テンプレ

「そういえば聞いた?」

「なにが?」


 里を歩いていると楽しそうに話すサキュバスのお姉さま方を見かけた。

 以前だと男である俺が歩き回るだけでも注目を浴びていたのだが、今となってはまるで置物のように……とまでは言わないまでも、あまり気にされることも少なくなって気が楽だ。


(何の話をしてるんだろ)


 見た目だけでなく色々な意味で開放的なサキュバスは話に聞き耳を立てられたところで気にするような性格ではない。

 サキュバスの里だからこその食べ物である“アレの形”をした肉を頬張りつつ、俺は二人の傍に近付いた。


「外に居る友人が言ってたんだけどぉ……なんでも魔族と対話を試みても良いんじゃないかって声が広がってるみたいよ?」

「そうなの? 私たちとしては別にどうでも良いことだけど、なんでいきなりそんなことになったのかしらねぇ」


 へぇ?

 俺は更に話が聞きたくなり近づく――二人は完全に俺を視界に収め、おいでと手招きされたので何も言わず近づき、そのまま手を引かれてベンチに座り二人に挟まれる形になった。

 二人は俺を挟んでお互いを抱きしめるような恰好をしたので、必然的に俺は二人にサンドイッチをされる形だ。


「言い出しっぺは誰なの?」

「分からないわ。ただ、魔族も同じように言葉を交わすことが出来る。だからこそ対話の余地はあるんじゃないかっていう流れがあるみたいね」

「無理だと思うけどねぇ」

「本当にね。私たちサキュバスはともかく、他の頭の固い魔族たちじゃ絶対に無理だと思うわ」


 人間と魔族はずっと争っている。

 それは俺も知っていることだし、現在進行形で里の外では日常茶飯事と言えるものらしいのだ。

 この世界には魔族の長である魔王も居るし、そんな魔王を倒すために戦う勇者なんてものも当然のように存在している――もっとも、このサキュバスの里はそんな外とは魔法によって隔絶されているため、戦いの余波が届くようなこともない。


(そう考えると本当に母さんを含め大人のサキュバスたちって強すぎない?)


 何度も思うけど、基本的にサキュバスってのは弱く描かれるイメージだ。

 だというのに母さんたちは身体能力もそうだが魔法もかなり強く、もちろん大人だけでなくアリアたち子供にもその強さは引き継がれている。


「坊ちゃまは人間と仲良くなりたい?」

「あら、ちょっと聞いてみたいわ」


 両の耳を舐るようにネットリとした声にゾクゾクしないし、下半身に伸びようとするかのように体に這う手にも全くドキドキしない。

 俺はいつもと変わらない様子で頷き、答えを口にした。


「争うよりは良いかなと思う。特別仲良くしたいかと言われたら分からないけど」

「そうよね。そんなものよねやっぱり」

「うんうん。私たちも坊ちゃまと同じ感じだわ」


 更に強くギューッと抱きしめられてしまい、俺の顔は揉みくちゃだ。

 こんな風にしたり体に手を這わしてもあくまでそれは彼女たちにおけるスキンシップであり、そういう意図を匂わせるものでないことも理解している。

 この二人の名前は知らないしどこかで見たことある程度でしかないが、それでもこんな風に仲が良いのもまたサキュバスだ。


「それじゃあね坊ちゃま」

「相手してほしくなったらいつでもおいで♡」

「あいあいさ~」


 二人と別れ、俺はそろそろ帰ろうかと思い体を反転させて帰路を歩く。


「おかえり」

「おう」


 家に帰ると当たり前のようにアリアが待っていた。

 今日は母さんとナナリーさんの帰りが遅くなることは言われていたので、それでアリアが俺の部屋に来たのもいつも通りだ。


「……なんか、匂いがする」

「あ~。さっきお姉さん方と話をしたからかな」

「ふ~ん」


 ピタッと背後にアリアが張り付き動かなくなった。

 もしかしたら今の話に嫉妬でもしたのかなと思いつつ、妹に甘えられる兄のような感覚で俺は彼女を引き剥がすことはせず、その状態でソファに向かい座る直前に正面へと回ってもらった。


「……えへへ」


 腕だけでなく、足も腰に回すようにしてアリアが絡みつく。

 果たしてこのままの状態がいつまで続くのか……なんてことを考えつつ、俺も俺でアリアのことを強く抱きしめながら時間を潰すのだった。


▽▼


「さあやってきましたよっと!」


 本日も人間たちが寝静まる夜がやってきたということで、俺は相変わらず無数の夢を物色していた。

 興味をそそられる夢、見るからに関わりたくない地雷臭のする夢と様々だが、やはりこうやって外から眺めるだけでも楽しくてたまらない。


「……うん? 何か良さげな匂いがするな」


 基本的にどんな残酷な夢であったとしても良い匂いはする。

 気になった夢に近づくと、中に居たのは一人の男性だった――俺より若干年上っぽい男で、かなり身形の良さを窺わせる。


「明日だ……ついに明日だ!!」


 見るからにその男は何かありそうだった。


「……なんだろうこの見るからに面白そうな香りは!」


 まるで前世で流行っていた異世界恋愛系に出てくる貴族みたいな見た目の男に、俺の面白さを追求するアンテナがビンビンに反応している。

 彼を包む壁から半身だけ乗り出し、俺はそっと聞き耳を立てた。


「くそっ……私は何も悪くはないはずだ! 不愛想な婚約者よりも笑顔の美しい少女に惹かれただけじゃないか……どうしてこんなことに……っ!」


 俺は気付かない間にグッと握り拳を作っていた。


(テンプレ的ざまあ悪役令嬢ものキタアアアアアアアアアっ!!)


 これは完全に異世界恋愛もののざまあ役男の夢だと理解した。

 彼の言っていることと状況的に考えて、悪いのは当然この男になるわけだが俺からすればそんなものはどうでも良い。

 こうして目に留まった以上は交流と行こうじゃないか!


「ち~っす! 人間さんどうも~!」

「な、何者だ貴様は!?」

「おうおう。見るからに傲慢な貴族様の反応だなおい」


 ただ、思いっきりビビっているようで泣き出しそうな表情だ。

 例によって例の如く彼はイケメンなのだが、泣き出しそうなその表情は年上の女性の保護欲を誘いそうなんだけど……取り敢えず話を聞くとするか。

 出会いはいつも唐突、なので説明は省こう。


「魔族に話をするなど……しかし夢か……良いだろう分かった」

「この世界は俺がルールだ。あまりデカい態度取るなよな」

「ひゃい!」


 こいつ、ちょっと面白いな。

 それから俺は彼から話を聞いたのだが、前世の記憶がある俺からしたらあまりにもテンプレ且つ見覚えのありすぎる話だった。

 この男はとある公爵子息らしく、何不自由ない生活を送っていたらしい。

 その中で子爵令嬢である婚約者との日々を送っていたとのことだが、あまりにも無表情であり反応も薄く冷たいとのことだ。

 そんな中で現れたのが転校生である笑顔の可愛い少女――貴族ではなく平民の彼女の放つ温かさにこの男は惹かれたらしい。


「こういう時に届ける言葉があるんだけどさ。家族の決めた婚約の解消とか、そういうの出来るわけないだろ?」

「黙れ! 魔族のくせに生意気な――」

「あ?」

「ごめんなさい!」


 だからなんでお前はそんなに面白いんだっての。

 でも……話を聞いたけどこいつは既に色々詰みの状態だ。婚約者を放って別の女と過ごしているだけでもアウトなのに、明日のパーティで婚約破棄を堂々と伝える算段を立てていると……馬鹿すぎてため息は出るけどにんまり顔が抑えられない。


「それで、平民の女の子の言ったことを鵜吞みにして嫌がらせをされている等の告発もすると……証拠は?」

「……なに?」

「証拠はあるの? 婚約者がその子に嫌がらせをしたっていうさ」

「……………」


 はい、これはもう完全にアウトです!

 少しでもこいつに更生の余地というか、万が一にでも平民の女に何か魔法の力で誘惑されたとかならまだどうにか出来たが……これは完全に自業自得である。


「魔族だろ!? どうにか出来ないのか!?」

「厚かましい奴だなお前……ギャグ寄りにしては良い反応なのに、根っからの根性がクソッタレじゃないか」

「ぐっ……ぐぬぬっ!!」


 しかし……こうなると相手の顔が気になるな。

 俺は膝を突いてどんよりとした空気を醸し出す男の頭に触れ、その記憶を覗き込んで……バシッと叩いた。


「てめえこんな美人が傍に居て目移りするのかよアホじゃないのか!?」


 奴の婚約者は凄まじいほどの美人で、スタイルもかなり良かった。

 銀髪の美人巨乳令嬢……こんな女性と婚約出来ただけでも儲けものだろうに、こいつがただの馬鹿だったというだけだ。

 とはいえ、こんな奴のどこに惚れてこの平民の少女も……って、こっちもかなりレベルが高いな異世界ってすげえわ。


「……うん?」


 男の記憶を垣間見る中、俺は少し気になるものがあった。

 それは男を見つめる平民の女の視線……それが一瞬、愛おしい存在を見つめるものから汚らわしいものを見るかのような視線に変わったのである。


(ちと……試してみるか)


 実は少し、俺はやりたいことがあった。

 その魔法を男に対して施した後、俺は夢の世界から出て目を覚ますのだった。

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