009 風の国 3日目
ガオは一晩じゅう、行方をくらました術師を探し走りまわった。潰されたピコネズミを思い出すたび、レッドラインまで熱せられるモーターに、冷却装置はフル稼働だ。
「ピコ……術師のヤロウ。コロしてやる」
手あたりしだいに道行く人に聞けば、術師は、いくどとなく、子供をネズミにしては潰しており、風の国も威信と懸賞金をかけて捜索してるという。
正体不明。名前すらわかってない。神出鬼没。いつどこに現れるか予想ができず、現れれば子供がひとり消える。風の国に住んでるようだと、誰もが口をそろえるから。それは間違いないようだった。
ネズミ潰しはトリックだという人もいたが、見破れた者はいない。魔法もトリックも同じこと。ピコには、二度と逢えないのだから。
ゴムクローラー全速で探したが、うわさ通り、消息の欠片もみつけられない。狭い場所を通れないガオは、すみずみまでは探せない。
「……オレはなにもできない。ごめんピコ」
洞窟の丘にきていた。自慢のクローラは草や道の破片で汚れてる。パネルには、膝も頭をうずめるガオ。ヘッドライトが夜霧で濡れていた。
「きぃ~しっしっつっ」
じんわりと湿った洞窟。笑いを止めるに苦労しながら、術師は取引台帳をめくった。
「きっしっしっ、ごほごほっ……つぅ。いきのいいのが穫れたな。これは疑いなく、高値で売れる。金貨100かなー、いや200は望めるだろう。王都があったなら、貴族の称号に一歩も二歩も近づいたってものを。まぁなくなったもんは仕方ない。国を乗っ取る資金にしよう。夢が広がるなあ。きっしっし」
思いもかけずにゲットできた幸運に、重いカラダがウキウキ跳ねる。術師の足元にはその商品がいた。縛られて転がされた
「あたしを売りとばす気? このクズ!」
女の子が術師の足につばを吐いた。
「汚ないっ。躾けの成ってないガキはこれだから」
「すぐにバレるんだから。父さんや母さんがあたしを探してる。そうでなくても国中みんな知り合いなのよ。よかったわね。あんた捕まって死刑よ」
術師は唾を、ハンカチでぬぐう。シルクハットをふると、まず水魔法でしっかり洗い飛ばしてから、風魔法で乾かした。たっぷりと時間をかけて、裾の汚れがおちるまで、何度も何度も、呪文を唱える。
どうにか満足できるくらいに汚れが落ちた。おちょぼ口をすぼめて一瞬だけ微笑んだが、女の子と目線が合うと、笑みが停まった。
足を後へひくと。
「だぁれが風の国に売ると、言ったぁあ!!」
ろくに身動きもできない女の子の腹を、蹴りあげる。
「うがぁっ!」
「商品なら傷けられんと高を括ったか! 吾輩をなめるなっ なめるなっ」
「はがっ、うごっ、ふぐッ……」
ぷるんぷるん。上等な上着からはみ出た腹を揺らし、何度も何度もけりつける。
「んぐ……く、はぁはぁ。ウソだ。あたしでも知ってる。く、国を出られるのは旅の人だけ。ほかの国に売るなんて、できっこない。ふがっ」
「きっしっし。おまえの根拠はそれか。そうだな。ちょいと頭がいいと思ってる普通のバカはみなそう言う。“世界が分かれてから国を出ることはできなくなった”と。うりゃ!」
「のがッ…… はぁ、はぁ……」
「それができるのだよ。きっしっし。だってだって我輩、旅の人だから。きぃ~っしっ~し~しぃ!」
「ウソつくな。旅の人は3日しかいられないって。あんたは国から出たことない」
「不思議棚だなー。なぁーぜかなあー? ぼくちんが、国にいるの、なんでかなあ?」
相手が答えられないと知って機嫌が直る。くるりんくるりんと、3段餅のような体格をつま先で回転させる。
「ふっ。ぼくが答えるよ」
「誰だ!?」
「かんたんなトリックだ。おらかじめ捕まえて置いたネズミを取り出し、子供は転移させる。ふっふ」
「どーん! と助けに登場みたいに言ってるけど、貴様も捕まってるだろうが!」
がっちがちに、簀巻きに転がされたピコバールが、探偵登場みたいにやけにカッコつけてる。
「ピコちゃんもつかまったの?」
術師が、シルクハットでピコバールをつついた。
「ピコっていうのかこいつは。ガキはお家で大人の手伝いをしてりゃいいんだ。偉っそうに、麦も置いてない中途半端な行商で、旅をしてるんだって? だがまあ、おかげで、吾輩の金袋が膨んだわけだが。ふむむ。こんどばかりは、最初で最後の感謝しないとなあ。ほんで? 何を教えてくれると?」
ピコバールは、女の子をみながら、
「つまらないトリックは、まだあるぞ。この男はね、3日ごとに出入りしてるだけ。そして三つ目。旅の人は、1人だけ外に連れ出すことができる。それを悪用して子供を連れ去ってる。名探偵の推理は完璧だ」
「じゃあミッチも」
「元気のない小僧か。売り物にならをからぽっぽいた。ほれ、そこでおっ死んでないか」
「うぅ……」
「気に入らない。せっかく与えられた旅の資格を悪事利用するとは」
「与えられた資格? 我が輩に言わせれば呪いよ」
「見解の相違だな。ぼくは気に入ってるが」
「ピコ……その名に聞き覚えがあるが、どうせ貴様は奴隷として売る。その前に吾輩の魔法で懲らしめる」
術師が
日付は3日を満了した。風がそよぐ麦の道に、ガオが転移する。
「ピコ……バッテリーが破裂しそうだ」
ここが底なし沼なら、鉄の躯体を沈めてしまったろう。しかし直後、影が出現する。ピコバールだった。
「……ピコ? まさか、本当にピコ?」
「ほかの誰にみえるんだ」
「よかった! ネズミになって殺されたと思ったよ」
「あれはトリック。転移させてたんだ」
ガオの喜びは止まらない。ライトからウォッシャー液を流し、ダンプはがったんがったん。リュックは中身が飛びだしそうだ。
「よかった。うんうん。それで、その子は誰?」
ピコバールはひとりではない。ガオの知らない少年の手を握っていた。少年は気を失ってる。
「あのおさげの子の友達だ」
「ピコ……どういう意味か解ってるよね。麦の道に連れ出された人は、旅をするしかなくなるんだよ」
「術師のせいで死んじゃいそうだったから連れてきた。先のことはこの子が決めるさ」
「犠牲者ならしかたないか。術師のやつめ」
ふたりは男の子が目覚めるまで待つことにする。祠の裏。二人からみえない場所に何者かが転移してきた。
「吾輩、不死身。きっしっし」
術師はその場をそっと離れた。
ピコと戦車と麦の道 Kitabon @goshikaku
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