008 砦の国 1日目




 風に揺れる麦の草原。遠く見える丘を越えた先にあるのは丘。果てなく続くようにみえる麦穂の道を、ひとり乗り軽戦車がゆく。拳銃と短剣をぶらさげた旅人はピコバール。小さな荷台に載ってるのは、旅の荷物にしては小さいがひとり用にしては大きなリュックだ。


 軽戦車のガオが聞いた。


「ねぇシル」


 ピコバールが応えた。


「シルじゃないけど。なんだいガオ」


「ごめん。次の国は水が豊富だといいな」


「さてね。いってみないとわからない」


「絶対そうだって。泥だらけの車体ボディをキレイにしたいんだ。この前の国で汚れたまんまだからな」


 履帯ゴムクローラにもサイド泥除けフェンダーにもこびりついてて、長旅ですっかり乾ききってる。薄い泥幕のせいでヘッドライトは茶色だ。操縦席の床にもこびりついた泥があった。


「たしかに汚い」


 つま先でこすってみた。ほんのすこし落ちたたが、石のように固まって削れるものではない。


「水だったらとれるかも。かけてくれない?」


 ガオはそう言って停車した。


「ぼくに無料奉仕しろと」


「いつも無料で乗ってるだろ。たまには仕事しろ」


「空席を埋めてやってるんだ。人の乗らない乗り物は廃止になるんだぞ」


「ひとを路線馬車みたくいうな。水だ水。洗い流してくれ」


 ピコバールは、どっこいしょと、たっぷり10秒かけて操縦席を降りると、長い水魔法の呪文を詠唱した。


「大地に等しく恵みと災禍を与える水の精霊たちよ。矮小な我が名のもとに集い僅かながらの施しをくれたまえ。それでえーと。なんたらかんたら―― 」


「詠唱はいつも短縮するか言わないくせに。性格悪っ」


「―― ウォーターボール」


 水魔法が発動。しょぼぼーと、疑似杖モックワンドから水が流れでて、ダンプ横にかかった。


「泥、落ちないぞ。出し惜しみしてないで強いのだせよ」


「これで精一杯なんだな」


 魔法は初級、中級、上級、最上級とあるが、パワーに劣るピコバールがつかえるのは初級だけ。湿って軟らかくなった泥は、融けてだらだら流れてだし、中途半端なまだら模様をつくった。


「迷彩カラー完成。ぼくとおそろいだな」


 いつだか道具屋でもらったピコバールの迷彩ジャンパーは、カメレオンのように景色に溶け込む。いまは小麦色だ。


「ぎヤお? かえって汚くなってしまった。元にもどせ」


「クーリングオフは受けつけない」


「ぬあああ! キレイになりたい! 洗車機が恋しい」


「そりゃいい。戦車の洗車機だ。あっはっは」


「むかっ!」


 ガオはダンプがせり上げ、20㎜砲を展開して、砲撃。戦車とは思えない3秒フラット早業にピコバールは逃げられず、超近接の砲撃が命中する。ヘルメットと本人は、未踏の麦原へと吹き飛んだ。


 たしかに吹き飛んだ――作者も確認した。


「いきなり撃つとはひどいじゃないかガオ。死んだらどうしてくれる」


 だが、むくりと起き上がって、ぶーたれるピコバール。


「いや、なぜ死なない」


 事態は緊迫。そんな二人のうえを、のんびりと浮浪雲の影が、追い越していった。


「ギャグモードのぼくは、不死身なのだ」


「わけがわからん」


 ガオはあきれて再び走りだした。操縦席に舞い戻ったピコバール。ときおり手を伸ばして、沿道の麦に一束ひきぬく。麦は短剣で適度な長さに整えてからリュックのにしまう。


「ピコほこらだ。ぴこらだ!」


「略すな」


「見えるだろ?」


「あー見える。これまた奇怪な二つに割れたまんじゅう型だ。お腹がすいてきたな」


 やがてふたりは吸い込まれるように祠の中へとはいった。国は麦の平原の下にあるようだが、よく分からない。国へと繋がる道はなく、まったく別の場所に転送されるのだ。


 通常は、国外れの人気のない入口に送られる。だが今回は建物の中。3人の男たちにいきなり取り囲まれた。 ピコバールは腰に手を当てて、慇懃に礼例をいう。


「にぎやかな歓迎、いたみいる」


「きさま村人ではないな。何用で中央砦に現れた? 短剣とリボルバー。武器を所持するかぎり子供扱いはしない」


 銃を向けられ剣をつきつけられる。正面から剣をつきつけてるのは、厳つい中でもとくに厳つい、ベストオブ厳ついな髭づらの男。ピコバールは降参の印として、両手をあげた。


「ぼくはピコバールこっちはガオ。旅する移動販売をやってる。ずいぶんと立て込んでるが、祭りでもやってるのか?」


 中央砦は石造りの広い空間。大勢の、簡素な革の鎧の男たちが数人ずつのグループをつくって散らばっていた。祭りのにぎわいは皆無だ。


「なめた口をきくガキだ。移動販売のくせに運搬車にはリュックが1個だけ。怪しいことこの上ない」


 髭ずらの剣に力がこもる。

 だが銃の男が、いさめた。銃口を下げる気配がした。


「まてまて、聞いたことがあるぞ。国をつなぐ麦の道を行く旅人がいるって話だな」


「それならオレも。なんでも国から国に渡れる神に愛された特別な人間だとか。俺たちの真ん中にいきなり現れたんだ。本物かもしれん」


 そう言われた髭面は、あきれ顔で二人をみやった。


「尾ひれのついた噂だ。国は出ることも入ることもできん。どこから来たガキ。正直に吐けば、内容いかんで解放してやらなくもない」


「そう言われでも。ぼく以上の正直者はいないけどな」


「ピコ。悠長こいてないで逃げようよ。銃に撃たれると痛いだろう」


「それは悪手だガオ。逃げたら殺される」


「ギャグピコを殺せる人間がいればね」


 いつものやりとりは、喉元に剣先があっても、背中に銃口がつきつけられても、変わらない。だが男たちは腰をぬかすほど驚いた。ひとりなど尻もちをついて動けなくなってる。


「げ…… そいつ話してるな。話せるのか」


「始めにガオって紹介したはずだけど」


「自転車に名前を付けるやつもいるから、そういう手合いかと」


「き、記録した声を流してる、とか?」


 腰を抜かした男が、恐る恐る、ガオに触れた。


「いやいや、オレはオレだよ。録音じゃないから」


「想像もできない技術だ。本当に旅の人なのか? 本物の? 失礼した」


 髭も合点がいったようで、剣を降ろして謝罪する。


「よく勘違いされる。ウソなんかついたことないのに」


「ホラはふくけども」


「うるさい」


「がっはっは。見事だ。それだけ声のバリエーションがあれば、会話してると同じこと。愉快なコンビというわけだ。これは天の導きかもしれん。西にこないか。報酬はだす」


「西?」


 首をコテンとかしげると横から、仲間を連れたスキンヘッドの男が割り込んできた。


「抜け駆けはねぇぞ西の。おいキミ東に来てくれ。報酬は西の倍だ」


「てめえこそ引っ込め。オレがオファーしたんだ。優先権は西にある」


「優先権だぁ? てめぇメルケルを誑かしたろう。おかげで昨日は押し込まれたたんだ」


「条件のいいほうに付くのが傭兵。オレの真摯な戦術と報酬に共感しただけのこと」


「なら、この少女はこっちに来てもいいわけだ。ねーちゃん。3倍出す」


「だれが渡すかよ!」


 取り合いになった。ピコバールの腕を、二人の男が、左と右から、引っ張ってくる。


「いたたたっ。腕が、うでがー、うーでーがぁーーー “ピコ忍法腕抜けの術!”」


 ウソ臭い忍術を唱えると、両方の腕がぬっぽぬけた。引っ張りあった男たちは、ひっくりかえった。


「……ピコ、いつの間にそんな仕掛けを」


「備えていただけだ。“こども争い”でひっぱられてもいいように」


 有名な大岡さばきだ。生みの親と育ての親が、子供を引っ張り合ったという。

 ピコバールがどこでそのネタを仕入れたか、誰もしらない。


「意味わからん」


 ピコバールの備えは置いといて、この国では西と東に分かれて何かをやってるようだ。入国早々で事情はわからないが、少なくとも祭りじゃない。起き上がった男が言う。


「俺たちゃ、戦争をやってる」


「戦争!?」


「この中央砦は、助っ人を雇う中立地帯だ。ほれ。あっちでもこっちでも腕のあるやつを取り合ってるだろう。日雇いでも稼ぎになるから、あたりの村は半農半武どころか、傭兵稼業で食えてる」


「ぼくらは物売りで、争いには参加しない」


 どちらかの味方につくということは、敵ができるということ。大義があってもなくても、恨みをかったり憂いが残る。後味がわるいものだ。ピコバールは面白いことは大好物だが、面倒ごとは嫌いであった。


「堅く考えなくていい。毎日、東西を変えるヤツもいるくらいだからな」


「そう言われてもぼくは、気持ちのいいウ〇コがしたい派なのだ」


「ドレス女子の口から、ウ〇コ。どきっとするな」


 頬を赤らめて身をよじる髭男が気色悪い。関わり合いを避けたいピコバールは、いますぐ国を出ようと相棒の操縦席に乗ろうとするが。


「ピコ、ピコ! こういうのを待ってたんだ! 二手に分かれて参加しよう!!」


「なに!?」


 パネル画もダンプも大はしゃぎ。こんなに好戦的なヤツだったろうか。戦車になって人が変わったようだ。


「相方くんは話がわかる。別々でもいいぞ」


「俺に異存はない。どっちがどっちにくる?」


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