004-4 はじまりの国 3日目 パンづくり



 仕事はできなくても、邪魔にならない手伝いならできる。行商の件は後回しにして、ふたりは、店に厄介になることにした。


 いま、ガオはレイヤーの天幕を虫干しの手伝い。ピコバールは厨房で、カザリアのパン作りを習ってた。


「あきれたねぇ。生えれる穂を手作り器具で粉にして、お焼きまで作ったのかい」


「その前は生でかじってた」


「よくお腹を壊さなかったもんだよ」


「粉ができたときは文明に仲間入りできたようで嬉しかったな」


「まったく。いまどき人力で麦粉をつくるとは恐れ入ったけど、野外で粉にするならそれしかないか。あたしも詳しくないんだけど、混じりっけナシの麦粉にするには、たくさんの機械と工程があるそうだよ」


「へぇ」


「それにしても麦が刈り放題はいいね。喰いっばぐれがない。パン作りはしっかり覚えておきな」


「お願いする」


「パン用の強力粉にバター、塩にお湯にイースト菌。これだけあればパンが作れる。砂糖やタマゴがあると格段に味が上がるんだがめったに食べられない贅沢品だね」


 カザリアは淀みのない手つきで、粉と塩とバターとイースト菌をボウルに入れ、お湯を加えてヘラで混ぜていく。この粉は、ガオと交換した麦を挽いたものだ。


「塩とお湯はわかるが、このイースト菌というのは?」


「イースト菌はパンを発酵させる酵母さ。天然酵母でも代用できるが、これがないと膨らまない。ほら、こねてみな」


 材料が馴染んで塊になったものをボウルから天板に取り出した。前に置かれたそれを、ピコバールは、恐る恐るこねはじめる。


「どうだい?」


「すこしべちゃべちゃだけど気持ちいい」


 伸ばして包んで。伸ばして包んで。何度もやってるうちに、べちゃべちゃがまとまってがペタペタになった。


「そこまでできたらボウルにもどして乾かないようにフタをする。30℃くらいに温めたオーブンに入れ、倍に膨らむまでしばらく待つの」


「それで完成?」


「まだまだ。これで1次発酵。取り出したらガス抜きして、こねて、またオーブンに入れて2次発酵させる」


「面倒なもんだな」


「手間をかけるから美味しいのさ。発酵を待ってる間にべつの料理も……外が騒がしくないかい」


「ガオがはしゃいでるのかな。あいつ子供っぽい軽戦車だから」


「あんたは、すこし大人っぽさを減らしな」


 ガオが、勢いよく厨房に乗り込んできた。折りたたんだ天幕やら、リュックやら、余った麦やらをダンプの中で跳ねらせ、ひどいホコリを舞いあげた


「ぶほっ」


「厨房にホコリ持ち込むな!」


「そんなことより、カチコミだ!」


 ディスプレイでは、少年の瞳のなかに星がキラキラ瞬いてる。


「この前の連中がピコを出せってきたんだ」


 ガオは、いうだけ言うと、クローラを逆回転させて急速後退していった。


「にぎやかな戦車だね。ドンクたちが来たってことだね」


「……5人そろって五職人ショクレンジャーのことか」


「あんたら言葉はきちんとつかいな」


 カザリアは、「しょうがないね」と腕まくりの袖をさらにまくりながら厨房をでる。ピコバールはもちろん続いた。


 店の外。たくさんの住民たちが騒いでいた。中心にいるのはドンクたち。彼らはあたりの人々を巻き込んでいた。


「貴族を殺せー! 俺たちを外に出せー!」


 ドンクが腕を突き上げれば、民衆たちも呼応する。


「貴族を殺せー! 俺たちを外に出せー!」


 彼らが取り囲んでる中心には男が倒れていた。


「……レイヤー?」


 目を見開いたカザリアは夫だと気づくと、熱狂する市民を殴るようにかき分けて、意識のないレイヤーに膝まずき抱き起こした。


「レイヤー? レイヤー! レイヤー!!」


 ドンクは悪びれることなく曲がった刺又をゆらゆらと、ふってみせた。


「俺ぇあ悪くねぇ。ガキをかくまったおめぇとこいつが悪いんだ」


「あんなヤツの口車にのりやがって。子供は守るもんだろ」


「そうかい。町が元に戻るってんなら、俺はガキだろうと血祭りにあげるぜ」


「……情けない男になっちまったね」


「どこに隠した? 言わねぇならてめぇも亭主と同罪だ」


「……節穴は節穴だね」


「ケッ。みんな。貴族のガキは店ん中だ。探しだしてとっつかまえろ!」


 職人衆5人のまわりにいた。血の気の多そうな連中が、子供を素通りして、店の中になだれ込んだ。「どこだ出てこい」と怒鳴る声、と当たり散らす破壊音が、外に漏れる。


「無視された。ぼくはここにいるのに」

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