【モネ】第18話 一次試験
教員採用試験には、一次試験と二次試験がある。今日の一次試験は筆記試験であり、その中でも教職教養、専門教養、一般教養、小論文の四つの試験がある。私が受験する科目は小学校全科。小学校で教える全ての教科の知識が問われる。
教職教養は、先生をやる上で必要な知識があるか問われる試験。教育に関する法律や歴史など、本当に色々聞かれる。専門教養は、みんながイメージするような試験とほぼ同じ。中学までの範囲で満遍なく、全ての教科の基礎的な知識が問われる。一般教養は、高校の範囲も少し出題される主要五科目の試験。小論文は、教育に関する課題や問題に対して自分の考えや主張を、論理的に述べないといけない試験。作文の上位互換ってイメージ。
要するに、決して難易度の低くない試験だってことだ。どれだけ勉強していても、目の前に本物の試験があるとちょっと怖気づいてしまう。不安をかき消すように今までは勉強してたけど、本番直前だと逆に焦っちゃうから勉強も出来ないし、逃げ場がない。心の中の、ちびヨウ君に助けてもらおう。
「ヨウ君……不安だよぉ……」
「大丈夫だよモネさん。今日まで一生懸命やってきたじゃない」
「で、でも……周りが自分より賢く見える現象も発症してきて……怖いよぉ……落ちたらヨウ君と付き合えないよぉ……」
「そんなことないよ。他の人もモネさんを見て、自分より賢い人だって思ってるよ。賢者の孫娘だって思われてるよ」
「ほんと……? 私でも他の受験者を完膚なきまでに蹴散らせる……?」
「もちろんだよ! 誰よりも勉強してきたじゃない! モネさんなら何でも出来る!」
「ヨウ君が言うなら、私! 頑張る! 絶対に一次試験に合格する!」
「その意気だよ、モネさん!」
ちびヨウ君の熱い応援のおかげで、緊張の糸が少し解けてきた。こうして話してると、この前のカフェで会えた時のことが甦る。めっちゃ頭撫でてもらったなぁ。怖いだ何だ言って、十五分くらいずっとしてもらってた。周りの呆れた目線に呼応するように、ヨウ君がどんどん真っ赤になっていてたけど、私が喚起してやらしちゃった。同時に歓喜もしてた。パワーをもらった分、ちゃんと合格しないと合わせる顔がなくなる……。やばい……そう考えるとすごく不安になってきた……。もう一度ちびヨウ君に――
「はい、時間になりました。それでは問題用紙と、回答用紙を配ります。配られても、試験開始の五分後まで手を付けないで下さい。不正行為になる可能性が――」
黒いスーツを着た、いかにもこの道何十年って雰囲気の人たちが一つ一つの席に歩み寄って、机上にそっと紙が置かれる。ただの紙じゃない。私の今後の人生を大きく左右する紙だ。これらがヨウ君へのラブレターになるか、失恋への片道切符になるのか……やだ。そんな場所に単身で行ったら本当に死んじゃう……
やってやる。解答用紙をヨウ君との恋愛を許してくれる免罪符にしてやる……!
「はい、それでは始めて下さい」
と、解ける……解けるぞ! ここも……あそこも……真剣ゼミでやったところだ! と言った具合に知識系の試験は難なく突破できた。正直、今までこういう類のテストで躓いたことはあんまりない。だからあんなに不安に思う必要なんてなかったのだ。いざ蓋を開けてみると……ってことが人生にはあまりにも多すぎる。不安な事柄って大抵は大したことないって、熱が冷めた瞬間にすごく感じる。
最後は小論文の試験だ。この試験で大事なのは、現実性と論理性だ。現実的に可能な提案や主張を、論理的に採点者に文章で伝える力がこの試験では測られる。『不登校をなくすためには、クラス全員をお友達にすればいいと思います!』って書いても現実的ではないから、不登校の問題に直面したら、この人には解決できないよねって判断される。教育という場をちゃんと見れているか、それをどういう文章で表現するのかという、人間的な部分を見られる最初の試験だ。
とは言っても、傾向と対策というものがある。こういう雰囲気の問題がよく出題されて、こういう風に答えれば丸をもらえますって。なので、よっぽど私にとって相性の悪い問題じゃない限り、まずペケをくらう心配はな――
『あなたは教育者として、教師と生徒の恋愛についてどのように考えますか? 無論、恋愛感情に立場や年齢、性別は関係ありません。しかし、未成年者との恋愛関係は性犯罪のリスクも孕んでいますし、恋愛関係になった生徒を優遇すると言った、生徒間の不公平を生む恐れもあり、そのような恋愛関係は、社会的に認めづらいことも事実です。それらを踏まえて、あなたは教師と生徒の恋愛についてどう考えますか? また、自分がそのような関係を生徒に迫られた時、どのように対応しますか? 千字以内で記述して下さい』
あかんて。なんて書けばいいのよ。『雨の中、急にヘラって手を握ってもらう』とか書けばいいの? 失格じゃん。大人としても、教師としても。
そりゃね、嘘を書けば全て解決するんだよ。良くないことですよねーって。それが多分あっちが求めることだろうし。でも嫌だよなぁ。私の感情を……ヨウ君への感情をを否定する考えを文章にして、具体化するってことだもんね。
なんかこの感じ、延命治療の問題と似てると思う。病状の悪化を食い止めることの出来ない状況まで病が進行した――終末期患者本人と、その家族の話だ。本人としては家族に迷惑をかけたくないから、延命治療をしたくない。けど家族は少しでも長く生きて欲しいから、延命治療をして欲しい。
互いが互いのことを想っているからこそ起こる問題だ。迷惑かけたくないってのも、生きて欲しいってのも、どちらも至極真っ当な考えだ。でも本人が希望しないなら、生きることを望むのは家族のエゴとも言える。望んでいない生を強制するのは、もはや鬼畜だ。
私の現状もそこにあると思う。
私のしたくない、書きたくないっていうエゴで、この試験に合格できなくなるかもしれない。ヨウ君の告白する勇気を握りつぶしてしまうかもしれない。私が自分の感情を許せなくなるかもしれない。
でも、やっぱり書きたくない。これはエゴじゃなくて決意だ、意地だ。嘘をつくような先生にはなりたくないし、嘘をつくような恋人にはなりたくない。
私は思いの丈をぶつけた。こんな小さな紙に綴りきれないくらいの大きな思いを。正直、何を書いたかあんまり覚えていない。無我夢中に言いたいことを書き連ねてしまったと思う。落ちてしまったら滑稽だけどね。
でも最後に書いた文章だけ鮮明に覚えている。これでも文系だから、言葉にはかなり気を遣ってる。色んな言葉を模索した上で、私はこういう文で小論文を締めた。
『私はどんな事由であれ、交際を申し込まれたら、全力でその生徒と向き合います。生徒としても、異性としても。その結果、別に交際関係に発展しても構わないとも思います。この世に純粋な愛情を否定できる人間はいません。世間は、世界は彼らを裁けません』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます