再び夢に潜る
「……いやぁ良い夢だったぜ」
「そんなに良い夢だったの?」
「まあな」
「ふ~ん? くんくん」
「なんやねん」
俺の体の匂いを犬のように嗅ぐアリアにそう聞いた。
「良い夢ってことは誰か女の人から精気を吸い取ったのかなって」
「違うよ。男の人の夢だ」
「……え?」
「おい。何をそんな絶望した顔をしているんだ?」
何となく勘違いしていることは分かったので訂正はしておこう。
淫魔は現実でも夢の世界でも精気を吸い取ることが出来る――それは淫魔からすれば食事みたいなもので、自分の中に流れる魔力を回復する意味もある。
一応同性からも精気を吸い取ることは可能だが、男の夢を見たからと言ってそういう勘違いはしてくれるな。
「だって……女の子に興味ないのかなって」
「興味ありまくりだよ。何ならそういうことをするなら気を許し合えるアリアの方が良いレベルだ」
俺は正真正銘女の子が、女性の方が好きなのは当たり前だ。
だからこそそういうことをするなら相手は女性が良いし、それもアリアみたいにエッチで可愛い女の子なら最高だ。
「……えへへ♪」
「ったく……」
本来であれば今の俺の発言は女性相手だと変態発言なのだが、俺もアリアも淫魔なのでエロいもクソもない――というか、俺たちの特性がそうであり周りはサキュバスばかりなのでこういう発言も今更過ぎる。
「あ、そうだった。私、なんでここに来たのかを思い出したよ」
「え? 暇だったから来たとは言わなかった?」
「違う違う。リリス様に呼ばれてたの。ライアを連れてきてって」
「……急ぐぞ」
「うん」
アリアがここに来たのは1時間と30分くらい前……ま、母さんなら許してくれるだろうたぶん。
俺はアリアを連れてすぐに家を飛び出し、サキュバスの里でも特に高い位置にある建物を目指す――その場所こそサキュバスの長、つまりサキュバスクイーンである母さんが仕事をしている場所だ。
(そうなんだよなぁ……俺、サキュバスの女王の息子なんだよな)
ただの淫魔として生を受けたわけではなく、サキュバスの長の息子というステータスもなんというか転生あるあるだなと当時は思ったものだ。
サキュバスの女王であるリリス、この名は魔族の中でもかなり有名で一部界隈からはかなり恐れられているらしく、それもあってかサキュバスに喧嘩を売ろうと考える魔族が居ないのもあるらしいと話には聞いたことがある。
「……なんつうか、ありがたいもんだよ」
「どうしたの?」
ふと立ち止まってアリアに向き直った。
「やっぱり色々話に聞いたからさ。本来サキュバスは女性しか存在せず、男が産まれることは絶対にない……そんな異端の俺なのに、母さんも他のサキュバスも……アリアだって凄く良くしてくれるだろ? それが本当にありがたくて嬉しいんだ」
「そんなこと? そんなの当たり前だよ――確かにライアは男だけど同族、守るべき大切な家族だもん。それに幼馴染でしょ? だから当然なんだよ♪」
そう言われるだけでなく、同時に微笑まれるとやっぱり嬉しくなるものだ。
(守るべき大切な家族……か)
正直な話をすると、最初はサキュバスの一族ってエロエロな出来事ばかり起こるんじゃないかといやらしい期待は確かにあった。
しかし、それを見事に裏切ってくれたのも彼女たちサキュバスだった。
確かに見た目はエロいし言動もエロく、ふとした仕草でさえ色気を放ちまくっているが本当に優しく接してくれるのだ……まあ最近、母さんやお付きのナナリーさんは妙に色っぽい視線を投げかけてくるけどそれはスルーしてる。
以前も言ったけど淫魔としての性質なのか、エロいことに対する耐性も強くなっちまってるからなぁ……それでも、興奮する時はするんだけど。
「さてと、着いたわけだがアリアはどうするんだ?」
「ずっと傍に居るよ?」
「じゃあ一緒に行くか」
アリアを連れて建物の中に入ると、多くのサキュバスが仕事をしていた。
「いらっしゃい坊ちゃま」
「ちわっす~」
母さんの部下であり、サキュバスの女性たちが常に頭を下げてくる。
俺が女王の息子というのもあってのことだろうけど、前世の日本人感覚が染み付いててこんな風に目上の存在かのように接せられるのは非常に違和感がある。
尊いモノを見るような、中にはエロい視線を投げかけてくるものを通り抜け母さんが居るであろう部屋に辿り着き、俺はノックをしてから中に入った。
「入るぞ母さん」
「入る」
ドンと、中に入るとちょうど報告を受けている母さんと目が合う。
部屋の中には母さんを含め、いつ見てもかっこいい執事服のナナリーさんと……そして他のサキュバスが三人の計五人が居た。
ナナリーさんは俺とアリアに呆れた視線を投げかけてくるが、その視線の意味はおそらく遅れてしまったことに対するものだろう。ただ、すぐに微笑みに変わったのでやっぱりこの人も甘いなぁと少し思えてしまう。
「遅れてごめ――」
明らか歓迎ムードだが、謝るのが先だと思った直後だった。
風を切るような音が聞こえたかと思えば、俺の顔面は花とミルクの匂いが混ざったような甘い香りに包まれた。
そして感じるのは圧倒的なまでの膨らみと……どうやら俺は母さんに抱きしめられているらしい。
「やっと来たわね。でも許しちゃうわ♪ 可愛い息子を怒るだなんて出来ないもの、ナナリーだって遅い遅いって文句を言ってたけど、あなたたちに何かあったのかもしれないって不安になってたほどなのよ?」
それこそ更に聞くと申し訳なさが溢れてしまうんだが……。
ナナリーさんに目を向けると、彼女は薄く微笑んで頷いた。
「時間に遅れたことは……私たちサキュバスの間では特に問題ではありません。確かに心配はしていましたけど、ライア様とアリアの身に何かが起きたらすぐに分かりますからね」
「……ご心配をおかけしました」
「ごめんお母さん」
俺は素直に謝り頭を下げ……ダメだ、母さんのおっぱいに挟まれて顔が動かん。
っと、そんなことは良いとして、今隣のアリアがお母さんと言ったようにナナリーさんはアリアの母親だ。
奇しくも俺がこの世界を認識した時に目にした母さんとナナリーさんはほぼ同時期に妊娠したらしく、母さんの右腕であることも含めてナナリーさん繋がりでアリアと俺は家族ぐるみの付き合いというわけだ。
(なんつうか、甘えすぎてるよな。ガツンと怒られることはあるけど、基本的にそれは命の危険があったりした時だけだ。それ以外なら基本的にルーズでも甘やかされるだけだし)
それはマズい……かつての日本人としてそれはマズいと思いつつも次に続く言葉が全てだった。
「ま、私たちサキュバスは基本的に時間にはルーズだもの。時間の指定をした私たちがダメなのよ」
「それはまあそうなのですが……」
「それ大丈夫? 終わってない?」
「今更でしょう」
はい、サキュバスってこういうことらしいです。
そう思っていると、母さんに対抗したのか背中に張りつくように抱き着いてきたアリアがこう言った。
「でもライアはしっかりしている方だと思う。私もお母さんもリリス様も、他のサキュバスたちも言っているくらい。ライアは時間を守る方だよ」
「そうよね……そうなのよ! 私の息子ってば凄いんだから!!」
「むぐっ!?」
顔面に押し当てられる母さんの胸、背中に押し当てられるアリアの胸……ええい、いくら淫魔と言えど俺にも我慢の限界というものがな!!
「あら……坊ちゃまったら♡」
「まあ……なんと♡」
「リリス様のご子息であらせられるなら当然なのかしら♡」
淫魔とは少しでもその気に近付くと特有の気配を放ち、同族のサキュバスだからこそ彼女たちは敏感に感じ取ることが出来る。
いくら耐性が付いてきたとはいえ、今の俺は言ってしまえば思春期のガキだ。
こんなの……完全に耐えられるわけがないのである。
「あなたたち、ライア様にそのような目を向けるのではありません」
「……ナナリー様? 私たち以上に目がとろんとされておりますが」
「黙りなさい」
「はい」
なんか……魔に分類されるものとしては本当に愉快な種族だサキュバスって。
さて、取り敢えずどうして俺たちがここに呼ばれたのだろうか……そのことを聞くと母さんはそうだったわと思い出したようにポンと手を叩く。
「特に用はないわ。仕事の合間に息子の顔を見たかっただけよ――ごめんちゃい♪」
「だと思ったわ!!」
ということで、大した用はなかったらしい。
俺の盛大なツッコミと共にナナリーさんも大きなため息を吐いたが、あまりに美しすぎる見た目の母さんと違い、美しいのは当然だが男装の麗人のような見た目のナナリーさんは一つ一つの仕草があまりにかっこよすぎる。
「……………」
「なに?」
そんなナナリーさんから産まれたのがこんなにぽわぽわしているアリアというのも中々面白いもので、俺は何でもないと首を振りアリアを連れて外に出るのだった。
▼▽
それは一人の少女の夢だった。
類い稀なる剣の才能に目覚め、高ランクの冒険者パーティに誘われた一人の少女なのだが、彼女には幼馴染が居た。
必ず強くなって一緒に冒険者稼業をしようと、そう誓った大好きな幼馴染が居た。
しかし……最近になって、その幼馴染への想いが段々と薄れて行き、いつの間にかリーダー格の男に惹かれていることに少女は気付いた。
(私……どうして?)
離れている男よりも近くに居る男に惹かれるのはある意味おかしなことではない。
しかし、あんなにも大好きだった幼馴染のことを内心で見下し始めていることにも少女は気付き始めたのだ。
まるで自分の想いを汚されるような、それこそ不明瞭な力で上書きされるようなそんな錯覚を少女は感じ取り、本当の自分はどこに居るのだと不安になっている。
(私が変わる……変わってしまう? そんなことダメよ……それなのにどうしてこんなにも気持ちがコロコロと変化するの!?)
幼馴染は間違いなく大切だ……だというのに一瞬にしてその気持ちは強制的に反転するかのように嫌悪感へと変わる。
おかしい、何かがおかしいと少女は気付き始めているがどうすることも出来ない。
自分の中の何かが犯されている感覚に身を委ねながら、大好きな幼馴染との日々の思い出すらも消えかかっていたその時――少女は出会った。
「どうも~! 随分と苦しんでいるじゃないか人間さん。通りすがりの魔族がお悩み相談にやってきましたよ~!」
夢の中に、そんなことを言って魔族が入り込んできた。
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