それが彼
「どうも~憎しみに囚われた人間さん!」
そう言って俺は彼の夢の中に飛び込んだ。
基本的に夢の世界は曖昧で普通の人間で思い通りに動ける存在はいない――しかしながら、淫魔という俺の特性もあって自分だけでなく相手も確かな意識を持つことが可能だ。
本来のやり方としては薄らと記憶に残る程度みたいだけど、俺としては別に記憶に残ろうがそうでなかろうがどうでも良い。
「な……誰だお前は!?」
「どうも人間さん。通りすがりの魔族です」
そう伝えると彼は警戒したように構えたが無意味だ。
「どう足掻いても夢の世界で人間は無力だ。警戒しても無駄だぞ? この世界では俺がルールだ」
これは別にイキり発言でも何でもなく、まだ子供の俺ですら夢の中では絶対だ。
まあ幼馴染のアリアは夢の世界はもちろん、現実世界でも強い天才で日を追うごとに離されていくのが悲しいところである。
まあそんなことは今はどうでも良いかと、睨み続ける人間に視線を戻す。
「面白そうな匂いの夢を見つけてさ。それで覗いてみたら何とも言えない恨み辛みを吐き続けるアンタを見つけたんだよ」
「っ……だから何だってんだ」
俺は両手を広げ、ニヤリと笑いながら言葉を続ける。
気分はさしずめ詐欺師のような気がしないでもないが、昼寝の時間をわざわざ使ってやってるんだからこれくらいは遊ばせてほしい。
「ここは夢の中で傍に居るのは俺だけだ。どうだ? そこまで絶望やら何やらを経験したのなら、魔族に愚痴を言うくらい悩むこともないだろ? ほれ、良かったら話してみろよ」
「……はっ、誰が魔族なんかに――」
「何かあったんだろ? 所詮夢、だから良いじゃねえか」
俺は彼の傍に近付き、ポンと肩を叩いてそう言った。
相変わらず彼は警戒を緩めてはくれないが、さっきも言ったがこの世界は俺がルールである――そのため、ゆっくりと彼の警戒を解くようにして精神を操作することもある程度は可能だった。
俺に対する警戒が薄れて行き、彼は話し始めた。
「……ムカつくことがあったんだよ」
彼曰く、始まりは唐突だったらしい。
冒険者としてのんびりと生きていた時、地図のマッピング能力を買われて高ランクのパーティに招待されたらしい。
しかしながら、そのパーティでの扱いがとにかく酷かったようだ。
「俺は……確かにマッピングしか出来ねえよ。でも、俺なりにずっと頑張っていたんだよ! それなのにあいつらと来たら俺のことをダンジョンに置き去りにして、巨大な大蛇の餌にしようとしたんだ!」
「ほうほう、それで?」
「俺は死んだと思ったさ! けど、そこで俺の中に何かが宿った。それは闇の魔力で全てを滅ぼせる力だった!」
「ふ~ん、それで奴らに復讐するって?」
「その通りだ! この屈辱、許せるわけがねえだろ!」
彼から感じる絶望と復讐心は間違いなく本物だった。
しかし、この夢の世界は本心を曝け出す――故に、これからやろうとしていることに迷いも見えた。
その迷いを振り切りたいのかどうかは分からないが、彼はこう聞いてきた。
「お前は……どう思うよ? 俺はこのまま、憎しみのままに動いちまってもさ」
そう聞かれても俺は特に答えを持ち合わせてはいない。
しかし、俺はもう人ではなく魔族だ――故に、特に深く考えることなく俺は彼に答えた。
「良いんじゃないか? ダンジョンに置き去りにされたってことは殺されかけたのと同義、それならアンタが恨みを持つのもおかしなことじゃないからな」
「そ、そうか……」
俺の回答に彼は驚いた風だったが、別に驚くことじゃないだろう。
既に俺は人間ではなく魔族……それもあってか感性もある程度変化してしまっているので基本的に話を聞いてそれはダメだと否定することはない。
俺と彼ら人間は住む世界が違う――だからこそ、俺が何を言ったところでそこまで変わらないから軽く考えているわけだが。
(だってまあ、これって完全に力覚醒イベントだもんな。こんなに恨みを持ってるんだったら逆に発散出来ないと辛いだろこいつも)
俺は彼の傍に近付き、肩にポンと手を置いた。
「嘘を吐いてるならまだしも、この世界で人間は嘘を吐けない。だからアンタの言ったことは全部本当みたいだし、俺が同じ立場ならアンタみたいに恨んでるよ」
「そう……だよな!」
「ただ……敢えて言うなら、その後にどうするかだ」
「?」
俺の言葉を聞くように彼は耳を傾けてきた。
彼には悪いが俺は今、少しばかり楽しんでいる節があるのである意味ペテン師のような雰囲気を醸し出していることだろう。
けれど、こうして勝手に夢を覗いて話を聞かせてくれた以上はしっかりと俺自身も意見は言いたいと思っている。
「自分を置き去りにしたメンバーを殺した後、アンタはどうしたいんだ?」
「……それは」
「それは?」
「……………」
答えられない……それはつまり、その後のことを何も考えていない証だった。
「色々と考えてみて納得の出来る答えを出すんだな。何度も言うけど、俺は別にアンタのやることを否定はしない。アンタの持った恨みは正当なものだ――相手の人間は殺されたって文句は言えないよ。とはいえそれだけ強い力を持ったのなら反撃されるのを恐れず、ありのままにされたことを告発して社会的に殺すのも面白そうだが……いや、むしろそっちの方が意外と相手にとってはしんどかったり?」
「っ!!」
俺は魔族だけど、一応書物でこの世界の人間側のことも調べる機会があった。
冒険者の中には規則が定められており、パーティメンバーを理由なく殺したり、或いは悪意を持って死に直面する事態に陥らせることは禁止されているはずだ。
だからこそ、何か証拠でもあれば即座に彼が恨みを抱く相手を社会的に殺すことが可能……なんじゃないかな?
「まあ好きにやると良いさ人間さん。少なくとも、こうして話を聞いた俺はアンタが何をやろうと否定はしないよ」
「……お前」
背中もトントンと撫でてやると彼は少し涙ぐんだ。
俺よりも圧倒的に大きな体をしているのに、こうなってくるととても弱弱しく見えてしまう。
まだ名前も知らない彼は薄く笑い、警戒を完全に解いた様子で俺を見た。
「お前も言ってたがこれは夢なんだよな? まさか、夢の中とはいえ魔族相手にこんな時間を過ごすとは思わなかったぜ」
「へへっ、悪くなかっただろ? 基本的に人と魔族は相容れない……それはそうなんだが、俺はこうして人の夢を覗くのが趣味なんだよ。ここだと敵意は持たれても攻撃はされないから色々と安心出来る。だからまあ、こんな時間を過ごせるってわけだ」
「……不思議なもんだ。お前みたいな魔族が居るんだな」
そう言って彼はようやく心から笑ってくれた。
いつもそうだけど、俺が夢に入り込んで話をした相手の大半は最終的にこうして笑ってくれる。悩みというのは意外と他人に話すと気が楽になるようで、人間に対して特に何も感じなくはなったが心からの笑顔を見るとちょっと嬉しい。
「けど……夢の中に入り込む魔族なんてサキュバスくらいだろ? お前は男だし……サキュバスが変身した男じゃないよな?」
「違うっての。俺は正真正銘男……ってなんで尻を押さえて離れるんだよ」
「……さ、流石に男とヤル趣味はないんで――」
「しねえよぶっ殺すぞ」
俺だって男とヤル趣味は微塵もねえよクソッタレが……けど、確かに夢に入り込む魔族は淫魔であるサキュバスだけなのでよく勘違いされることがある。
だからこそ俺は淫魔と名乗らずに魔族とそのまま名乗っているわけだが、淫魔に男が居ないという前提があるので適当に伝えても結構信じてくれる。
「ははっ、悪い悪い……でもありがとな。昼寝を終えたら忘れてるかもしれねえけど感謝してるぜ」
「良いってことよ。達者でな人間さん」
「おうよ」
そこで彼の夢は覚め、俺も夢の中から撤退するのだった。
▽▼
淫魔として生まれ変わったライア。彼はこのようにして多くの人の夢を覗き込み、時にそのまま入り込んで話をすることが趣味となっている。
これはかつて人間だった頃の名残というものがあり、同族であるサキュバスたちと距離感にバグを生じさせているほどの生活をしているが、だからこそ人間との会話はかつての自分を思い出させることにも繋がっていた。
ただ……ライアは少し甘く見過ぎている節がある。
夢の中というのはその人の本質が如実に表れるため、本当の意味でお互いに本心で語り合っているわけだ。
つまり、ライアの言葉は強く相手の心に染み渡る。
相手もライアに話を聞いてもらうことで慰められたり、肯定されたり、或いはアドバイスをされたりするとそれは強く心に入り込むのだ。
『魔族の方……また、夢の中に現れてはくれないでしょうか?』
『あいつは魔族だけど友だ――あいつの敵にだけはならねえよ』
ライアは気付かない。
自分がやっていることが時に大きな変化を生み出していることを……彼がどうしたいかに限らず、ライアの言葉を聞いた者たちに変化が及ぶのは紛れもないことであり避けようのないものだった。
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