【ハル】第5話 炎上する火種

 服を選んであげてから一週間後。 


 今日は待ちに待った入学式! ほろほろ散ってる桜の木々を背景に、新入生たちが校門の前で写真を撮ってる。日本ならではの――いつ出来たのかも分からない列に、あたしたちも並んでいた。


「やっと見つけた……! 青井君、ご入学おめでとうございます!」

「あ、先生! 来てくれたんですか!」

「もちろん、教え子の晴れ舞台だからね! あ、ちゃんとスーツを着てる……先生嬉しいよ……」

「え、先生!? なんで泣いてるんですか!?」


 分かるよ、先生。ヨウ君の普段のファッションは、まるでゴッホ――死後に評価を受けるタイプだもんね。安心、というか感慨深い気持ちになるよね。クソ分かる。


「もしよかったらさ、一緒に写真撮ろうよ!」

「え!? それはちょっと恥ずかしいと言うか、緊張すると言うか……」

「そうだよね……こんなおばさんと一緒に写真なんて恥ずかしいよね――」

「やっぱり撮りましょう! 何十枚でも撮りましょう! そのまま二人の写真集でも販売しましょう!」

「やったー!」


 この女……手慣れてやがる……! やっぱりヨウ君って課題を職員室に運ばせられる系男子だよね。飲み会の幹事とか毎回やらされたりしないかな? お母さんみたいな心配をしてしまう。


「ほら、もっと寄って寄って! 顔が上手に映らないでしょ?」

「で、でも、これ以上寄ると……か、肩が……」

「肩くらいいいじゃん! 胸が当たるわけじゃないし! はい、チーズ!」


 なんで肩でキョドってんだよ。平気な顔してあたしの胸は触ろうとしたくせに……。もしかして……あたしは女として見られてない!? ダメだ、めっちゃムカついてきた。


「じゃあ私、黄旗大学にも行かなくちゃだから! じゃあねー!」

「はーい! さようならー!」


 憩いの時間を過ごしたヨウ君は、校門近くのベンチに座り込んで、勝手にイライラしているあたしの元に近づいて来る。雰囲気を察したのか、歩幅がちょっとずつ小さくなっていってる。


「先生の肩とあたしの胸……どっちの方が良かった?」

「え? そりゃ感触があるし、先生の肩かな」

「死ね。この前の廃ビル行って、死ね」

「――あの時は気が動転してて、普通はいくら綺麗だからって、あんなことしちゃダメだよね。本当にごめん」

「な……き、綺麗って……。じゃ、じゃあ! 今触ったら興奮すんの!?」

「ま、まあ、今はあの時より冷静だし……多少はする――」

「じゃあして!! ここで!! 今すぐ!!」


 戸惑いながらも、ヨウ君は人目を気にせずしてくれた。周りからしたら、何もないところに手を伸ばしてるだけなんだろうな。慣れてない手つきで、一生懸命触ろうとしてくれてる。あたしは久々に体温を感じた。本当は何も感じはずなのに。内側も、外側もすごく温かい。まだ生きていたら、こういう気持ちをもっと感じれるんだろうな。


 虚空から手を下ろし、ヨウ君はオリエンテーションの会場へ、そそくさと向かって行く。よく見ると耳がとても赤くて、今にも沸騰しそうだった。


「少しは興奮した?」

「――まともに女の人の胸を触るなんて、したことないし……」

「なら、良し!」


 あたしが乙女としての雪辱を果たして間も無く、シアタールームと呼ばれるところに来た。映画館のような雰囲気だけど、それぞれの席には新幹線の座席みたいな――前方の椅子に付随したちょっとした机がついていて、板書をとりながら映画でも見るような雰囲気だった。映像研究学部というだけあって、本当に授業として映像を見るんだなと実感した。


「はい、時間ですね。はじめまして、この授業を担当する庵野透明いおりのとうめいと申します。数年前まではアニメーション制作を……」


 リハーサルなんかしてないはずなのに、会場いる人たちの興奮が溢れ出て少しざわざわしてる。有名な人なのかな?


「ねえ、ハルちゃん! 透明監督だよ! 本物だよ!」

「そ、そうなんだ……。有名な監督さんなの?」

「そりゃもう超有名だよ! 世界的にも高い評価を受けていて、特に神戦記……」


 早口すぎて何言ってるかはよく分からないけど、すごい有名なアニメ監督で、たまに実写映画も撮ってた人らしい。今はもう引退した巨匠が先生なんて……大学ってすごい!


「あ、あの……すいません……。ぺ、ペン貸してもらえませんか……?」

「全然いいですよー」

「あ、ありがとう、ございます……」


 知らない人に声をかけられても、動じずに対応してる……! しかも女の人! せ、成長したね……お母さん嬉しいよ……!


「え、えっと、名前教えて、くれませんか?」

「名前? 青井、青井ヨウです。あなたは?」

「え!? る、ルミリ……川谷ルミリ、です……」

「川谷さんね! 今日から授業同じになるし、よろしくね!」

「よ、よろしく……」

「あ! 僕一浪してるからたぶん年上だけど、敬語とか全然大丈夫だから!」

「そっか……、じゃあヨウ先輩だね」

「え? 先輩!? 何その響き! かっこいい!!」


 うわあああああ!! 絶対に新キャラだー!! 相当仲良くなって、こいつらほぼ付き合ってるだろって読者からは思われるけど、結局は最初に出会ったヒロインと結ばれるから、負けヒロインになるパターンの子だ! それで最終回の後に、推してた人たちから、『終わり方がなぁ……』とか言われてちょっと炎上する火種になるタイプの負けヒロインだ!


「ルミリのことも、ルミリって呼んでもいいよ、先輩」

「そう? じゃあルミリって呼ぼうかな」

「うん!」


 もう下の名前で呼んでるのに、多分結ばれるのは先生となんだよなあ……。ワンチャンこの子とキスくらいはするかもしれないけど、絶対に付き合えたりはしないタイ……やばい。完全に目の前の光景をラブコメとして処理していた。負けヒロインとか言ってごめんなさい、ルミリちゃん。


「ヨウ先輩! この後ご飯行こうよー!」

「え? いいけど、お店とか全然知らないから――」

「ならさ、カフェ行こうよ! ちょっと遠いところにおすすめのカフェがあるの!」

「カフェ? いいけど、カフェがお腹いっぱいならないんじゃ――」

「じゃあ決まりね! 早くオリエンテーション終わらないかなー!」


 こういう子って二つタイプがあるよね。仲良くなると尋常じゃないくらい距離詰めてくるタイプか、礼儀正しいだけの根は陽のタイプか。どっちでもいいけど、こんなにかわいい子とすぐに仲良くなれるとかおかしいだろ。真っ白なシュシュに束ねたポニーテールに、くりくりした目の童顔、それにメガネ……最高だろ。


「次は黄旗大学前駅、黄旗大学前駅。お忘れ物のないよう――」


 オリエンテーションが一通り終わった後、あたしたちはそこそこ離れた駅まで来た。日本の技術ってすごいよね。幽霊でもちゃんと移動できるんだもん。これも慣性の法則なのかな?


「着いたよ、ここのカフェ! 駅から近いのに、人も少なくて落ち着いてるから好きなの!」

「へえ、たしかに落ち着いた雰囲気でいいね」


 人が少ないというよりも、適正な人数を維持しているという感じだ。閑散としている訳ではないけど、人も多くなくて落ち着く。たぶん、一番のベストタイミングだったんじゃないかな。


「いらっしゃいませ。何人様でしょう――」

「え!? 青井君!?」

「うん……? あ! 先生!」

「先輩? この女……知ってる人……?」


 バットタイミングでした。『ちょっと! その女は誰よ!?』パターン、突入です。



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