009 風の国 1日目
背の高い麦が風に揺れる草原が、どこまでも果てなく続いてる。丘は遠くにかすんでいて、越えた向うも丘である。そんな麦穂の中の道を行く、ひとり乗り軽戦車。頒布屋根の操縦席に乗るのは拳銃と短剣をぶらさげた旅人、ピコバール。
軽戦車なのに荷を運ぶダンプがあり。旅に欠かせない道具と売り物を詰めたリュックが跳ねていた。
軽戦車のガオは、ヘッドライトをぴかぴか点滅させてる。
「ねぇピコ」
ヘルメッドをかぶったピコバールの黒髪はショートだが、風に流れる程度には長い。梳いた指に絡んだ麦穂が、ひっかかる。
「なんだい? エネルギーを無駄遣いするガオくん」
「ああこれ? ピコのまばたきと同じだよ」
「発光してるのに見えてるのか? そもそも目はどこ。どんな器官で外をみてるんだ」
「ピコの頭の上あたりだ。視認する器官はないけど、その辺りから全方向がわかる」
「闇魔術っぽい。相対座標に視点を固定する魔法陣にそんなのがあったような」
「知ってる知ってる。親方に教わった……親方ってなんだ?」
「おやかた・ぼくには親の仇って聞こえたけど、とにかく羨ましい。着替えがのぞき放題だな。この軽犯罪者」
「軽・戦・車 だ! ピコとは口を聞かないことにする」
しばらく無言になったガオだが、黙っていられない性格のようだ。だんまりに飽きて話しだした。
「次の国は、爽やかだといいな」
「またか。いってみないとわからない」
「きっとそうだよ。捨てても捨ててもダンプに溜まる麦穂を吹き飛ばしたい」
「捨てるな。無料で乾燥と脱穀できてお得だろう。むしろ乾燥して製粉までしたい」
「もぞもぞかゆくなるからイヤだ。シミになるかもしれない」
「なぁ~にぃ~!?」
ピコバールは、どこからかだした臼を置いた。
それから杵をふりあげて、モチをつく。
「男は黙って針のむしろ! 男は黙って針のむしろ!!」
ジャケットの迷彩柄が、腹巻模様に変わってる。
「なんだそれ、どこから出した?」
「これだけは言わせてくれ……やっちまったな! 臼と杵は麦わらを編んでつくった」
「ときどき不思議になるんだけど、ピコはいったいどこでどんな生活をしていたんだ」
「ぼくも時々わからなくなる」
誰からも忘れられたエンタメネタに、素肌を気にする乙女ガオがツッコむ。
人生を無駄にしてる間に、軽戦車は進んでいき、登りの道が頂上にたっした。やや下って麦穂がまばらになったところで、視界が開ける。
曲がり道のむこうに、
「祠だ。天辺に風見鶏付き!」
興奮気味のガオ。
「とんがり三角な祠だな。どんな国だろう」
二人は中へいった。
洞窟に運ばれたようだ。前後に続く通路は暗くてじめじめ。
「暗いなガオ。閉所恐怖症とか暗所恐怖症とか言い出すなよ」
「そんな二重苦のヤツいるのか? ライト点けるぞ」
ピコバールはそれを手で制すと、ホルダーから銃を抜く。
「居場所をおしえることはない。遭遇する人が奴隷商人なら、うら若きぼくが危険だ」
「欠損してるピコを欲しがるヤツがいるか」
「うん? 五体満足だが」
「してるだろ。性格の一部を」
「はっは、うまいことを……誰がだ!」
風が吹き込んでくる明るいほうを出口と決めて歩いていく。数分後。なにごともなく洞窟から明るい広場へと出ることができた。小高い丘の上。みえたのは小さな町と、そこに並んだ建物の上を飛んでいく人々だ。
「飛んでるよピコ」
「ジャンプしてる。いや飛んでるんだ!」
「最初から飛んでるだろ。言い直す意味あるのか」
ぽかんと口を開けて空を眺めていると、ひとりの女の子が2人をみつけて、手をふりながら降下した。着地の勢いで、風がまきあがりピコバールの髪を吹き上げる。
「洞窟から出てきたからびっくりしたよ。旅の人でいいんだよね。ようこそ」
目を丸くするおさげの女の子は、ピコバールと同じくらいの背丈だ。ピコバールも負けずと驚き返した。
「びっくりはこっちだ。空から落ちたことはあるが、飛んでる人は始めてみる」
「あはは。風の国だもん飛ばないでどうすんのさ」
「風の国ってより鳥のような国だな。あ、羽根がついてないか」
「おっ荷物車がしゃべった! 誰か荷台の下にはいってる?」
「失礼な子供だな。オレはガオ。軽戦車だって言葉くらい話す」
「戦車? へぇ! みんなに自慢しよっと。じゃね」
女の子はすたたと、斜面を駆け下りていく。飛ぶための助走のようだが、ピコバールが行く手に回り込んだ。頭がぶつかりそうになるが、足が浮いた女の子が、グライダーのように跳び越える。きれいにぐるぐる転がる、器用な着地をみせた。
「見事なまわり受け身だ」
「あぶなっ! 怪我したらどうするの」
「ぼくは、怪我をしない体質なのだ」
「体質? キミがそうでもあたしがするよ! で、なに?」
「この国のことおしえてくれ。もちろんお礼はする」
「国のこと? お礼? うーん。先払いでくれるならいいよ」
ちゃっかり出された手。ピコバールは銀貨を一枚のせたが、眉が八の字で手は引っ込まない。一枚足す。八の字がゆるんだが、手は引っ込まない。
「貧乏旅人の貴重な路銀をむしり取るのか」
「人を乗せたゴンドラを2人で運ぶって仕事があるけど、一回が銀貨5枚なの」
しかたなくもう一枚追加すると、女の子はようやく手を引っ込めた。
「ども。といってもこの国じゃ飛ぶことを邪魔しなきゃ変わったしきたりはないんだ。あ……術師にだけは気をつけたほうがいいな。上から踏みつける行為はどんな罪より重い。あと、ここの洞窟は入っていけないきまり」
「無いようであるな決まりごと。洞窟から出てきたぼくたちはどうなる」
「旅の人はいいんじゃない。どっちかっていうと、狭くて飛べないから注意して入るなってカンジだし」
「キミはなんで洞窟に来たんだ」
「あたし? ちょっと友達のミッチがいるかと思ってね。町までおりるよ。飛んでついてきて」
「……飛べないんだけど」
「うそ。おっどろいた! 飛べないひとっているんだ。うーん。じゃ、ついてきて」
女の子はおさげを揺らして助走をつけると、風を呼びこみ、こんどこそ飛び上がった。
「ついてきてって。走ってか」
ピコバールは女の子を追って走る。上をみながら駆けるのは思いのほかしんどい。よそ見は見失いそうだから、乗りこむいとまもない。
「――はぁ、はぁ、風魔法を使って、はぁ、飛んでるんだな。はぁ」
女の子は速い意味でのマイペース。着いたピコバールにぺらぺら早口で説明。話が終わるくらいにガオが到着すると、次の案内場所へ飛んでいく。走って、案内に食らいつくのがやっとだ。
食堂、道具屋、パン屋。バランスよく宙に浮きつつ、紹介していく。最後に着いたのは飛翔塔。いつも人混んでるんだよーと言葉を残して、女の子は飛び去った。
「……ぐったり。こんだけ走らされて銀貨3枚。フィットネスクラブ詐欺に遭った気分だ」
「体力ないなピコは。いつもオレに乗ってるからだ。オレ乗りピコだ」
「否定はしない。そうだ。みせ、店を開かなきゃ。せめて元を取らないと」
円柱状をした飛翔塔は大きくて高い。この石を積み上げた建物をガオで囲むとすれば、20台は要るだろう。大きな広場の中心で、人でにぎわう国のシンボルは、飛ぶための高さを稼いだり、人込みに降りるリスクを避ける着陸の場として、機能してる。
よろよろなピコバールが店を開くと、“時間を5秒巻き戻す杖”と麦の穂が売れた。売り上げは銀貨3枚だった。
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