呼ぼう!」
ヨウってどんな漢字なのかな? 陽かな? いやそれはないな。これは陰だろ流石に。これで友達とボーリング行ってたら、泣くからね? 男女でカラオケ行ってたら、泣くからね? 後輩女子に第二ボタンせがまれてたら、泣くからね?
「ハルさん、僕はこれからどうすればいいでしょう――」
「あぁ?」
「ハルちゃん! 僕はこれからどうすればいいかな!」
「ヨウ君って、先生の連絡先とか持ってる?」
「え、うん。電話とメールくらいなら送れるよ」
よし、勝った。この展開は見たことある! これで先生もイチコロだぜ!
「じゃあ、先生にメールを送ろう!」
「え、でもこの前フラれたばかりで気まずいし――」
「うるさい! 鉄は熱いうちに打てって言うでしょ! 先生と付き合うんだろ!?」
「うん……付き合いたい!」
「じゃあやろう!」
半ば強引に押し切った。この子、押しに弱いな。たぶん先生に言われて課題のワークとかクラスで集めて、職員室に運ばされるタイプだ。想像すると、ちょっとかわいい。
「よし、では明日会おうって連絡しよう!」
「――会って何するの……?」
「約束だよ! 生徒と先生の関係じゃなくなる時――ヨウ君が二十歳になった後に、何とかして先生に家庭教師をやめていただく! そうしたら付き合って下さいって!」
「ほうほう……」
「でも問題はどのようにして、先生に家庭教師をやめてもらうか――」
「先生、たしか今年の夏に教員採用試験があるって……」
「それだー!!!」
見えた! 勝利の方程式が! ヨウ君が二十歳になる。先生が教員採用試験を合格し、学校の先生となって家庭教師をやめる。そうすれば、先生にとってヨウ君は、生徒ではなく元教え子だ! そこにいるのは、大人の男と女だけだ!
「ヨウ君! 何としてでも先生を教員採用試験に合格させるぞ!」
「え、うん! よく分からないけど、頑張るよ!」
あたしはヨウ君に、この完璧な作戦を伝えた。
「な、なるほど……! それならいけるかも!」
「そうだろうそうだろう! だから明日会って、それを伝えろ!」
「分かった! じゃあ早速服の準備とかしてくる!」
「うん! 頑張ってねヨウく――」
そういえば、あたしは彼の服装を全く見ていなかった。これは……あまりにも、ひどい……
「よ、ヨウ君……? もしかして、明日はこれと同じような服を着るつもり……?」
違うと言ってくれ。頼むから。あたしもそんなに服に気を遣うタイプじゃないけど、これがダサいってことくらい分かる。青と黒で
「え? うん、普通にこういう感じの服を着ていく予定だったけど――」
「ばああぁかやろおおおお!!!!」
本日二度目の渾身のパンチ。こいつダメだ。服というものに一切の関心がない……。そんな『古本屋に平日の朝からいそうな奴』コーデをしたって、振り向く女はいないよ……
「いきなり何するの!? ビックリしたなあ、ほんと――」
「あたしを連れていけ」
「え? 何?」
「あたしをヨウ君の家に連れていけ! コーディネートしてやる!」
「え!? そんなにひどい!?」
「ひどい……ひどいぞ絶望マン! とりあえずもう少しまともにしてあげる……」
ついつい呆れじゃないけど、それに似た感情が表に出てしまう。扉が閉まる寸前に、猛ダッシュで駆け込み乗車してきたOLを見た時の感情と似てる。だが、約束したからには先生とくっつけさせる! ぶっちゃけ、ヨウ君と女の人がイチャイチャしてるところを見たい! 本当の恋愛を見てみたい!
廃ビルから出て、大通りでテキトーに喋りながらトボトボと歩き、ヨウ君の住んでいるマンションに到着した。あたしには豪邸に見えるが、ヨウ君は顔色を一切変えずに、手慣れた一連の動作を済ませて、ささっとエントランスに入っていく。
初めて男の子の部屋に入った。やっぱり女の子の部屋とは少し違う。人の目を一切気にしないで、『自分の好きなもので埋め尽くしました』って感じ。
「そういえば、なんで僕だけハルちゃんが見えるんだろうね」
「分かんないけど、あれじゃない? 『死ぬ直前の人は死神が見える』みたいやつ。魂が死んでる側に近づいちゃったみたいな?」
「へえ、なんか難しい。魂とかって本当にあるんだね」
「それも分かんないけど、あった方が楽しくない? 死んだ後もこうして喋れる友達が出来るし」
雑談をしながら、ヨウ君にありったけの服を出してもらった。もっと山積みになるかと思ってたが、そんなことなかった。警察の押収品みたいな――綺麗に並んでるけど、どこか寂しく閑散としていた。
「アニメのTシャツが二枚、無地の黒のTシャツが一枚、半袖パーカーが四枚……。そして、普通のジーパンが二枚に、七分丈が一枚と……」
え? 何この子? 半袖パーカー好きすぎない? そんなに惹かれる魅力ある? 半袖パーカーを着た人に命でも助けてもらったの?
「よし、ここはシンプルに無地とジーパンでいこう」
「えぇ? それは少しシンプルすぎるんじゃ――」
「いいの! その奇抜すぎる――あまりにも先進的なファッションよりはマシ!」
「そ、そんなもんなのかな……」
ヨウ君は不満そうだったが、シンプルなコーデは結構似合ってる。人畜無害な好青年って感じ。ラブコメだと、ヒロインのおっぱい触ってめっちゃテンパるタイプだ……あ、でもあたしのやつ普通に触って来てたわ、こいつ。
「よし、最後の難関を越えるため、『先生に送るメールに関する検討会』を始めよう!」
「はい! ハルちゃん議長!」
え? 議長!? 何その響き! かっこいい!!
「じゃあ議長から提案します! 『いつもの桜の木の下に、良ければ明日来てくれませんか?』とかはどうでしょうか!!」
「いや、いつもの桜の木の下とかないですから……」
「じゃあ何か他にないの? 思い出の場所とか。議長、気になります!」
「うーん、そうだな……あ、一緒にお菓子とかアイスを買いに行った、近所のコンビニかな」
うわぁ……めちゃくちゃリアル……なんか超楽しそう……。結構充実した生活してそうで、ちょっとムカつく。
「よし! じゃあそこで待ち合せよう! そこで集まって、その辺りで歩きながら話そう!」
「は、はい!」
文章はこうだ。
「もしお時間があれば、明日会えませんか? 謝りたいのと、色々話したいことがあって。場所はいつものコンビニでどうでしょうか?」
固いかもしれないけど、告白した後だしこれくらいが無難だろう。変に元気いっぱいでも先生は困惑するだろうし。さあ、あとは返信が来るのを待つだけ――
ピロン♪
「ヨウ君! 返信来たぞ! はやく読み上げて!」
「う、うん! えーっと、『いいよ! 13時に待ってるね』だって!」
「よっしゃ! 明日は気合入れるぞー!」
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