009 風の国 2日目



 朝一番の客は、燕尾服を着たガラの悪い男だった。


「ここか。移動販売所というのは」


 ピコバールだってPTOくらいは知識としてわきまえてる。たとえ気に入らなくてもお客はお客。物を売るには販売トークが必要であることも知っていて、サービスの真似ごともできた。


「いらっしゃい。魔法の杖と、ないと困る必需品を売ってます。だから買っていけ」


 麦の道なみに果てしなく遠い“スマイル0銅貨”だったが。


「ガラクタを必需品とだますピコ」


「だましてない。お客様が満足すればガラクタだって必需品だ」


「自分でガラクタ言ってるし」


 ガンっ!


 男がイライラして、商品テーブルに拳を落とした。

 特徴だらけだ。小さなシルクハットを乗せた怒肩いかりがた。びっくりマーク形のヒゲを蓄えたエラの張った頬。ままならない不具合にとどめを刺してるおちょぼくち。


「吾輩。コントを見にきたつもりはない。麦を売ってるガキがいるときいたがどこに隠してる」


 とがった口からもれるキンキン声が、頭にひびく。


「トラウマになりそうな美声は横において、麦はないですね」


「吾輩の声に惚れたことは横に置いて、ないことあるか。買ったヤツから聞いたんだぞ」


「昨日はあった。売れたからないんです」


「ピコって、いつもひと束しか売らないから」


「のあんだと! 商品をひと束しか置かない店がどこにある!」


「目の前にありますが」


「愚弄するか」


「苦労はしてます」


「……このガキ。吾輩に殺されたいようだな」


「普通に話をしてるのに、沸点の低いひとだなぁ」


「ピコが加熱したせいだろ」


 術師が肩のハットてをかけたそのとき、上のほうからから「こんにちわー」の声がした。見れば、たくさん飛んでる人の中に、案内をしてくれた女の子が、接近してきてる。急激に減速すると、塔の壁をひと蹴り。くるりと回転すると、ピコバールの隣りへ降り立った。


「商売はどう、ピコ」


「うん。お蔭さまで朝から客が押しかけてる」


「それはよか……」


 どんな人がと、女の子はふりかえって、見上げるように客の顔をおがんだ。


「……この人術師だよ。かまっちゃだめ」


 女の子は、小さな身体の細い両手をおもいきり拡げると、ピコバールを護るように、術師を通せんぼした。


「術師の人も、悪さしちゃだめ!」


「“悪さしちゃだめ”ってかー。かわいいのお。キッシッシ」


 術師は口真似でからかってにこやかに、シルクハットをくるくるまわした。


「吾輩、騒がしいガキは嫌いだ」


 魔法の呪文を唱えはじめる。やばいと感じた女の子は、高くあがって逃げようとしたが、呪文を唱え終えるほうが早いかった。シルクハットから跳びだした、10余りの石つぶてが、上昇する足を狙う。直撃はしなかったが、足を傷つけた。


「きゃっ!」


 集中を欠いて魔法の制御はできない。風を保てなくなった女の子はバランスを崩して、急速に落下。術師シルクハットをふる。地面についたときには女の子はネズミになっていた。


「潰れろ」


 術師の足がネズミに下された。くしゃり、と濡れた音がして、ネズミは動かなくなった。


「きっしっし。見たか逆らうものはこうなるのだ。おい。麦を寄越さないおまえもだ」


 シルクハットから風がおこると、残りの石つぶてがピコバールを向いた。ピコバールはまだ、いましがたの不幸な事態を飲み込めてない。避ける素振りすらできないまま、ほとんど命中。よろめいたスキに、ネズミに変えられてしまった。


「あ? あ、ピコ!」


「きっしっし――潰れろ」


 術師は、逃げるネズミをさっと捕まえて、そびえる飛翔塔へと投げつけた。


「やめろーーーーぉぉ」


 二匹目のネズミが潰れた。

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