004-3 はじまりの国 2日目


 宿屋の食堂で、レッスンがはじまった。勉強嫌いと思われてるが、嫌いなのは歴史や堅苦しい学科で、魔法や体技、護衛実技などは、大好物である。

 いまは、一度も学んだことのないカリキュラムを、指導されてる。



・カザリア先生のお手本。


 「こんにちは。カザリアの店にようこそ」


・ピコバールの復唱。


 「こんにちは、ぼくは、あさだしょうたです」



 カザリアがため息をついた。朝食を終えてからずっとこの調子だ。ピコバールに脱貴族トレーニングとして、庶民らしい言葉使いを教えてる。店を休みにしてまで、つきあってるのだが、最初の最初でつまづき2時間あまりが過ぎた。


「……ピコさんや。耳はちゃんと聞こえてるかい?」


「問題ない。おそらく世界の誰よりも感度がいい」


 少女は真面目そのものといった顔で答えた。自分の教え方が下手のだと、カザリアは先に進むことにした。


「そう。じゃ次いくよ」



・カザリア先生のお手本。


 「鍋をお探しと? 家族は4人? なら、こちらの深鍋はどうですか」


・ピコバールの復唱。


 「鍋が欲しい? 4人住まいとな? しからば此の深鍋なぞいかがであろう」


・カザリア先生のお手本。


 「こちらのパンはいかがですか。手作りで美味しいですよ」


・ピコバールの復唱。


 「パンを買え。もちろん足では作ってないから安心しろ」


・カザリア先生のお手本。


 「お買い上げありがとうございます」


・ピコバールの復唱。


 「釣りはない。金をおいてとっとと失せろ」



 カザリアは、昨夜つくった手書きの教科書をぱたりと閉じた。じぃーとピコバールをにらみつけると。


「“いかがですか”が、どうして“買え”になるの?」


「いかがの“か”と、買えの“か”が同じだ」


「“ありがとう”が、“失せろ”なのは?」


「買った客は帰るのはあたりまえだ。いつまでも居座るのは客ではない」


「あーいえばこーゆー! どこに耳をつけてんの?」


「ここだが?」


 ピコバールは手のひらを拡げて見せると、耳が生えていた。


「ぎゃあああ! レイヤー! ガオ! 来て! ピコがピコが!」


 ガオとレイヤーが駆けつけた。


「どうした。おわっ?」


 腕や足に耳を生やしたピコバールと、その耳を千切っては投げるカザリアがいた。


「やめとけって昨夜言ったろ。ピコ菌に免疫ないんだから」


「菌、免疫。き、キミは病気もちなのか」


 カザリアの耳抜きに救援参加したレイヤーが、はたと、ピコバールから距離を取った。

 ピコバールがドヤ顔になる。


「ピコ菌は麻薬の一種。味わうほどに、より強いのが欲しくなるのだ」


「かかわらないほうがいいよ。絞め殺したくなるから」


「はっはっは。ギャグモードのぼくを殺せるか」


 カザリアが素手、レイヤーがヘルメッド、ガオが20㎜砲。それそれがピコを懲らしめた。




☆☆



「ありがとうございます。冗談はこれくらいにして勉強になった」


「言えるじゃないの! あたしの2時間を返してほしいわ」


「まぁこの子の場合、このしゃべりかたは味だな。下手な敬語はいわないほうがいい」


「“ゴリ飼いご理解”感謝しますわ」


「なんかバカにされてる気がするが」


「そんなことは、無いジュリア」


「……まあいいか」


 レイヤーはみんなに座るようすすめ、自らは背もたれを抱くように反対座りでついた。カザリアがお茶を用意。おやつタイムとなる。


「このミニパンも絶品だ!」


 ピコバールの絶賛に、レシピを教えるわと、喜ぶカザリア。

 レイヤーが切り出した。


「ところでキミらはどうするつもりだ」


「どうとは? これといった目的はないが」


 あえていうなら、末姫を探したり城へ戻ることがそうなる。だが茫洋とした麦道にヒントが落ちてるとはとうてい思えない。いっそこの町に落ち着いてしまうのも悪くない選択だ。


「食べていくには金がかかる。金に換えられるものはなにもないのか。雇われ仕事でもいいが、子供には酷なことが多い」


「そういわれても、仕事というのをしたことない。雇ってくれるなら、ここに置いてもらいたいが」


 同意しつつ、肩をすくめるレイヤー。


「雇いたくても客がこない。宿屋は開店休業だ。鍛冶屋もたいした儲けにならない。道具やはまぁまぁだが。いっそ鍬をもって農業に転職と思ってるくらいだよ」


「培った商売でも立ち行かないのか。自前で稼がないと野垂れ死ぬな」


「大道芸はどうだ? ピコは魔法がつかえるし」


 ガオの提案に、レイヤーは身を乗り出した。


「魔法かさすがわ貴族。商売になるかもしれん。何がつかえる?」


「水魔法に、火魔法、土魔法、風魔法……」


「そ、そんなにかい? ピコはじつはすごい魔法使いだったんだね」


 カザリアがお茶をこぼしそうになるが、まだ終わらない。


「……時魔法、付与魔法、それに」


 そこで、レイヤーが止めた。


「まった! 付与魔法は、誰かを一時的に強化する魔法だったな」


「人に使うのは苦手なんだ。物には付与できるけど」


「物に? こんなコップにも付与できるとか」


「よくやったは枝だけどできる。たとえば火魔法を付与すれば、5発とか“ファイアボール”の出るコップになる。やってみるか?」


「なんで火にする。コップは水だろう」


「もちろん水も可能だ。普通で面白くないが」


 ピコバールは、持ったコップに水魔法を付与。レイヤーとカザリアが飲んでみると、汲んだばかりの井戸水みたいで美味しいという。


「これはいい欲しがるヤツはきっといる。火の枝もいいな。クマ退治に役立つ」


「あまり期待はするな。初級だからそこまでの威力はない」


「付与は初級のみか。中級も上級もあるのにな」


「? ぼくの魔法は初級だけだ。中級なんか知らない」


「そういうものなのか。多彩な魔法がこなせるのに、ちぐはぐだな」


「あんた。商売するなら、荷物入れがないとだめだろう。少女ひとりじゃ身を護る武器もあったほういい」


「家に伝わるリュックのことか? 一個しか入らない容れ物がなんの役にたつ。それよりジャケットをやろう。カモフラージュラビットの革でつくった逸品がある。ほかになにかあるかな。みつくろってやろう」


「いや、誰もやるとは……」


 ふたりは楽しそうに道具やのほうへいってしまう。行商ならテントがいるとか、テーブルは折りたためたほうが便利とかナイフは必需品とか。籠に、出納長に、筆記具に、足の疲れにくい靴……。ピコバールがつかえそうなものを、あーでもないこーでもないと、売れ残りの道具をほじくり返す音がする。


「ピコ。商売をすることに決まったな」


「どこで決まるかわからないな。人生て」


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