2章

005―? 幕間というか通常運転

―― 5話のショートショートです ――



1 請求書




 司る者ハングラーが真っ白になって消えてから数日が過ぎた。


 ピコバールとガオは、麦の草原の一本道を、ただただ進んでいた。ガオはときどき、器用に斜めになっては、片方のゴムクローラを跳ね上げた。頒布製屋根で寝そべるピコバールは、そのたび、右に左にと、ごろごろ転がされる。


 少女に嫌がらせをしたいわけではない。小石を取ってるのだ。


 クローラ履帯――キャタピラともいうが製品名なので公には使われない――には複数の車輪で動いている。ゴムの履帯に回転を与える大きな車輪が前後と、履帯の維持する小さな車輪が上下だ。これによって、多少の悪路ならものともせず、進行することができている。


 前後には強いクローラだが横からの圧力には弱い。むき出しの弱点をカバーするため、戦闘時になると、ガオは魔法陣を発動、一種の防御魔法によってガードしていた。魔法陣の発動にはゲガロンマイト魔鉱物を消耗する。平時にそんなことはしない。


 クローラ自体がまきあげた小石や藁が、中の車輪に詰まったり、機構の積もったりする。きれい好きのガオには、それがうっとうしくてたまらない。ときどき、車体をふっては落としてるのだ。ピコバールに嫌がらせのつもりはないが、気づいてくれることに少しだけ期待していた。人手のほうがカンタン素早くとれる。


 ピコバールが、むくりとおきあがった。腰のフォルスターからリボルバーがずれて、落ちそうだ。


「ガオ。どう思う?」


 彼女のいで立ちは少々変わってる。カザリアが娘に着せたかったというドレス。レイヤーから貰った迷彩柄のジャンバー。それに彼がかぶっていたヘルメット。燃えて縮れた紙を散切りにしたヘアスタイル。

 旅の冒険者にもみえるし、パーティ会場に目立つ格好で潜入した戦士にもみえる。もっとも、彼女の見た目が、そのどちらとも裏切る。12歳。年齢相応の華奢な体つきと、可憐な顔立ちが。


「小石や藁が絡みすぎると車輪がまわらなくなるし、クローラのゴムにも負担をかける」


 ガオはすかさず、現状の不満について簡潔に説明する。


「足の水虫がかゆさなんか聞いてない」


「だれが水虫だ。足じゃなくてクローラ。英知の末に産み出された無限軌道を、汚い足の裏といっしょにするな」


「ぼくの足の裏は汚くない。なめてからいえ」


「なめるかっ! 靴を脱ごうとするな!!」


 ピコバールは「残念だ」とブーツを履きなおし、リボルバーをフォルスターに納めると、屋根の短い支柱をするする伝って、地上へ降りた。

 軽戦車は子供の散歩ほどの速度で進んでる。横からクローラを一瞥すると、落ちていた小枝を拾った。挟まっていた小石をつんつん、突いて落とす。からんでる藁も、うんしょとひっぱって抜き取った。


「あ。ありがと。スッキリした」


 ガオが礼をいう。蚊に刺された痒みが治ったような安堵と、ピコバールの意外な奉仕の間とで、画層の表情はとまどいそのものだ。ピコバールが手のひらを広げて言った。


「金貨10枚になります」


 手には、請求書があった。


「……落とした小石をいますぐ戻せ」


 ピコバールはペンを取り出すと、爽やかな笑顔で、請求書を書き直した。


「追加料金がかかります。合わせて金貨20枚」


 ガオのダンプが上がる。下部には、20㎜連射砲が2門と、高エネルギーの貫通弾・時限式拡散弾を撃てる37㎜砲が格納されている。


「……爆ぜろ」


 ガオはその場で急転回。20㎜連射砲の1門が、ピコバールに狙いをつけた。エネルギー弾が発射される。


 ギャグも命がけである。請求書は燃えカスとなった。





2 リュック




 一度受けた攻撃はぼくには通じない。そういってピコバールは身なりを整えると、本当に、何事もなかったかのようにガオに聞いた。


「話を戻すが、どう思う?」


「……たまには瀕死にくらいなれよ。オレがばかみたいだろ」


 しおれた草花のように地面を向いた砲列を、格納。ダンプを元通りに直した。傾斜した荷台から零れ落ちた荷物はピコバールが載せていく。リュックをよいしょと持ち上げて、すこし前のことを思い出した。


「あ。そういえば」


 ピコバールはリュックの中に手を入れる。慎重にさぐるが、やはり何にも触らなかった。


「もしやと思ったんだが、入れたものは落としたのかな。お腹が空いたから、パンを取ろうと思ったんだ……ん?」


「どうした?」


 ピコバールは、入れた手を取り出してガオにみせた。パンをつかんでいた。


「パンだな。おかしくないだろ。入れてあったんだから」


「いや、さっきは触らなかったんだ」


 そしてパンをリュックに入れなおし、中で離して手だけ出す。もう一度手をつっこんだが、何もなかった。


「……パン」


 すこし身体から何か吸われる感覚があって、リュックの中でパンに触る。


「なにをやってるんだ? 入れたり出したり。さっさと食べればいいだろ」


「ニタァ……掘り出しものだぞこれは」


 ピコバールは、荷台にあるそのほかの物を、リュックに入れていく。麦の束、すりこ木、すり鉢、石臼。どんどん入っていく、すでにリュックの見た目を大幅に超えている。


「すげーリュックだな。重そうだけど」


「そうでもない、楽々持てるぞ。天幕も入るかな」


「ムリに決まってるだろ。どうみてもリュックの3倍はあ……入った!??」


 天幕が入ってしまった。ピコバールは驚き、同時に、満面の笑顔をうかべた。


「魔法のリュックだ。見た目を裏切るほどの数と量を仕舞うことができる。中は異空間だろう。ものの名前を唱えると少しの魔力と引き換えに、入れたものを取り出せるんだ。レイヤーの道具屋でホコリを被ってたのは、魔力をもつ者がいなかっただけだ。どれだけ入るか試してみるか」


 折り畳みテーブル、折り畳み椅子が、問題なく収まった。持ち物はこれで全部。ダンプの上にはリュックひとつが残った。


「さすがにぱんぱんに膨らんだな。まだまだ入りそうだけど……。そこにガオ君。入りたそうな顔をしてるな。いまならチャレンジャー募集中だ。ガオ!」


 そう言いピコバールは、リュックの口を大きく広げた。


「なんだよ。そんな不気味なモン、誰が入るか」


「……」


「なんで黙ってる?」


 ピコバールは、じっと、口を開けたままだ。石になったようにじっと動かない。


「おいピコ?」


 本当に石になのかとガオが不安になる。やっと動いたピコバールはリュックを抱えて、そこにしゃがみこんだ。頭を下げて軽戦車の下回りを確かめて首をひねる。それから、操縦席へのまわり込んで、またも首をひねった。


「……へんだな」


 なにかを期待していた。その期待が外れた。

 妙な態度。ガオが不審がる


「どうした?」


「ガオが返事をすれば、中に吸い込まれると思ったんだが……」


 物語にでてくるツボの話である。ツボを抱えて名前を呼ぶ。呼ばれた相手が返事をするとツボの中に吸い込まれてします。なにかの本で読んだらしい。


「試したのか……」


「なあに。実験に不幸はつきものさ。なにもおこらなくてよかったな。はっはっは」


「こいつは……本気で葬る手段を考えないと、オレの命がヤバい」


 屈託のない笑顔で高らかに嗤うヘルメット少女。ガオは身の振り方を真剣に考えるのであった。





3 商売



「話の途中の、さらに途中だったな。それで、ガオはどう思う?」


「忙しいんだ。邪魔するな」


 ディスプレイでは少年が、布団をかぶって丸まってる。枕もとには、たくさんの酒瓶とコップが転がってる。顔もみたくない心境あからさまのガオである。


「真剣に考えろ。ぼくたちの、これからの方針だ」


「ああ? どの口がいってやがる」


 布団をはぐって現われた。顔には真っ黒のサングラス。上半身は長袖白シャツ、下はステテコ、黄土色の腹巻に両手を突っ込み、「おうおうっショバ代払え」とつまようじをくわえてる。


「どこの世界のチンピラだよ」


「話ていうんは闇の一族のことだろう べらんめぇ。司る者ハングラーは、復讐だの麦だのと、いろんなこと説明してうやがったけど、ごっちゃ煮でよくわかりやがらなかったぜ、コンコンチキ。吸い取った国の資源にして、再建ーっとも言ってやがったなアルな。これまで常識だと信じてた世界がひっくり返った……返りやがったぜよ! もってけドロボー」


 ガオの前にはテーブルの上に山と載せたバナナ。その端っこを、竹の棒でばんばん、景気よく叩きながら、借物の悪ぶった台詞をならべたてた。


 ピコバールは、軽戦車にもたれかかると、見飽きた景色をながめて、コップに注いだ水をすすった。


「いや、国にはいったら何を売るかで迷ってるのだ。うーむ美味い」


「世界の危機のほうを悩めよ! それとスルーするな」


「レイヤーさんじゃないけど、お金は大事。世界より大事。世界はほっといてもなんとかなるけど、ぼくは何も食べないと2日で死ぬ自信がある。ぼくの死は世界にとって損失だ」


「よくそこまで、自分を買いかぶれるもんだ」


「そんなに、ほめるな」


「あきれてるんだ! 照れるんじゃない!」




3 メンテナンス




「たしかに金は大切だ。オレのメンテナンスも無料じゃできないと聞いたしな」


「ん? ガオは自動修復機能つきだぞ」


「ウソ言うな マニュアルは熟知してるが、自動修復なんかなかったぞ」


「お掃除は10年に一回。お掃除ドクターがやってくれる」


「オレは、エアコンか」




4 お腹




「何を売るかというと。パンだな。カザリア仕込み、ぼく製パン」


「     え     」


「なぜ固まる」


「国を滅ぼす気か。自分の腹を壊すだけにしとけ」


「ぼくは生まれてこのかた、一度たりとも、腹を壊したことがない」


「ピコを基準にするのがまちがってた」




5 世界平和




「商売の基本は喜びだぞ。ガオ」


「ふむふむ」


「Aで買ったものをBの場所で売る。ある人にはいらないものでも、それを欲しい人がどこかに必ずいる。そういう循環が大切だ」


「なるほど」


「まずは、この見渡す限りはえてる麦だ」


「ほう、麦」


「ぼくたちにとって、ありきたりな物でも、外に出られない国の住民には珍しい。きっと高く売れるぞ」


「危険じゃないか。国の長が触ると国が吸収されるんだぞ」


「国の長に合う機会なんて、そうそうない。だから気にしなくていい。麦の加工品は大丈夫のようだし」


「わかった。でも麦だけじゃ淋しいだろ。ほかには?」


「ほかにか。ガオに挟まってた小石とか?」


「小石」


「カザリアのとこで拾ったような、棒きれとか」


「棒きれ」


「ぼくが着ていた服の布切れは、転売や-垂涎の商品だ」


「商売を舐めてるな。世界のために野垂れ死ね」



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