【ハル】第17話 お茶会

 人の縁とは奇妙なものだ。憧れていた人が、憧れていた人の先生だなんて……。要するに、ヨウ君の憧れの人――丘田闘志夫さんが、ヨウ君の憧れの人――モネちゃんの先生だったなんて……という意味だ。同じ『憧れ』でも、意味が全然違うのって楽しいよね。暇を持て余した日本人の遊びだ。


 さて、なぜ暇を持て余しているのかと言うと、カフェで待ちぼうけ食らってるからです。待ちすぎて、木の根っこで転がり落ちそうなくらい暇です。


 今回はお茶会とか言いつつも、席は二つに分かれている。一つは、ヨウ君とモネちゃんの席。もう一つは残り組。透明先生の因縁を……! とか言ってたけど、正直みんなヨウ君たちの恋路が目的らしい。ヨウ君をこの席に座らせた人は相当策士だ。窓際の、入り口から一番遠い席。人目を気にすることもなく話せる最高の場所だ。また、自分たちは段差を挟んだ絶妙な位置に陣取ってる。二人ともそこそこの声量で話してることすら考慮した距離だ。気づいた瞬間は鳥肌が立った。肌なんかないけどね。


「ごめんなさい、お待たせしましたー! ほら、先生!」

「あのですねぇ~、某の足が言うことを聞かなくてですねぇ、遅れてしましたぁ。ごめんなさいねぇ、みなさん」


 すごいクセの強いおじさんが来た。ていうか、存在感がすごい。体積的に。このカフェの空間がほんの少し窮屈になったように感じた。名作アニメの数々を解説してきた、オタク界の王様――丘田闘志夫先輩、名作アニメの数々を生み出した、オタク界の神様――庵野透明先生。じっくり考えてみると、夢の共演を目の当たりにしようとしているのかもしれない。


「それじゃあ先生、楽しくお話しててくださいね!」

「はぁい、君も楽しむんだよぉ」


 遅れてきた二人が、それぞれの所定の位置に向かう。悩む。アニメオタクの端くれとしての感性に従うか、ラブコメオタクの美女幽霊としての感性に従うか……でも、丘田先輩なら絶対に話してた内容を動画にするよね。迷惑って言われようがやるよね。うん、まずはヨウ君たちの方を見ようかな。


「ごめんね、ヨウ君。待った?」

「いえ、全然待ってないです! 楽しみすぎてソワソワはしてましたけど――」

「えー! 楽しみにしてくれてたの!? 嬉しい!」

「いや、だって、会うの久しぶりだし……」

「あれ、もしかして……寂しかった?」

「すっごい寂しかったです……」

「――そういう顔、他の人の前ではしないでね? 襲いたくなる」


こ、これは……年上お姉さんの『襲いたい』宣言……!! 主人公のふとした可愛さを感じる時に、年上ヒロインから発せられる確定演出……!! この先の展開でコメディに振り切るのか、エロにも走るのかがほぼ決まってくる……。するのか? しないのか? 


 ――しよう。してくれ……とっととしろ! 今からえっちなことをするんだ!!


「えぇ!? お、襲う……?」


 そうだ。襲われるんだ。君は為す術はなく、そのお姉さんに貞操を奪われるんだ。それは非常に……えっちだ! 読者も、近くの席から耳を立ててるオーディエンスたちも求めていることだ! さあ、いけ! ヨウ君!! 男になるんだ!!


「ご、ごめんなさい……そんなにムカつく顔してましたか……? もうしないので、暴力はやめて欲しいです……」

「え? いや、そういう意味じゃ――」

「僕なんかのために、モネさんに犯罪者になって欲しくないんです……それに実刑くらったら教員採用試験も受けられなくなるし……」

「あ、うん。そうだね。こちらこそごめんね」


 マジでぶちのめすぞ。頑張って、幽霊の力で祟るぞ貴様。そこは二人で抜け出す展開だろ。ふざけるなよ。こっちはえっちな展開を期待しているのに。一話の冒頭に行為の途中までして、その後は全然エロい展開が来ない――広告のエロ漫画みたいなことしやがって。返せよ! 純粋無垢な少年少女の気持ちを! 広告のエロ漫画の中でも、無料になってる三話くらいまでにエロいシーンがないか一生懸命に探してる、純粋無垢な少年少女の気持ちを!


「そういえば、もうそろそろ一次試験ですよね。勉強の方は大丈夫そうですか?」

「うん、大丈夫なはず……いや、ちょっと不安かも」

「え!? そんなに難しいんですか!?」

「難しいって言うより……メンタル的なことかな。ヨウ君によしよしって頭撫でてもらわないと、不安で潰れちゃうかも……」

「そ、それくらいなら……」

「ほんと!? やった♡」

「よ、よしよし……よしよし……」

「もっと褒めながらやって欲しいな♡」

「え!? え、偉いよ……頑張ってるね……素敵だよ、モネさん……」

「うんうん♡」


 渾身の『襲いたい』発言が功を奏しなかったから、手段を選ばなくなってる。こういうの見たことある。お互い本当は相思相愛なのに、中々恋愛関係にはなれなかった男女の片方が、ついに痺れを切らして告白した後のラブコメのカップルみたいになってる。大抵、ヒロインが引くほどデレデレになるパターンのやつに入ってる。ドロドロしてる作品だと、後々めちゃくちゃ心に沁みることになるシーンのやつだ。


 こっちは順調そうだし、残り組の方も見てみよ。結構オタクの先輩方がどういう話をするのか気になるし。


「いやぁ~、こんな若い女性に囲まれてですねぇ、話せるのは楽しいですねぇ」

「はい! ルミリも丘田さんのお話を聞けて楽しいです!」

「う、うちも楽しいです……」


 マルカちゃんが完全に疲れた顔をしている。言葉の波に呑まれてる……どころか、言葉の波に乗り疲れてるサーファーの顔をしてる。日焼けしてるはずなのに、血の気が引いてむしろ顔が白くなってる。


「そ、それより丘田さん! 透明先生に謝ってくださいよ!」

「謝る……? はてぇ、何かしましたかねぇ?」

「あれですよ、幻想特撮映画のやつですよ。空中で急に回転が云々って言っちゃったやつで――」

「あははっはは!! あれはですねぇ、とても燃えましたねぇ~! あははっはは!!」


 ウケる予定のなかった時に笑われると、ちょっと不安になるよね。そんなに変なこと言ったかなって。あたしってその人から見ておかしく見えるのかなって。てか、炎上した時って普通は落ち込むもんじゃないの? 大爆笑してんじゃん。バカみたいに思い出し笑いしてるじゃん。いや、多分あたしの何倍も頭はいいんだろうけども。こういう人をサイコパスって言うのかな……


「いやぁ、あの時はごめんねぇ庵野。でもねぇ、あれは悪質な切り抜きが原因なんだよ」

「え!? ルミリはてっきり丘田さんが言ってるもんかと……」

「あのねぇ……最近は某の動画をちゃんと何時間も見れる人が減っていてですねぇ、切り抜きを認めてたんですけど、変なとこだけ組み合わせて誤った情報を流す輩が出てきてですねぇ、非常に困ってるんですねぇ」

「あー、最近そういうの多いですよね。うちも好きな配信者が同じ被害に遭ってました」

「それに某が空中の回転を否定する訳ないじゃない! あそこは作中屈指の名シーンだよ!」

「お、丘田さん……」


 お、こっちもいい感じに和解しそうな雰囲気じゃん! 恋敵として最初に対面した時はすごくギズギズしてたけど、主人公のいいところを言い合ってる内に意気投合して、結局すごく仲良くなっちゃうハーレム作品みたいな感じだ! やっぱり好きなものが同じなら、どこかで分かり合えるはず――


「でもねぇ、いないんだよねぇ。パンツを脱いだ庵野透明が」

「ぱ、パンツ……? どういうことですか? ルミリにはさっぱり――」

「あの作品にはねぇ、庵野透明がどこにもいないんだよねぇ。ズボン履いた庵野が片手間で作ってる感が否めないんだよなぁ」

「いやいや、そんなことないっしょ! 先生だってきっと――」

「いや、久世嬢……実はそんなことあるんです。あの作品では脚本くらいしかまともに書けなかったんです。現場に行くことすら出来なくて……それであんな出来に……」

「ふぅん……やっぱりそんなとこかぁ。あの会社の撮影班の権力ってすごいもんなぁ。庵野、ありゃ仕方ねぇよ。もう変な意地張ってないで、新作撮ったら? ほんとはしたいだろ?」

「いや、あんなクオリティのものはもう世に出せませんよ……」


 透明先生は数年前に引退したって言ってたけど……前作のことで何かトラブルがあって引退しちゃってたんだな。自分の手の届かないところで、自分の作品がグチャグチャにされるのを目の当たりにしたら、トラウマにもなるよな。監督とかやってる人なんて自己中しかいないって勝手に思ってたけど、すごく繊細な人だったんだ。


「丘田さん! 今ルミリたちは特撮を撮ってるんです!」

「あぁ、授業の一環で作ってるやつですよねぇ。学生にしては毎年かなり完成度が高いのですごく楽しみに――」

「うちら、先生のリベンジマッチをしてるんです! だから完成したら見てもらえませんか!? 丘田さんをぎゃふんと言わせるものを作ってみせます!」

「り、リベンジマッチ……? 小生はそんな話は――」

「あははっはは!! 若人のエネルギーは素晴らしいねぇ! 心から楽しみにしてますよぉ! あははっはは!!」


 オタクの新参者の美女二人が、レジェンドに勝負を挑んでる……! よく分からん絵面だけど、すごいかっこいい……! 打倒、丘田闘志夫のためのミニチュア制作がより一層の熱を帯びていくのを、あたしはないはずの肌でまた感じた。


 







 




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