カオスな現場にカオスな終幕
「そろそろか」
大体昼過ぎになったと思われるくらいで俺はそう呟いた。
今日はアリアと一緒に母さんやナナリーさんとやることがあったのだが、それも既に終わらせて残る時間は全て自由となっている。
アリアがまだ一緒に居たがっていたが、今日は個人的にやりたいこととというか確かめたいことがあったので、心苦しいがお断りをさせてもらった。
(ま、どうせいつの間にか傍に居そうだけど)
何となくだがそうなりそうだと苦笑する。
家に戻った俺は窓を開けていつでもアリアが入ってこれるようにした後、ベッドに横になってとある魔法を発動させた。
「行けるか……? ぶっつけ本番だけど……俺ならやれる」
俺ならやれる、そう自信を持てと自らを鼓舞する。
今からしようとしているのは俺だからこそ出来ること……それこそ、母さんやナナリーさんに夢を覗く力のことを聞きながら、俺の中で能力について考えていた。
前から言っていることだけどサキュバスの女王である母さんでさえ俺の夢を覗くことが出来ない理由の一つが、俺が夢に作用する力に関してのみ他のサキュバスを凌駕していることにある。
もしかしたら他に何か理由があるのかもしれないが、母さんたちも俺が誰かと繋がっている夢を見ようとしたら弾かれるとのことなので、たぶんこの考えは間違っていないと思う。
「よし、それじゃあ行くとしますかねぇ」
俺はいつものように人々の混在する夢の中に潜る……ではなく、目を閉じた瞬間から別の景色が広がったのを感じた。
▼▽
「……ひゅ~♪ 上手いこと出来たじゃねえか」
そう口にした俺だが、普段とは全く違う世界が広がっていた。
サキュバスの里に居たはずの俺は今、どこの人間の国かも分からない場所――しかも学院内と思われる場所に移動している。
これこそがあの男に対して施した俺の魔法だったのだ。
「今日のパーティは楽しみですわね!」
「えぇ! 今からワクワクしておりますわ!」
見るからにお嬢様風の女性二人が俺をすり抜けた。
「うんうん。良い感じだな」
少しばかり詳しく説明をすると、俺が今居る場所は世界のどこかであり決して夢の話ではなく現実だ。
俺が施した魔法は現実の体をサキュバスの里に残したまま、意識のみを全く違う場所へと移動させる……まるで現実の世界を夢として見るかのような感覚だ。
「……おぉ居た居た」
お試しとしてこの魔法を初めて使ったけど、条件は一つだけ……それは俺の意識を他者の脳内に植え付けることだ。
俺の視線の先に居るのは一組の男女――夢で会話をしたあの男と、そんな彼に寄り添う平民の女だった。
「ガルド様……本当に大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だ。私と君の未来を阻む者は居ない……必ず、君との幸せを約束する」
「ガルド様!」
「ファリス!!」
俺の体は見えていないのでどんなに近づいて彼らは俺に気付かない。
男の脳内に俺の意識の一部を植え付けることはすなわち、俺の魔力の一部が入り込んでいることを意味する。
そうして俺が普段居る場所からあの男に植え付けた自分の一部に魔力を繋げて流し込むことで、まるで男をビーコン代わりにするようにその近く限定ではあるが、こうして意識のみを移動させることが出来る。
「……?」
ただ、一瞬体がふらついた。
こういうことが出来るかもしれないと試した結果の成功なため、体にどんな負担が掛かるかもまだ検証出来てはいない。
やってみたら出来た……まるで何かやっちゃいましたってやつだけど、もしかしたらこれも転生したことによる能力なのかもしれない。
「何だったんだ今の……」
体のふらつきはあったが本当に一瞬だった。
たぶん初めてのことで体が驚いてしまったんだろうし、意識を飛ばすということは常に現実の俺の体から魔力を流し込んでいるため、それもあって少し体に負担が出るのかもしれない。
「さあそろそろパーティだ――私たちの愛を見せ付けよう」
「はい。行きましょうガルド様!」
男の話をそのまま整理すると、間違いなくざまあをされる側だ。
まあこの世界はあくまで現実なので、よく創作物で書かれていた悪役令嬢によるざまあ回避がそのまま発生する保証もないが……とにかく、やっぱり俺はあの平民の女が気になった。
「……やっぱり、睨んでるよな?」
男の腕を抱きしめている女は周りに誰も居ないのを良いことに睨みつけている。
ただ男が視線を向けると女は表情をパッと変えて笑みを浮かべているし、これは確実に何かがあるなと俺に思わせた。
しかし……婚約者の女も相当な美人だったけど、あの女の服装などは地味なものの顔立ちは凄く整っていてかなりの美人だ。
「リア充爆発しろ……とはもう言えねえなぁ」
サキュバスの一族の中で男は俺一人……その時点である特定の層には羨ましがられそうではあるからな。
それからすぐにパーティが始まるということで、俺もあの二人を追いかけるように会場に入り込んだ。普通なら魔族が侵入すると誰かしら反応はされると思うのだが、やはり今の状態の俺は誰にも察知はされないようだ。
「あ、居た」
婚約者の姿も確認出来たが、確かに不愛想なのが勿体ないとは思う。
あれで笑えば凄く笑顔が似合いそうであのバカ男も惚れ直すこと間違いないと思うのだが……うん?
今回の主役であろう男と平民の女……ファリスと呼ばれていたか――彼女が一瞬だけ、婚約者の女を見て顔を赤らめていた。
「……どういうこと?」
普通に男が欲しいのだとしたらファリスにとって彼女は敵のはず……なのであのようにどこか照れたような表情を向けるのはおかしい。
男に対して睨みつけるような、嫌悪感を滲ませる視線……そして婚約者の女に対して照れるような視線……その二つが繋がった時、俺はおやおやまさかとある答えが頭の中に浮かんでいた。
「……そういうこと? まさかそういうことなのか?」
これは最後まで見届けねばと、面白センサーがビンビンに立っている。
程なくしてパーティは始まり、会場は一気に盛り上がりを見せたのだが……俺としてはこの場に居るだけで一切干渉は出来ないため、何もすることがなくて暇だ。
美味そうな料理が大量にテーブルに並べられているのに手も付けられず、ましてや誰かに話しかけることも出来ない。まあ、仮に声を掛けられたとしても現実世界で俺からアクションを掛けることはない――結局俺が手を出すのは夢の中だけだ。
「ここで集まっていただいた皆の者に伝えたいことがある!」
男が大きな声でそう宣言した。
そこからの流れは本当にテンプレというか、本当か嘘か分からない令嬢の非道っぷりを知らしめる暴露合戦だ。
銀髪巨乳美人の彼女は何も答えなかったが、令嬢の兄貴が出てきたりして更に現場がヒートアップする中、一石を投じたのが平民の女――ファリスだった。
「ソフィー様! こんなすぐに別の女に鞍替えするような男など、あなた様に相応しくありません! 私の方があなた様を幸せに出来ます!!」
「ファリス!? 一体何を言っているのだ!?」
「黙りなさい! そもそも、私はあなたのことなど好きではありません! 裏では別の女性にも手を出しているようですし、少し甘い言葉を囁けば私にすら心を許してしまうほどに軽い男……とてもではないですがソフィー様に相応しくない!」
そこからは更なる暴露だった。
ファリスが男に近付いたのは単に令嬢から距離を離すことであり、ファリスが心から愛しているのは令嬢とのこと……つまり、そういうことだ。
「何を馬鹿なことを言っている! 貴様はその男と並んで私の大切な妹をこのような場所で晒し上げた! 何を言っても信じられるものか!!」
「あなたこそ黙ってください! 自分の部屋の壁一面にソフィー様を模した絵を飾っている気持ち悪い男! あなたが密かにソフィー様を……血の繋がりがあるソフィー様とあんなことやこんなことをするしか考えていないことも把握しています!!」
「な、何を言っているんだ貴様はあああああああああ!!」
……これ、何が起こってるんだい?
思わず目を丸くしたのは言うまでもなく、俺以外の人間たちも何が起きているのか把握出来ていない。
「ファリス! 君は私を愛しているのではなかったのか!?」
「何を言いますか! 私が愛しているのはソフィー様です! 私、男性よりも女性の方が大好きなんです!」
「ソフィー、あんな平民の言うことを信じるんじゃない。私は――」
「こら! 私のソフィー様に近付くな!!」
えっと……状況を整理しようか。
前世で言う悪役令嬢のざまあ回避が行われると思いきや、貴族の男はただ浮気者で平民の女はレズで……令嬢の兄貴は実の妹に想いを寄せていて……あまりに情報量が多する。
ポカンとしている令嬢の心境は分からないが、一つだけ分かるのは一番かわいそうなのが彼女ということだ。
「……なんですかこれ……私が何かしましたか?」
そこでようやく、令嬢が口を開いた。
そうだよな……そう思うのは当然だよと、俺は触れることが出来ないのに彼女の傍に近付いて肩をポンポンと叩いた。
もちろん叩いたとは言ったが触れることは出来ていない。
「私はこんな人たちよりも……あの魔族の方が大切なのに……っ!!」
「……うん?」
っと、そこで俺の意識は強制的にシャットダウンさせられた。
これで終わりかと思ったのも束の間、俺の意識は当然サキュバスの里の自分の体へと戻ることになる。
そこで俺は、時折ふらついていた意味を知るのだった。
目を開けたとき、俺の体に訪れたのはとてつもないほどの疲労と……急激な呼吸困難だった。
「っ……げほっ! げほっ!!」
「ライア!」
「大丈夫!? さあ、私の魔力を吸いなさいライア!」
目の前がチカチカして視界が定まらず、息も吸えなくてとにかく苦しい。
それこそまるで水の中で溺れているような感覚だったが、何かが口に当てられたので俺はそれに無我夢中でしゃぶりつく。
チュウチュウと吸うこの感覚はまるで赤ん坊の頃におしゃぶりを口にしていた感覚と似ていた。
「リリス様……ライアは?」
「大丈夫よ。しっかりと飲んでくれているから……」
流れ込んでくるそれはまるでミルクのように甘く、体の隅から隅まで染み渡るほどの心地良さだった。
(これは……母さんの魔力?)
そこで俺はようやく理解した。
俺はどうやら、体の中にあるはずの魔力が全て外に垂れ流しの状態になっており、それで魔力が枯渇してしまい死にかけたようだった。
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