ピコと戦車と麦の道

Kitabon

1章

000 世界が分かれた日


 末姫のシルエット・シルアディーは、背丈よりも高く育った麦のなかに息をひそめ、耳をすませる。自分をさがす足音が聞こえなくなってから、ゆっくり100を数え、ようやく大きく息をすった。


「どうやら、まいたようね」


 植えた麦が茂って、麦畑みたいになってるここは、城内の端にある花壇だ。さらに100を数えた末姫は、麦をかきわけて花壇をでる。


「魔法を深めるほうが有意義よ。どうして歴史なんて眠い勉強をさせるのかしら」


「そうか? 歴史を知るのはいいことだぞ」


 麦の中にいたのは自分だけ。人の気配どころか、虫の羽音すらしなかったのに、かき分けて出てみれば、すぐ横に人がいた。同じ年恰好、同じ長い黒髪、ドレスではないものの、顔たちの6割は末姫に似た人間。末姫は腰が抜けるほど驚いた。


「あっぎゃああ!?」


「あなたの侍女が迎えにきたというのに、なにを驚く」


 末姫はとっさに、魔法の杖ワンドを取り出して。侍女へ攻撃した。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


「うげっ うげっ うげっ あぁ~れぇぇぇ~……」


 至近距離だ。放たれた火の弾は外れようもなく全弾命中。侍女は、あられもない格好でふきとばれる。放物線を描いて植え込みを越えて城壁に衝突。ずるずると、地べたに沈んだ。


「はぁ はぁ はぁ……」


 しゅうぅぅ……杖先から魔法の残滓煙がたちのぼる。起き上がってる様子がないのをみて、末姫は、ほっと視線をここにきた目的の建物、魔法工房へ移した。


 静かだ。鍛冶屋と研究室をあわせ持つ工房からは、いつもの喧騒ない。工房長親方は忙しいひとで、研究のかたわら、王族や貴族の魔法道具指導に、末姫たちの家庭教師とつとめる。文献をあつめるために国内を飛び回ることもある。


 留守かもしれないが、覗いてみようと扉に手をかけたとき、耳に息をふきかけられた。


「先生がお冠だ。キツイ補修を課すと怒鳴りながら、羊皮紙の教科書を破り捨ててたぞ」


「ふっぎゃああああ、ピコバール!? どうしてピンピンしてるのよ!」


 ピコバール=シルクハンマー。末姫の侍女だ。侍女とはいうが、してることは勉強と遊びの相手。第3王妃である母の実家の、男爵家が、同じ年の娘がいると推薦してきたのだ。どれだけ痛めつけても、けろりとしてる。本気の遊び相手として、この上ない。


「ふっふっふ。ぼくは、異なる世界線に存在するのだ。ギャグという世界線にな」


 末姫はさじをなげた。


国王お父様にねだって首にしてもらおうかしら。物理的に」


 ピコバールは、ふふんと、肩をすくめる。


「父からも同じことを言われた。血のつながりとは恐ろしい」


「きっと伯父様、あなたが手にあまって国王父上に押し付けたんだわ」


「父は、自分のおよばぬ良き教育をさせたいと言ってたな。娘おもいな父だ」


「ポジティブだわあなた、どんな教育にも勝るわよ」


「はっは。誉めるな照れる。では勉強に戻ろう。ゆっくりのほうがいいな。ちょうど勉強時間が終わるくらいに合わせよう。その責任はもちろん姫にある」


わたしに責をおしつける侍女がどこにいるの……あー自分を指さないの。探しに来たのもエスケープの口実なのね」


 じつは侍女も歴史の勉強はたいくつで嫌いだった。


「バレないよう完璧な代役を置いてきた。私の席にはクマ人形。姫には赤鬼人形」


「バレるに決まってるでしょう! もう……あなたとのお話しは、いつも疲れるわ」


「ぼくは元気だ。姫をからかうのは楽しいぞ」


 ピキっ。


 末姫12歳。可憐なおでこに青筋が浮かんだ。取り出した魔法の杖ワンドが火魔法をふく。こんども命中。黒こげになって突っ伏した。


 末姫は、つま先でつついて動かなくなったのを確認。しかし、まばたきの一瞬、侍女は復帰。すぐ隣りにたっていた。怪我もなく焦げもない、被害の欠片もない平易そのもの。


「……まあいいわ。いつものことだし。中へ入るわよ」


 それでいいのか末姫。作者は気になるが、彼女にとっていつものことらしい。

 主従は、工房の中にはいる。誰もいないが、外光の入らない内部に灯りが点いてる。


「人気がないわね」


 そういう末姫の目は忙しい。工具や魔法の素材、作りかけのアイテムを、ゆっくりと観察。親方たちがいたなら、危険だからと近づくことも許されないが、いまは見放題、触りほうだいた。歴史なんかよりずっと楽しい。さぼった価値があった。


「これはなにかな。戦車にしては小さいけど、人が押す運搬車にしては大きいわね」


 興味津々で、妙な乗り物(?)をべたべた触ってると、いきなり奥の扉があいた。


「さわるな! ゲガロンマイト魔鉱物稼働生体魔石コア型魔法軽戦車 試作0号だ。あと魔法弾リボルバーをガメるな」


 説明くさい名称を怒鳴りながら現れた人物に、侍女の対処がすばやかった。リボルバーの棚から横っ飛び。末姫をかばう位置で魔法の杖ワンドで攻撃態勢に移行……したところで、知り合いだと気がついた。


「魔法機械職人ガオ・ラオン。口が過ぎるわよ。私じゃなかったら打ち首よ」


 ガオ・ラオンは、悪びれない。


「姫でもなんでも危険なものは危険だ。だいたいお前らはオレより年下。あとそこの侍女なんかもっと口が悪い。これらを合計すると、オレのほうが偉くなる。敬え!」


「姫様。こいつの言ってる意味がわからない。丸焼きにしていいか」


「美味しくなさそうだかやめなさい。それにあなた初級しか使えないじゃない。リスだって殺せないわ」


「ふっ。命拾いしたな小僧」


 侍女は、魔法の杖ワンドを口もとに立て、マッチを消すように息をふきかけた。


「おい姫。こいつバカなのか」


「侍女をやれる人材がバカなはずないじゃない。ただ……変態なだけよ」


「姫も変態も邪魔だけはするな。親方たちがいない今がチャンスなんだ」


 ガオは、ばたんと扉の奥にひっこんだ。来るなオーラがブンブン漂うが、楽しそうな気配を逃がさない末姫は侍女ごと、部屋に押し入る。


「それで敬うべきガオちゃんは、なにがチャンスなのかな?」


 ひときわ暗い八角形の部屋は魔法陣の研究室だ。八方の燭台に灯されたろうそくが、秘密儀式めいた空気を醸し出してる。


「この魔法陣のことかな?」


 床いっぱいに描かれた魔法陣。記号と文字から成る幾重もの円。その中心に2房の麦穂が、十字に重ね置かれてる。


「くるなって言ったろ。関係者以外立ち入り禁止。とっとと城に戻れ」


「何をしてるかおしえてくれたらね。置いてあるのは遮光に開発された麦ね」


「日照り対策に親方がつくった麦……だ、誰が言うか」


 ガオのまえに、もみ手をしながら侍女がしゃしゃり出た。


「姫様の口は、お軽くあそばしてる。土産がないと滑るかもだぞ。王陛下の前で」


「チッ……悪魔みたいな侍女め。姫に似てる」


「失礼ね。私はもっと素直だし優しいわよ。それで、麦をどうするつもりなの?」


 どこが優しいんだ。肩をがっくり落としたガオは、途中だった魔法陣を描き足しながら、ぼそぼそ説明する。


「親方たちは、麦が光をさえぎってるって信じてるけど。オレは貯めこんでると考えた。膨大なエネルギーが麦の中に凝縮されてるとね。実験してるのさ。光を取り出せないか」


「おもし……いえ有意義な実験ね。私に手伝えることないかしら。これでも上級魔法使いなのよ」


「素人の手は借りない。これ描けば完成だし」


「私のことバカにしてない?」


「バカにしてない。邪魔にしてる」


「キミ、うちの変態と馬が合いそうだわ」


 ガオは慎重に、魔法陣を構築していく。文様には、姫が知ってる文字もあれば、見たこともないつづりもある。見慣れた記号と知らない文様の組み合わせが面白い。ユニークだが、理にかなった配置だと思えた。


「ふわー。飽きてきた」


 侍女の欠伸が5回になったとき、ガオが大きく息を吐いた。


「完成した!」


 数秒目を閉じての精神統一。ガオの指先から魔法陣に魔力が流れると、一番外側に描いた輪が小刻みに点滅した。それをみた侍女が後ずさる。


「姫様、私は外の見張り役を引き受ける。危険そうだから逃げるわけじゃないぞ」


「出てていいわよ。しっしっ」


 侍女が退室していく間も、魔法陣の稼働段階は進んでいく。輪の光に目を凝らすガオ。


「……サークル1、サークル2、よおし!」


 拳にぐっと力がこもる。陣の輪は全部で6つ、そのうち2つが順調だ。


「いい感じなの?」


「いい感じだ。……サークル3……サークル4……あれ? サークル4が光らない」


「ひとつ跳び越えて5番目の輪が光ったわ。あ、1番の光が鈍くなった」


 姫が首をかしげた。順調に稼働していた魔法陣、みたところ、構築の記号に不自然な点は見当たらない。どんっ と背中を強く押された。少年が、押しやったのだ。


「姫様になにをする」


 そういうことには敏感な侍女が、魔法の杖ワンドをかまえて扉をあけた。少年は叫んだ。


「姫を連れてここから離れろ!」


「それはつまり?」


「……失敗だ。」


「危険がヤバいな。逃げるぞ姫」


 侍女の気持ちの切り替えが、清々しい。手首を引かれたが末姫は逃げるのをためらう。


「が、ガオはどうするの」


「大丈夫。なんとか止めてみる。気にしないで行け」


「そうなの。不安なら大人を呼んでくるわよ」


「万事問題なし」


 侍女にひっぱられて部屋から出た。工房も出ようとしたが、止める方法というのが気になり、侍女の手をふりきった。奥の部屋にもどってみると、そこは恐ろしい状態だった。暴走を止めようとしてる少年の手が、黒い光に取り込まれようとしてるのだ。姫が叫んだ。


「危ない! 逃げなさい」


「ダメなんだ」


 ふりむいたガオの、最後の微笑みは、どきりとするほど印象的だった。輝きを強くした陣は、少年の肉体をおおっていく。

 麦が発生した光につつまれた身体は、みるみるうちに小さくなっていく。人であった姿は崩れ、丸みをおびながら縮小、さいごには拳ほどの小さな塊となって光は消えた。円陣も消滅し暴走は収束した。


「……魔石になってしまうなんて」


 死んでしまったのか。そっと魔石をとってみると、わずかな脈動があった。姫はほっとするとともに、工房長の言葉を思い出した。


『魔法実験で命が魔石の魂になってしまうことが稀にありますが――』


 魂は無事で、封じ込めらてれるだけのようだ。そして言葉には続きがある。


『――その状態は長くもたず、魂は心をもたない魔石となります』


 魂は数分で召されただの魔石になる。魂が消失すれば死ぬ。


「死ぬなんてそんなの許さない。私のせいでもあるわ。ガオは元にもどす」


 工房中をみまわすと、余った麦が目にとまる。少年の仮説が正しければ、麦のエネルギーで魂をもとに戻せる……かもしれない。身体が石になったんだから、石が体になったって変じゃない。分の悪い賭けなのは分かってるけど、ほかに思いつくアイデアもない。


 姫には自信があった。魔法は中級までしか使えない。でもそれは、師が上級魔法を学ぶことを拒んでいたせいだと、決めつけていた。やればできるんだと自分に思い聞かせる。


「逆転させてみればいいかも。ほかに思いつく方法もないし」


「誰か呼んでこようか」


「もうそんな時間はないの」


 師や魔法の手練れに助けを求めればどうにかなるかもしれないが。いまここに居ない。自分でどうにかするしかない。


 姫は、。円の順番を外と内とを逆にした、魔法陣を構築していく。学んだ知識とガオの陣を思い出し、それを必死に組み合わせる。


「ここを、こうだったかな」


 かなりの急造だ。文字が崩れてる。計算式の数字がキレイじゃない。怪しいところが多すぎる。それでも、これがいまできる精一杯の魔法陣だった。これをみれば、堅物の師だって姫の評価を改めること間違いない。それくらい会心の出来だった。


 中心に麦を置き、少年の魔石を上に載せた。


「まっててね。すぐに助けてあげるから」


 魔力をこめた指先が触れ陣が光りだすが、まだ弱弱しい。


「私の魔力だけじゃ足りない」


「しょうがない助太刀する」


「助太刀? 初級しかできないのに」


「父はよく小ばかにしてた。魔力の出口は小さいくせに、どこまでも長い竹竿みたいだと。ちょろちょろしかでないが魔力総量はランゼル湖並みだそうだ」


 ランゼル湖は王国最大の湖だ。日照りの時は水を流し、大雨のときは貯える。付近の民は守り神として信仰の対象にしているくらいだ。


「つまりわたしは間接的に守り神」


「信じるてあげるわ。うさんくさいけど」


 侍女が手を重ねた。逆転だから、最初は外側のサークル1からではない。内側の6番をみつめる。


「……やった! サークル6の光が強くなった」


 サークル6……サークル5……サークル4……サークル3……。


「残りはサークル1。うまくいって!」


 サークル1が光った。麦も輝いたが、光の色がさきほどと違って黒い。青く光るはずなのが黒い。漆黒の暗さで潜るように地を突き通って、亀裂をつくった。


「だめーーーーっ!」


 姫の悲鳴は裏切られる。


 麦は影を生みながら、床を十字に切り裂いた。工房を破壊して外へとびだした。生垣代わりの麦と繋がると、それを起点に麦から麦へ縦横に広がる。城ひさしとして、要所に植えられた麦同士が、点で繋がり、それは線となって黒い裂け目をつくっていく。城から城下、町の外、王都、王国、世界へと、地を引き裂いていく。


 ひとつだった世界がたくさんの国に分かれ、地に沈んだ。

 国の数は1000余り。それを麦の草原が覆い隠した。

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