004-2 はじまりの国 1日目 カザリアの宿
ピコバールたちが連れてこられたのは、商家だ。宿屋に鍛冶屋、それと防具と防具の店が3軒並ぶ。大きく凝った3階建てが宿屋で、防具と防具の店と、鍛冶屋が同じ軒に連なる。
「あんた! レイヤー! いるんだろ? 可愛そうな子を連れてきたよ」
町にはいってからの散々な言われ方に、ガオが笑った。
「ボロボロなピコは、かわいそうだってさ。ボコだな」
「略すな。否定はできないが」
置いてあった姿見に写った自分をみて、ピコバールは苦笑いする。思い当たることだらけだ。自己流で切ったドレス、浴びた泥、被った麦の粉。ガオの火力で焼き斬られ半分縮れた髪の毛。とにかく汚い。小僧と言われてもしかたない。
「どうしたカザリア……」
奥から、美味そうな匂いと一緒に、中年の男があらわれた。ピコバールに気づくと、時間が止まったように見惚れた。慌ててしゃべりだした。
「ど、どこで拾ってきやがった。死にそうじゃねーかシチューあるぞ。食わしてやれ」
「ゲートから来たそうだよ。どうすればここまで汚れるんだか。いいとこの子なのは、服の素材でわかるけど、じゃなきゃ奴隷の子供さね」
「奴隷て……」
「ピコが奴隷か。わははは」
「面白そうな機械もいるな。名前はあるのか」
「ガオだ」
「いつまで汚いカッコしてんだい。脱いで奥にある風呂にはいりな。入り方はわかるね。しっかりキレイに洗うんだよ」
「ガオ。お前はこっちだ」
「え? え? オレはピコのそばに」
「おめぇ、機械でも男だろ。女の子と風呂にいれるわけにいかん。鍛冶場に来い。いいモノがみせてやる。男のロマンだぜ」
「男のロマン!」
簡単に連れ去られたガオを見送ったピコバールは、言葉に甘えて風呂にはいった。洗っても洗ってもなかなか落ちない汚れを、どうにか落として、湯船につかる。王宮の湯殿には遠くおよばないが、ゆうゆう手足を伸ばせる広さがある。
「カザリアといったな。市井の人はみんなあんなのか。ガオもああした母親に育てられたのかな。ぶくぶくぶく……」
夫婦なのだろう。親切ぶりが至れり尽くせりすぎる。なにか裏がありそうだと、貴族らしい疑惑がうかぶ。まぶたが重くなってきた。気持ちよく温まってくると、裏もなにも、考えるの面倒になってきた。
「――っふはぁ! ぼくとしたことが」
12歳の少女は、驚いた。初めての旅に初めての町。はじめて尽くしのうえに疲労がたまってマヒしてる。見ず知らずの家だというのに、緊張感が薄くなってる。
「でよう」
出たがらない身体を断腸のおもいで、湯舟から引っこ抜く。置いてあったタオルで身体をふいてさっぱりキレイになった。衣装を着ようとしたがそこに脱いだドレスがない。
「やられた……こんな拘束手段があったとは」
ドロドロのべたべたでも唯一の服だ。ハダカで探しまわるわけにもいかない。
「鮮やかだ。美少女を狙った完璧な犯罪か。ふっ。名探偵ピコの出番だな」
服を取りもどしつつ敵を死地に送る方法。そんなことを思案していると、カザリアの声がかかった。
「あがったようだね。着てた服は焼いたよ」
「焼いた!?」
「ああ。余計だったかもしれないが、いま、高貴な出がバレるのは危険なんだ。そこの肌着と服を着ておくれ。お貴族さまにはお気に召さないかもしれないがね」
「へーい」
名探偵の出番はなかった。
畳んであった下着は木綿。ワンピースは町の少女が着るには落ち着いた黒だが、ピコバールは気に入った。着てみると軽くて丈夫。地位をアピールする目的のゴテゴテ重いドレスよりも、快活にうごける。
さすがのピコバールも、頭をさげた。
「なにもかもすまない。だがこの通り無一文。返せるもの何もないのだ」
久しく忘れていた温もりに、幸せな気持ちがこみあげる。カザリアに、なにかの意図がや目的があったとしても、感謝の気持ちに変わりはない。
そんなピコバールにカザリアは微笑む。目には涙が浮かんでいた。
「あの、どうしたのだ?」
「その服はね。町一番の仕立てやに頼んで作らせたのさ。娘の晴れ着としてね」
「そんな大事な服を? 娘さんは遊びに出かけてるのか。謝らないと」
「5歳のときに死んだよ」
「え? 着てるぼくは12歳だぞ。5歳て」
「バカみたいだろ。あの子が6歳になったらこんな靴を履かせたい、ピクニックにはこんな帽子が似合いそうだって。その服だって。12歳でパーティーに呼ばれとき恥をかかないドレスを着せたい。死んだ子の齢を数えるって奴さ。だわかっていても買ってしまうんだよ」
「そうだったのか」
「同じ年頃のあんたを放っておけなかったんだ。娘と重なってみえてね」
「やはり返そう。そんな大切な服は着られない」
「もらっておくれ。そのほうがいい。あたしが吹っ切れる」
ピコバールは、服を脱ぐのをやめた。
「……ありがたくいただく」
着崩れたドレス。カザリアは襟元を直してから、自分の涙をぬぐった。
「お腹がすいたろ。荷台に生焼けのおやきがあったが。あれしか食べてないんだろ」
「生焼けのおやき?」
そのような物には覚えがない。荷台にあるのは、麦と粉と手作りパンと、それを作った道具だけ。ピコバールは引かれて食堂に連れていかれる。宿屋といったが客がいない。時間が昼のせいだろうか。
「口にあうかわかないが、たんとおたべ」
30人は入りそうな食堂。4人掛けのテーブルの上に、たくさんの食べ物があった。
「ご、ごちそうだ! パンにスープ! ミルクもある! 食べてもいいのか?」
ならぶ食べ物からたちあがってくる湯気が鼻をくすぐった。見た目にも美味しそうで、口の中に唾液があふれてくる。
「こんな平民の食事をごちそうだなんて、苦労したんだねぇ。遠慮しないで食べな」
「いただきます!」
ミルクで喉を潤してから、パンを二つにわって、後で食べる半分を皿にもどす。ひと口大に千切ってほうばり柔らかさとバターの香りを堪能する。ほぅっと、ため息を漏らしてから、今度はスープを味わう。
全速でがっついてるつもりだが、隠しきれない貴族の気品。パンを割るしぐさひとつとっても優雅で、本当のごちそうを食べているようだと、カザリアは惚れ惚れする。
「ごちそうさま。これまで食べたどんな料理よりもおいしかったよ」
「レイヤーにも伝えとくよ。最高の誉め言葉だよ」
ガオが飛びこんできた。入り口を破壊しそうな勢いだ。
「ピコ。
「
「え!? なんでだ! オレが動けなくなってもいいのか」
「ぼくがなんとかしてやる。ダンプに載ってるのがそうだな。返す」
「いやだ。ちゃんとした
「不味くて悪かったなー。カザリア殿さっきも言った通りぼくたちは無一文だ。頼みの家も王宮も」
カザリアはピコバールの口に人差し指をあてた。
「しっ。それ以上は聞かない。言わないで」
「……。」
「町じゃみんなが殺気だってたろう? 町を出られなくなったのは貴族のせいっていいふらすヤツがいてね。そいつがいうには名前は忘れたけど、末姫さま」
もちろんピコバールは忘れてない。シルエット・シルアディーだ。
「町が孤立したのは、その子が呪いをかけたせいだってほざいていたが、嘘っぱちさ。姫様は12歳だっていうだろ。そんな子に、王宮魔導士にも難しそうなことができるはずなかろう」
それができてしまったのだ。ピコバールはこっそりつぶやいた。ガオとシルエットの偶然の連携プレイだが、ガオはこのとおりで末姫は行方知れず。
それにしてもあの場にいたのは3人だけ。自分たち意外に知る者はいないのだ。
食堂に、麦を抱えて嬉しそうなレイヤーが、やってきた。
「見ろカザリアっ。ガオに
「ほれ。物々交換が成立したね」
ぽんっと、頭を撫でられる。
「ピコだっけ? 悪いな。町のみんな頭に血が上ってしまって。貴族なら誰でも血祭りにあげてやるって息巻いてんだよ。生贄が欲しいんだとよ。オレや長がいっても停まらねぇ。いまもゲートで待ち伏せしてしてる。滅多なこと言うんじゃねーぞ」
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