手っ取り早い方法はヤルこと

 今回俺が見つけた夢は中々にどんよりとしたものだった。

 見るからに苦しんでいるような夢を見つけ、俺はいつものように軽い気持ちでその夢の中に入り込んだ。


「だ、誰!? 魔族なの!?」

「はい魔族です。さっきも言ったけどね」


 こんな反応も既に慣れたものだ。

 基本的に人間の夢に入り込んだ最初のリアクションはこれなので、特にいつもと変わらないやり取りが行われる。

 俺は彼女の精神に魔法を作用させ、興奮を取り除くことで気持ちを落ち着かせた。


「結構どんよりとした暗い夢を見つけたんだよ。この世界では俺が絶対のルール、だから俺はそんなアンタの悩みを聞くまで帰らないぜ?」

「悩みって……」


 胡散臭そうに彼女は俺を見る。

 見るからに鍛えていそうな強い女性だけど、その見た目はとても整っていた。アリアや母さんたちサキュバスと違い、その体に凹凸はそこまでないスレンダーな肉体だが美しい女性なのは確かだ。

 さぞモテるだろうことは分かるけど……それだけにどうしてここまで彼女は悲しんでいるのかが気になった。


「人間と魔族は相容れない。けれどこれは夢で減るものは何もない――だから色々と話してみるのもありじゃないか?」

「夢……というか、よく見たら魔族でも子供なのね」

「おうよ。だから気楽に話してくれよ。俺は魔族だが人間の話を聞くのはとても好きなんだから」


 笑顔を携えてそう言うと彼女は表情を緩めた。

 前も言ったけど今の俺はそれなりに容姿が整っているのもあるが何より、彼女の精神を落ち着かせる魔法も使っているのでそれも大きいだろう。


「……少し、聞いてくれる?」

「おうよ」


 以前の男にもしたが、とにかくこういう時は相手に寄り添うのが大事だ。

 自分がまだ子供という見た目を最大限に使うように、俺は女性に近寄り肩をポンポンと優しく叩く。

 言葉だけでなく、時にはこういったボディタッチも有効だ。

 今まで何度も人間たちと夢の中で話した経験がこうやって活かされている。


(俺……普通に現実でも人生相談屋でも始めようかな)


 なんてことを思いつつも、女性の言葉に耳を傾ける。

 そうして話を聞くと……こう言っては何だが、またかよというツッコミと共にこういうことにはとことん縁があるようだと俺は内心で苦笑することに。


「私……故郷に大好きな幼馴染が居るのよ。いずれは二人で冒険者になって過ごそうって夢も語っていたの。そんな中、私はとある高名なパーティに誘われた。実績も確かでパーティのメンバーも強い人ばかりで……いずれその時が来た時のために私自身も経験を積むために幼馴染の勧めもあってパーティに加入したわ」

「ほうほう」

「それで……それで!!」


 そこから彼女の様子は急激に変化した。

 両手で全身を抱きしめるかのように、自らの殻に籠るかのように女性は話し出す。


「おかしいのよ……自分が分からなくなるくらいに……おかしいのよ!」


 彼女が話してくれたこと、それは最近の自分に起きた変化だった。

 リーダー格の男は頼りにしているが特に特別な感情は抱いていないはずだった、それなのに最近はその男に好意を抱いてしまっているらしいのだ。

 ここまでなら普通だと片付けられるけど問題はここから――どうもその男が気になれば気になるほど大好きな幼馴染に対し嫌悪感を抱いてしまうらしい。


「おかしいわ……だって幼馴染のことは本当に大好きで大切なの! それなのにどうして嫌に思わないといけないの!? おかしいじゃないこんなの……自分の中の何かが犯されているようなそんな気がするのよ! いや……いやっ!!」

「っ!?」


 それは彼女の必死な魂の叫びだ。

 この夢の世界を崩壊させるとは言わないまでも、間違いなく彼女の心が今まさに限界を迎えようとしている。

 この限界というのが中々に曲者で、これは彼女が抱く本当の想いが後少しで完全に上書きされることを意味している――つまり、もう時間がない。


「取り敢えず落ち着け」

「……あ」


 俺はギュッと彼女を抱きしめた。

 ポンポンと背中を優しく撫でながら、幼い子供をあやすように優しく……優しく心掛けながら。

 すると彼女も段々と落ち着きを取り戻し、涙を流しながらではあったが俺をジッと見つめられるまでになる。


「不安だったな……怖かったな。そりゃそうだ――自分の中にある大切な何かが壊されていく感覚ってのは不気味なモノだろう。それでも今までこうしてアンタは自らに起こる何かに抗い続けていた……それは紛れもない強さだ――誇っていい、アンタは凄く強い人間だ」

「……そうかしら?」


 そうだと俺は強く頷く。

 一応これに似た人間と既に遭遇しているので対処方法は割とあるのだが、まずは俺の知識の中からこの状況に関して考えられることを伝えようと思う。

 得体の知れない何かに怯えるよりはずっと良いだろうし、その方が彼女にとってもある程度は気が休まるはずだ。


「たぶんだけど、そのリーダー格の男から何かしらの影響を受けているのは確かだと思う。魔法か、或いはアイテムの力かは定かじゃないけど……こうしてアンタと接していると確かに何か異物が入り込んでいるのが分かる」


 さっきも言ったがこの世界では俺がルールだ――つまり、彼女の身に何が起きているのかもこうして抱きしめているとある程度は分かる。

 原因は間違いなくその男が関わっているが、残念ながらこれを取り除くようなことは俺には出来ない……否、そもそも俺以外の淫魔ですらそれは無理なはずだ。


「あいつの目……あいつの目を見ているとボーッとすることがあるわ。もしかしたらそれかも……? でもそうなると他の子たちは……」

「もしかして他にも居るのか?」

「えぇ。といっても最初にパーティに入った時から彼らはとても仲が良くて、それこそ恋人みたいに接してたからそういう人なのかなって思った程度なのよ」

「ふ~ん」


 それだとその女性たちも被害者になるのか……ただまあ、残念ながら今の段階でそちらもどうこうしようと考えるのは時間の無駄だ。

 今は目の前の彼女をどうにかする――それが先決だ。


「精神に作用する系統の魔法は一度心に入り込むと難しいものがある。けどアンタの心は今、ギリギリの瀬戸際で耐えている状態だ。俺との会話を覚えていてその男に良からぬ感情を抱いても、既に心がある程度蝕まれている……だからアンタの心が屈して男のモノになるのも時間の問題だ」

「……いやっ――」

「もちろんそうはさせない」

「っ!?」


 もちろんしっかりと話してくれたお礼はするつもりだ。

 俺は大丈夫だと彼女を落ち着かせながら、この夢の世界だからこそ出来る方法を取ることで、現実世界においても揺るがない心を確立させる方法を提案した。


「要は揺るがない心を持てば良い。知らない間に精神に入り込んでくる魔法とはいえ芯があればそれを揺るがすことは出来ない。あぁあれだぜ? だからって自分の持っていた気持ちが弱かった、なんて思うんじゃないぞ? そんな魔法を仕掛けてくるなんてよっぽど分かりやすくない限り分からないんだから」

「……そうね。それで、その方法は?」

「簡単だ。アンタたち二人はお互い想い合ってるんだろ?」

「……え、えぇ……その、正直私からしたら早く結婚とかしたいくらい。あっちも帰ってきたらまずはって言ってくれたほどよ」


 お、それなら話が早いぞ!

 俺はパチンと指を鳴らし、彼女の記憶から幼馴染を割り出す……そして、その幼馴染との夢を繋ぐことで今ここに呼び出す。


「幼馴染との夢を繋ぐ――それで思いっきり彼とエッチなことをしろ。そこに俺が魔法を加えることで更に強固な繋がりを実感させられる。一発でアンタの心を蝕む魔法を排除できるから」

「なるほど……って、えええええええええっ!?」

「何驚いてんだよ。別に夢なんだから良いだろうが――言っとくが一切経験のないところでその男にやられてたら二度と戻られなかったぞ? これは予防の意味もある。だから思いっきりやっちまえ」

「……えっと……えぇ?」


 そうこうしていると幼馴染と思われる男性が現れた。

 彼は何が起きているのか分からない様子で、女性の傍に居る俺が魔族だと分かった途端に守る姿勢に入った……うんうん、いいねぇ愛があるじゃないか。


「簡単に説明すっぞ幼馴染さん」


 何が起きているのか説明し、すぐに状況を理解してもらった。

 二人とも退くことは出来ないのだと実感したようで、早速俺が生成したベッドの上で初めてのことに戸惑いつつもおっぱじめるのだった。


(……なんか、あまり見てても興奮しねえな)


 恐るべし淫魔の感覚、人生相談と割り切っているのもあるだろうがあまり興奮出来なかった。

 ただ、彼らの間に強い繋がりが生まれていくのは感じていた。

 女性側からすれば久しぶりに会えたことと追い詰められていたことで愛おしさが爆発し、男性からすれば守りたい気持ちと奪われるかもしれないという嫉妬が爆発して素晴らしい化学反応が起きた。


「マナああああっ!!」

「うああああああんっ! カルナあああああっ!!」

「おうおうやってるやってる」


 この二人、俺のこと完全に忘れてやがる。

 それから俺は二人の情事を眺める中、女性のスペックと例の男のスペックを記憶頼りに見せてもらった結果、普通に女性の方が素の力は強いようだ。

 これなら力づくでという心配もなさそうだし……ってまてよ。この女性、男性への愛が爆発しすぎて一気に能力値が上がってない?


「ははっ、まあこれならもう大丈夫だろ」


 この夢は時間が来れば終わるので、特に俺が見届ける必要はもうない。

 夢の中でこれなのだから実際に再会した時どうなるんだろうと思いつつ、やはり愛ってのはこうだよなと俺は満足した。


(しっかし、どこにも居るんだねぇそういう踏み台みたいな悪役が)


 以前にもとある国の聖女がこういった目に遭っていたが……彼女は今どうしているだろうか。

 彼女の場合は浸食が強すぎて少し強いことをしてしまったがまあ、暗い夢を見ていないようだし大丈夫のようだ。


「本日も相談終わり、バッチリ解決ってな♪」


 ただ……後ろで男性が干上がりそうなのだけ若干不安である。

 まあ夢だし良いか!

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