008 砦の国 2日目




 東と西は、河を挟んでいくさをしている。なにを争っているかというと、ほかならぬ河の水だ。限られた農繁期。どちらが多く取水するか。毎年、本格的な作業が始めるこの時期、権利を賭けて戦っているという。


 主戦場は3か所ある浅瀬。2つ以上を制覇した側が、次期の権利を獲得する。渇水期は上流の堰から優先的に水を引けるのだ。


「ガオ。西にきてくれてありがとな」


「大きな河だ! 洗車してきていいか」


「近けば撃たれるぞ。あきらめろ。キミに求めるのは運搬力だ。荷物はいくらでもある。東の攻撃をかいくぐって、物資を運んでくれればいい」


 たしかに。河に沿って1キロほどの陣がにらみあっており、小集団の小競り合いははじまってる。洗えないうえ、運搬車あつかい。河の流れに喜んだガオは不機嫌になった。


「オレ戦車なんだけど」


「おもしろい冗談だ」


「冗談じゃない見ろ」


 隠された砲塔をみせてやろう。ダンプを揚げようとしたそのとき、どさどさどさりと、力自慢の男たちが荷物を積み込んでいった。食糧、火薬、薪、矢、槍などだ。


「物資、積み込んだぞ。行ってくれ」


「……どこにいけばいいのさ」


 スキンヘッドは概略図をひろげて行き先を指さす。


「これがいまの陣地で俺たちがここ。届けるのはこことここ、それにここだ」


「はいよ」


 眼下にみえる戦。投入される武装はバラエティに豊かだ。剣に盾に弓に槍といったオーソドックスな封建兵装のほか、銃弾も飛びかう。革を張った板は矢除け。数人がかりで支える鉄板が弾よけだ。

 魔道具でもあるガオは、多少の着弾じゃ傷もつかない。ゴム式クローラでとろとろ走っていく。





 中央砦をはさんで反対、東側の砦では、ピコバールひとりが仕事のレクチャーをうけていた。一緒に雇われた付近の村人たちは傭兵。戦慣れしてる彼らは、すでに実戦投入されて、もういない。


「ピコさんの武器は短剣と回転式銃か。手入れの生き届いた見事な武器だが、壊滅間際の接近戦用で、通常の真っ当な戦に出番はない。戦闘のほかに何ができる」


「魔法のアイテムは売るほどあるし、初級魔法が使える」


「アイテムは助かる全部買おう。初級魔法はしょぼいな。あーだがもし水魔法が使えるなら補給をたのむか。天幕を回ってくれ」


「初級の量でいいなら。ん? 水がない? あそこをクネッてるのは大蛇か?」


 砦の下には、ゆるやかに蛇行する差し渡し10メートルほどの河がある。


「取り決めでな。勝負が決まるまでは不可侵なんだ」


 争ってる水の抜け駆けはしない。高潔というべきか。不思議な取り決めである。そう思ってたが。


「敵に近い水際は互いに矢の餌食だ。取り決めがなくたって飲みに近づく奴はいないさ」


 聞けば当たり前のことであった。


「水樽をみたしていけばいい?」


「それでいい。魔力量は自分でわかってるだろうが枯渇して倒れるな。流れ弾にも気をつけてな。死んだら味方でもみぐるみ剥がされるぞ。誰も彼も飢えてるしとくに若い身体は……そういうことだ」


「だいじょうぶ。身を守るのはうまいんで」


 いつもはガオに持たせてるリュックを背負って、慣れない重さによたつく。


「おい、だいじょうぶか?」


「危なそうによろけてピシッと反撃。酔拳の極意だ」


「……すいけんがなんだか知らんが、しっかりたのむ」


 指南役の不安をよそに、よたよた歩くピコバール。点々とある東陣営の天幕に寄ると、空になった樽を水で満たしていく。


 戦場には女性がほとんどいない。ピコバールは貴重な少女成分として、先々でもてはやされた。好奇な目をむけてくる男や、からかってくる男。実害がなければ放置だが、たまに触ってくるヤツがいる。


「オレとデートしないか。夜は退屈させないぜ……あぎゃあ!」


 ハリセンで、男の下半身を打ち砕いてやった。


「希望するなら回復魔法で直してやる。割り増し料金で」


 なかなか儲かる国だった。


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