夢渡り
転生してから早くも十数年が経過した。
赤ん坊だった頃に比べて俺は満足に体を動かせるようになり、今では一人で家の中なら自由に動くことが出来るし、遠くに行かないという約束を守れば外に出ても良いくらいには大きくなった。
「……なんつうか、不思議なもんで色々と慣れてきたなぁ」
俺はそう呟き、改めて今までのことを思い返す。
突然に赤ん坊になるという形でこの世界に生まれ変わったわけだが、やはりこれは異世界転生とみて間違いはなかった。
人間ではないことに戸惑いはあったが、そんなものは数年で全く気にならなくなった。
「この尻尾とも長い付き合いだしな」
俺の意志に合わせるようにして動く尻尾、角と同じで淫魔としての証に今では逆に誇らしささえ感じている。
「異世界……異世界ねぇ」
数十年もこっちで過ごせば、人外としての感覚には慣れたしこの世界のこともある程度は知ることが出来た。
この世界には俺たちのような人外と、当然ながら人間も住んでいる。
ただ俺たち魔族と人間の間には大きな確執があるらしく、運命共同体とかのように仲良くはないらしい。
その辺りは俺が転生したと気付いた時に感じていたことだが、やはり異世界だけあって血生臭い争いは色々と起きているようだ。
そして、ここからが更に重要だ。
俺は淫魔として生まれたわけだが、この世界に男の淫魔は確認されておらず、全てが女性だけであり分類される種族名はサキュバスとして魔族にも人間にも伝わっているようだ。
「俺の世界だとインキュバスとか言われたんだけどな」
男の淫魔が居ない以上、インキュバスという言葉も存在しない。
だから言ってしまえば俺は異端中の異端であり、本来なら生まれるはずのない存在でもある――そこに関しては正直かなり不安があったけど、同族であるサキュバスは本当に優しい人たちばかりだ。
まあ、サキュバスとして男を誘惑し精気を吸い取るというのは変わらないようで、その優しさの裏で淫魔として申し分ない姿を見せているんだなと思うとそれはそれで興奮出来るんだけどさ。
「……うん?」
なんてことを考えていると、ふと鏡に映る自分に目が行った。
この世界の俺は雄の淫魔ということもあって、外見がかなり優れており、こう言ってはなんだが女を誘う見た目をしているなと思う。
真っ黒な髪と雄々しい角、翼と尻尾はともかくとして……体型もスマートだがガリガリというわけではなく程よく筋肉が付いている――おまけに、顔立ちはそこそこイケメンで流石淫魔って感じがする。
「ま、何か役に立つかどうか分からないけどさ」
そんな風に自画自賛をしていた時だった。
ドドドっと音を立てて何者かが部屋に走ってくる――バンと大きな音を立てて扉が開き、現れたのは幼くも美しい少女である。
「あ、起きてた。おはようライア」
「うん。おはようアリア」
あぁそうそう、この世界の俺の名前はライアといって結構気に入っている。
さて、俺の部屋に現れたこの子を簡単に紹介すると幼馴染になる子だ。
彼女も俺と同じ淫魔であり正真正銘のサキュバス――お互いにもっと小さい頃からの付き合いで、一緒に遊ぶことも多かった子だ。
まだ中学生くらいの年齢なのに、アリアの見た目はそれはもう凄い。
亜麻色の髪の毛であったり先端がハート型の尻尾など、色々とあるが……一番はやはりサキュバスらしいその抜群のスタイルだろうか。
そして当然のように超絶美少女……流石異世界すぎる。
「どうしたんだ?」
「暇だったから。リリス様にはちゃんと話を通してる」
「ふ~ん?」
暇だから……まあそうだろうな。
君が俺の部屋に来る時って基本的に暇以外ないだろうし。
「なんつうか……アリアとも大分仲良くなったよな」
「ムフフ♪ ライアのことを一番理解しているのは私だもん。当然だよ」
「ありがたいもんだよ」
嬉しそうに抱き着いてきたアリアの頭を撫でる。
俺より背が低いので頭が非常に撫でやすいのだが、お腹に当たるぷにぷにとした感触が本当にたまらない。
ただ、俺も淫魔という同種族なので彼女のことを最近はエロい目で見ることが減ってきてしまった。数年前なら小さい体躯に似合わないスタイルのアリアをエロい目で見ていたはずなんだが……俺も歳を取ったようだ。
(いや、そもそも母さんたちがエロ過ぎるんだよ。大人のサキュバスに襲われたら人間の男なんてひとたまりもないぞ)
アリアを見飽きたんじゃない。もっとエロい存在が近くに居たせいだ絶対。
(おまけに強いしな。かっこいいってマジで)
母さんや他の知り合いのサキュバスはとにかく強い、これも大事なことだ。
この世界のサキュバスは色気に全振りしているわけではなく、しっかりと能力の方にもステータスは振られているようでかなり強く、一度俺が魔物に襲われかけた時に母さんがキレたせいで森林の一部が消滅したほどなのだから。
「ねえ、今日は何をして過ごすの?」
「そうだなぁ……昼寝かな?」
「また?」
「良いだろ別に。よく寝る子は育つんだから」
「そうなんだ。じゃあ付き合う。そうすればもっと良い女に――」
「いやいや、アリアはもう十分に良い女すぎるから」
「……っ♪♪」
まあ、サキュバスはみなさん良い女すぎて全員に言ってるようなものだけど。
目の前で笑顔を浮かべているアリアにこれを言うと拗ねてしまいそうなので、一旦このことはしばらく言わないでおこう。
その後、俺はアリアと共にソファに腰を下ろした。
肩を寄せ合うようにしてお互いに目を閉じ……俺たちは眠りに就いた。
▼▽
さあさあやってまいりましたよっと!
俺はついさっき幼馴染サキュバスのアリアと共に眠りに就いたのだが、最近の俺にはハマっていることがある――それは人の夢に入り込むというものだ。
俺の世界で淫魔は夢魔とも呼ばれていることがあるように、他人の夢の中にいとも容易く入り込むことが可能だ。
ただ、本来ならこいつと決めたターゲットを見定め距離が近くないと夢に侵入することが出来ないみたいだが、俺は男の淫魔だからなのかは不明だが、どんな場所に居ても誰かの夢に入ることが出来る。
「へへっ、こいつが中々面白いんだよなぁ!」
人の夢、それはある意味で究極のプライベート空間だ。
そんな夢を無作法に覗くことに罪悪感は……感じない! 全く感じない! だって俺はもう人間じゃなくて淫魔だから。
もちろん残酷な光景を見たいとは思わないが、これくらいのことに対して遠慮する気持ちはとうに消えうせた。
「……そりゃそうだよな。常識をかなぐり捨てたようなサキュバスの一族の中に居たらこうもなるっての」
常識というか……そこかしこにエロの要素爆盛の女が練り歩いているんだ。
誰だってその中に一人の男として生まれたらこうなるって自信を持って言える。
「さ~てと、昼間だし特に面白そうな夢はなさそう……かぁ?」
なんて思っていると、俺は良さそうな匂いのする夢を見つけた。
匂いとはいっても別に淫魔として精気を吸えそうとかそういうのではなく、単純に面白そうな匂いという意味だ。
俺は転がっているその夢に近づき、そっと覗いてみた。
「あいつら……絶対にぶっ殺してやる! 俺をダンジョンに置き去りにしたこと、絶対に後悔させてやる!! 俺の中に目覚めた闇の力で絶対に……絶対に生皮剥いででも後悔させる! 必ず殺す!!」
その夢は正に憎しみに満ちていた。
ありとあらゆる憎悪を敷き詰めたような男の叫び……必ず殺してやると誰かに向けていた言葉に俺はテンションが上がっていた。
「テンプレ絶望経験主人公きちゃああああああああああっ!!」
意外というか、この世界には本当に色んな人たちが居る。
俺が夢を覗くことにハマったのは正にこれで、夢を見られている側からすればたまったものではないだろうけど、俺からすれば元の世界で溢れていた小説の主人公っぽいやつを見るのが趣味になっていた。
こっちの世界にはない元の世界の名残、それを感じるからこそ本当に楽しい。
(後少ししたら行ってみるか!!)
夢の中なら俺は何だって出来る――それこそ相手と話すことなんて朝飯前だ。
今までも何度かこういうことはしており、人生相談みたいなことだってしてきた経験もある。
このことに関して母さんたちは一切知らないけれど、俺は淫魔としての力を生かして人間の話を聞くことを趣味にしながら、前世の知識と創作物を読んできた知識を活かして彼らの相談に乗っている。
これがまた楽しくて……決して愉悦という感情ではなく、本心から楽しんでいるのは確かだ。
「お、そろそろ独白は終わったかな?」
ということで早速、彼の元に失礼しま~す!
俺は意気揚々と彼の夢に入り込んだ。
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