003-3 旅のはじまり3日目


 翌朝もスッキリ目覚めたピコバールは、自作パンを食べてご機嫌だ。


「ぼくは天才だな。なにもないところから、パンを生み出した。もはや食の達人と言っても過言ではない」


「過言だろ。むしろ過言が怒る」


「ふっふっふ、そんなにほめたたえるな」


「幸せな脳ミソをしてるなぁ。ん? どこにいくんだ」


 ピコバールが麦の奥へはいっていくのを、ガオは呼び止める


「察しろよ ……お花つみだ。言わせるな」


 音量が小さいようだが、あきらかに張りあげた声だ。会話ができるぎりぎりの距離にいるのだ。


「動くなよガオ。こっちをふり向くのだめだ。音も聞くなよ。ほかのことを考えながら耳を塞ぐんだ。わかった? わかった?」


「注文が多いな。軽戦車がガキンちょ女に興味をもつと思うか」


「……」


 離れすぎず近すぎない程度に麦の中。しばしの無言の乙女は、食後の自然現象タイムをすごす。


 がさがさ。


 快調な朝の滑り出しを終えたピコバールは、元気よくガオの屋根の頒布トップにあがり、ギザギザにほつれたドレスで胡坐をかいた。

 

「みんな、ホントにどこに消えたんだろうな。それともぼくたちが、この世界に迷い込んだのだろうか。わからないことだらけだ。ガオ。真っすぐ進めるかい」


 ガオは、何も言わずに、ゆっくり前にでた。

 1分もしないうち、ピコは首をひねった。


「明らかに曲がって進んでるんだが、履帯クローラでも外れたか?」


 身を乗り出してみた履帯は正常だった。外れても歪んでもいない。


「ということは」


 ガオ事体がおかしいのだ。自慢のナビがあてにならないのは織り込み済みとしても、わずか1メートルも直進できずに右や左へ曲がる軽戦車。麦に視界をさえぎられてる点を割り引いても、ヒドすぎた。


「戦車が方向音痴。うぷ。気持ち悪くなってきた」


「これがオレの直進だ!」


 ピコバールはうーんとうなって、頭をガリガリ掻いた。相対に進んでるからダメなのだ。山のような、目印となる高い物を決めて目指せば、方向音痴は関係ない。だが、そもそも、高い山がある世界のままなら、ガオのナビシステムがイカレてない。その目印がないわけだ。


「堂々巡りって、こういうことをいうのか。本当になにもないのか?」


 目を凝らし、果てしなく続く麦の草原を、じっと見渡す。そして、ひとつだけ、消滅してない指針に気がついた。ピコバールは、天上でサンサンと輝く明るい物体を指さした。


「進路は太陽だ。いけガオ戦車」


「バカなのか?」


 太陽は山より高くて見失いことはないが、動かざること山のようではない。惑星は自転してるし太陽のまわりを公転してる。当たり前である。


「ほかに候補があるか。あればおしえてくれ」


「わかった太陽だな。レッツゴーサン!」


 ガオは翻意は早かった。太陽をめがけ、一生かかってもたどりつけない行軍をはじめた。群生する麦で、橋と川は、とっくにみえなくなっていた。

 乗り物酔いの気持ち悪さから解放されたピコバールは、時間をもてあまし、思いついたように、麦をごっそり抜いた。数本づつの束にまとめ、陽に熱されたダンプに並べていく。


「とある筋によれば、麦というのは乾燥させたほうが粉にしやすかったはず」


「そうやってピコは荷物を増やす。じつは知っていたけど黙ってたんだ」


「嬉しいだろ? 食生活が豊かになって」


「ピコはな。オレに麦はいらない」


「ゲガロンマイトと微光式ソーラーだっけ」


「そうだ。魔石のゲガロンマイトは大きな街でないと売ってないけど、微光式ソーラーは太陽からエネルギーを得られる」


「無尽蔵でよかったな。ガオが動けなくなったらひとりで行くところだ」


「人でなしかっ」


 地面に近かった太陽は時間とともに昇っていって、いまは真上。ダンプに乗せた鉢には作り置きパンがいくつもある。お腹がなった。そろそろ昼かなと、屋根から下りようとして、ふと、1時の方角に違和感が。いきなり叫んだ。


「が、が、がお! がががお! あっちあっち!!」


 屋根の上で元侍女は、奇声を発しながら、ぴょんこぴょんこ、ジャンプ。


「跳ねるな! 破れたらどうする! あっちあっちて。火魔法で曲がった根性でも焼いたのか。以後、オレの頭は火気厳禁とする」


 ガオが怒鳴って急停車。停止した惰性でピコバールはまえのめり。麦の中へと真っ逆さま。


「いきなり停まるな、いててて。それより道だガオ! あっちに道を発見」


 ひねった首をこきこきまわしながら、立ち上がり、パネルのガオに訴えかけた。


「道? こんな人気のない平原に? 居眠りして夢でも見たんだろ」


「寝ながら火魔法放って跳ねたと? ぼくは曲芸師か。いいから行ってみよう」


 ガオは、怪訝そうなジト目でモーターをうならす。気乗りしない様子だが、どのみち、行くあてなどないのだ。ピコバールの指した方角へと、ガオはクローラを回すが。


「あれ。前に、進まないん、だが。ぬごごごお!」


 回転全速。パネルの速度は時速50キロに達した。数字の上では進んでいるが、車体は動かない。藁や土をほじくって揺れるだけで、車体は一ミリも進まない。

 

 なにがおこってるかわからない。初めての緊急事態に、ガオは完全にパニクった。動画は、顔色をなくして引きつってる。


「お、オレは。おれはーーー!」


「ガオ。いったんストップ」


 ピコバールは冷静だった。冷静に、頭から浴びせられた泥と藁をぬぐうと、地べたにしゃがんで車体の底を観察した。ガオはまだ停まらない。


「停まれ停まれ。カメになってる」


 意外な言葉を聞かされ、やっとガオはクローラを止めた。


「カメ? オレにディフォメーション変 形能力はないぞ」


「視点を下部にもってこれないか? 車体が地面につかえてるんだ。がむしゃらにやっても地面がほじくられるだけだ」


「視点が移動できるのは上部だけだな。下部はセンサーだが、土がついたようで認識しない。そうか。オレ、このまま錆て朽ちるかと思った」


「せんさー? 凹みにハマってるよ。つかえてるのは藁だから、燃やせばすぐだ」


「燃やす? 火気厳禁ていったろ。やめ」


「静かに。気が散る……ファイヤーボール×10の、5セット」


「ぐぎゃああぁぁ」


 鉄の塊である戦車は、それ自体の火力のイメージもあって、攻撃に強いと思われてる。だが強いのは前面と、履帯を覆う鋼板だけ。敵と相対しにくい背後や上部は、意外にもろい。底部はいうまでもない。爆発のない炎熱ていどでびくともしないのだが、ガオは、精神的な疑似感覚が残っているようだ。


「戦車だろ。炎ごときに大げさな」


 火魔法を連発。車体につかえていた藁が焼けるともに、湿った地面が乾燥していく。スピーカーからは、割れんばかりのガオの悲鳴が平原にこだました。


「よしクローラが地面についた。前進いけるぞガオ。ガオ?」


「……オレ、しんだ」


「貫禄がでてきたな。これぞ戦車だ」


「ピコがいうな」


 煤けて黒くなった車体。クローラを動かしてゆっくり前進する。

 そして道にあたった。


「道だ。ほんとうに」


「麦が刈られてる。というより生えない? どっちでもいいがこれで、迷う心配がなくなったな」


「繋がった先が心配なんだけど。オレたち、どこにいくんだ?」


「さあね」


「道に聞いてみなよ」


 ぽんと、手をたたくピコバール。


「その手があった! もしもーし」


「聞くな!」

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