アリア

「抜き足差し足……忍び足……っ」


 夜になって、私――アリアは大好きな幼馴染の家に忍び込んだ。

 私たちサキュバス……淫魔とも呼ばれる種族は主に夜が活動時間なので、こうして他所様の家に忍び込むことに罪悪感なんてない。


「……あはっ♪」


 ベッドの上で眠るライアを見つけ、私の心は一気に桃色に包まれる。

 まるで目の前にすらピンクの花びらが舞うような、とにかく視界いっぱいに桃色が広がって彼しか見えなくなる。

 股がムズムズする感覚はもどかしいけれど、それを抱く相手が彼というのはとてつもないほどの幸せだ。


「ライア……ライアライアライア♡」


 小さく彼の名を呼ぶ――当然ながら彼は起きない。

 淫魔とは夜に生きる存在……だというのに、ライアは昔からまるで人間のように夜はしっかりと寝て日中に行動することが多い。

 私も彼の母であるリリス様もその生き方に引っ張られてはいるものの、やはり夜になるといつも以上に体に力が宿るので、どこまで行っても私たちはサキュバスだ。


「……あ~、マズいなぁこれ。すっごくマズい」


 何がマズいってとにかくライアに触れていたくてたまらないのだ。

 この火照った体を慰めるために、彼に触れながら気持ち良くなりたい……私は以前にリリス様と母にはしたないのかなと相談したことがあるけれど、サキュバスが何を気にしているんだと逆に怒られたことがある。

 それからはもう気にはしていないし、ライアが私は私らしく居てくれる方が一番良いと言ってくれたので開き直った。


「良い寝顔……どんな夢を見てるのかな」


 私はサキュバスなので他者の夢を覗くことが出来る。

 しかし、ライアの場合は彼が男の淫魔だからなのかは分からないけれど、彼の夢を私を含めて他のサキュバスは覗くことが出来ない。

 リリス様ですら無理なようで、どうやら夢に関するライアが持つ力は絶大らしいという結論が出ている。


「ライア、隣に失礼するね?」


 ライアに隣に入り込むと、まるで彼は待っていたと言わんばかりに私のことを抱きしめた。

 思いっきり甘えるように私の胸元に顔を埋める彼はとても可愛くて、もっともっと私に甘えてほしいと心が叫ぶ――股の辺り、既に大洪水だけど良いかなと思って私は足を絡めるように……腰を押し付けるようにライアに抱き着いた。


(あぁ……♪ これダメだよぉ♪)


 こうしているだけで心が全部満たされる。


「……うん?」


 眠っているライアは何かに気付いたように鼻をすんすんとさせている。

 サキュバスは発情すると辺りに甘い香りを放ち、否応なく異性を虜にさせる空気を発するのだが……それを嗅いだことでライアの様子に変化が起きたみたいだ。

 しかし彼と私は常に一緒に居ることが多く、私が何度も発情していることである程度の耐性が出来ているのもあるし、彼もまた同じ淫魔なので中々に曲者だ……彼が人間ならとうの昔に落ちているはずなのに! ぷんぷん!!


(……ライア……ほんと、昔から大きかったよね)


 大きかった……それは別に体とかアソコとかそういう意味ではなく、彼の心が私にとってあまりにも大きかった。

 昔、母に連れられて出会ったのがきっかけだった。

 母がサキュバスの女王であるリリス様の右腕ということもあって、その繋がりでライアに出会ったけれど、当時から彼はどこか年上のように見えた。


『俺はライア、よろしくな』

『う、うん……アリアだよ。よろしくね?』

『おうとも! いやぁめっちゃ可愛いな! 守りたくなるタイプだ!』

『そ、そうなの……?』


 なんてやり取りも凄く懐かしい。

 初対面とは思えないほどに彼に緊張は見られなくて、そんな彼を前にして緊張しているのが馬鹿らしくなるほどにライアは底抜けに明るく接してくれた。

 もちろんそれだけでなく、ふとした時の気遣いや頭を撫でてくれること……母に会えない寂しさの中で抱きしめてくれたこと、その全てが私を安心させてくれたのだ。


『みんな優しいと思ってるぜ? 俺だけが男として生まれたわけだけど、そんな異端の俺をみんなが受け入れてくれている……もちろんアリアもな?』

『そんなの当然だよ』


 そう、そんなものは当然だった。

 サキュバスは同族意識が強いのもあって、どんな存在が一族の中に生まれたとしても差別することはないと母に聞いた。

 それももちろんあるだろうけど、やっぱりみんなライアだからこそ受け入れて慈しんでいるんだと私は思う。


『おっと姉ちゃん! 財布落としたぞ!』

『力仕事は俺に……ぐぬぬ……ぬおおおおおおっ!!』

『転げたのか。痛かったなぁよしよし』


 どんな年齢層のサキュバスにもライアは態度を変えない。

 サキュバスのみんなはライアがリリス様の息子ということで不興を買わないようにと最初は気を付けていたが……優しいだけでなく、時に愛される悪戯小僧の彼を嫌うサキュバスなんてどこにも居なかった。

 嫌うどころか、みんながライアのことを気に掛けるようになるほどだった。


(でも一つだけ……不満があるんだよね)


 そんな素敵な彼だけど、私は一つ不満に思っている。

 それはライアが時々、他のサキュバスに対して鼻の下を伸ばすことがあってそれだけが不満! 確かに私はまだ子供だし、リリス様たちに比べればおっぱいだってあそこまで大きくないけど……それでもやっぱり不満!


「……アリア……むにゃ」

「あ♡」


 でも……寝言で私の名前を言ったのなら許してあげる!

 全くもう、ライアは私の夢を見ているのかな? 困った幼馴染だよね本当に……だからこそ、大好きで仕方ない。


『アリア、いずれは必ず吸精についても知らないといけない日が来ます。しかし他の男でそれを知れ、などと言うつもりはありません――あなたはあなたらしく、自分の素直に生きなさい。あなたが笑っていれば、母としては満足ですからね』


 分かってるよお母さん。

 私は確かにサキュバスだけど、他の男とするなんて……それがたとえ夢の中だとしても嫌だ。

 なんてことを考えていると、ライアが目を覚ますのと予感した。

 私は咄嗟に眠ったフリをする――これはお母さんも、リリス様すらも騙せるほどの私の演技力だ。つまり、確実にライアは私が起きていることを見抜けない。


(……え? ライア?)


 ライアが……ライアがあああああああああああっ!!


▼▽


 目を開けたらおっぱいが目の前にあったでござるの巻。


「ったく……また勝手に入ってきたなこいつは」


 俺に手足を絡みつけて眠っているのはアリアだ。

 彼女はよくこうして夜中に部屋に侵入してくることがあるのだが、それももう慣れたものだし相手がアリアなので俺も警戒心から起きることがないせいだ。


「……………」


 しっかし、改めて見ても本当にこの子は美少女だ。

 見た目の愛らしさもそうだし、先ほどまで俺が顔を埋めていた推定Eカップくらいのバストも破壊力が凄まじい。

 これが大人に近づくともっと大きくなるのかと思うと……サキュバスって凄いんだなと感じてしまう。


「人のベッドに入り込んだんだし……悪戯くらいはされてもよかろ?」


 俺はアリアのことを良く知っている!

 彼女は普通のサキュバスよりも圧倒的に眠りが深く、ちょっとやそっとのことじゃ目を開けない寝坊助なのだ。

 俺は一切の躊躇も遠慮もなく、アリアの胸に手を当てて揉みしだく。


「柔らかいし温かいし……流石サキュバスおっぱいだ」


 ちなみに力の弱い人間の男だとこの胸でアレを挟まれただけで失神してそのまま死ぬ人も居るらしいので、人間の男性は是非とも気を付けよう。


「俺は淫魔だけどどうなんだろうな……う~ん」

「ぅん……あん♪」

「おっと……」


 ついついやり過ぎたかと俺は手を引っ込めた。

 寝る前……いや、既に寝ていたけど今からまた寝ることになるし、アリアが傍に居てくれるなら何か良い夢に出会えそうだな。

 いつも俺が起きるまでまだかなりの時間があるし……よし、また寝るか。


「……?」


 天井に体を向け、目を閉じるとギュッとアリアが抱き着いてきた。

 俺はそんな風に身を寄せたアリアの感触を抱きつつ、ゆっくりと意識を暗闇に沈めていくのだった。

 そして――


「お、お前は……っ!!」

「あなたは……魔族様!!」


 ちょっとだけ懐かしい匂いを感じて反射的に入り込んだ夢――そこには懐かしさを感じさせる顔があった。

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