母からのありがたいお言葉

「真に申し訳なく思うで候」


 あの妙な空気になってしまったパーティの現場から意識が戻った翌日、いつものように体が動かせるようになったところで俺は片時も離れなかった母さんに土下座していた。


「ちょっとそこまでしなくても良いから! というかライア……よく謝る時にそんな格好とか言葉もそうだけど聞き慣れないことを言うわよね?」


 土下座は謝る上で一番良い恰好なのでござる。

 候は何となくでござる……まあ、この世界には存在しない概念だからいつも母さんやアリア、ナナリーさんも困惑するんだけどさ。

 その後、すぐに詳しい話をするということで母さんと共にベッドへ。

 相変わらずのこれから致す気満々の雰囲気を醸し出すキングサイズのベッドにももう慣れたものだ。


「それじゃあ聞かせてくれる? 何があったのか」

「おいす」


 決して逃がさないと言わんばかりに母さんに抱きしめられた。

 胸元に顔を引き寄せられ、頭もガッシリと固定されたかと思えば優しく撫でられ、そんな何度も経験したくなる母からの尋問に俺はスラスラと答えていく。


「それで……」

「なるほど……」


 まあ何があったか簡単に説明すると次の通りだ。

 昨日、俺は確かに死にかけた――この世界において、人間はともかく魔族の体には基本的に魔力が循環しており、それは体を巡る血液と同じくらいに重要だ。

 だからこそ昨日の俺の状態は常に出血しているに等しく、元の体が限界を迎えたことで流し込んでいた魔力が枯れ、必然的に俺の意識は元の体に引き戻された。


(あのふらつく理由はこれだったんだよな。確かに本来ならあり得ない距離にすら意識を飛ばすやり方……大量に魔力を食うのも頷ける)


 母さんは俺がしていたことを聞いて驚いたようで、そんなことは自分でも出来ないと言った。


「やり方と結果はともかく、夢でもない場所に意識そのものを飛ばすのは凄いわ。やっぱりライアは特別なのかしら……」

「俺、やっぱり普通の淫魔とは違うのかな」

「そうね。でも誤解しないでほしいのはあなたは決して私たちと違うなんて意味ではないの。あなたはどこまで行っても私たちの家族……大切な子よ」

「ママぁ!」

「よしよし、ままでちゅよ~♪」


 あかんって……これは魔性の母親やで。

 よしよしと心を溶かしてくるような優しさに包まれていた俺だが、そこで少しだけ母さんの雰囲気が変化した。

 胸元から顔を離され、ジッと見つめ合う格好に。

 母さんは視線を鋭くして少しばかり強い口調で言葉を続けた。


「でも……今回のことは本当に危なかったの。あなたの身に危険があったから私もナナリーもすぐに戻ってきたわ。けれどそれ以上に、アリアちゃんの取り乱しようは凄かったのよ? あなたに何かあったらどうしようってね」

「……うん」


 目を覚ましてすぐ、俺は意識がハッキリしなかったけど……母さんに抱きしめられながらも、ずっとアリアの声が耳元で響いていた。

 大丈夫、大丈夫……そう彼女はずっと俺に言い続け、話が出来るまでに回復したことを彼女は自分のことのように喜んで……俺はそれだけあの子にも大きな心配を掛けたということだ。


「分からないことに対して突き進もうとする探究心は評価しましょう。しかし、時にそれが周りを巻き込んで心配を掛けてしまうことも考えておきなさい――あなたに何かあったら、こうやって注意をすることも出来なくなるのだから」

「分かった……ごめん母さん」


 そう……だな。

 夢に潜ることは既に日常の一部と化しているので心配することは何もないのだが、あの男にしたことは前例が何もない状態でのぶっつけ本番――俺なら出来るだろうというなんの根拠もない自信が齎した代償だった。

 母さんには謝ったけど、後日にアリアとナナリーさんにも謝らないと。

 そう考えた時、俺は再び母さんに抱きしめられた。


「お小言はここまでにしましょうか。私だけじゃない、他の子たちもあなたのことを大切にしているということはちゃんと考えておくこと――良いわね?」

「うん」

「今回はこういう結果になったけれど、あなたがしようとしたことに制限を掛けるつもりはないわ。しっかりと力の使い方を見極めつつ、ちゃんと使いこなせるようになれば自由にしていいわ」

「分かった!」


 もしも二度とやるなと言われたら言い付けは守るつもりだった。

 しかしこう言ってくれたのは安心したし嬉しいことでもある……なので母さんたちに心配を掛けないように、しっかりとあの魔法について使い方を学ぶことしよう。

 とはいえ、前例がない魔法である以上は学ぶことにも限界はあるのだが。


「……母さん?」


 さて、改めて自分の浅はかさと向き直っていた時だった。

 何やら母さんが体を揺らしながら耐えており、どうしたのかと心配になって顔を上げて覗き込んだところで……俺はギョッとした。

 頬を赤く染め、それこそ吐息が白く見えるくらいに火照った様子の母さんがそこには出来上がっていたのだ。


「ライアぁ♪」

「むぐっ!?」


 元々母さんに抱きしめられていたのだが、更に強く抱き寄せられた。

 甘い声にある程度予想は出来ていた……どうやら母さん、少しだけ昂っているらしい。


「あんな風に可愛い笑顔で頷かれたら息子大好きな私としてはもうダメよぉ。それにあなたに魔力を渡す際の絶妙な嚙み方の余韻が胸に残ってて……はぁん♡」

「うわっ!?」


 ドンと音を立てるように、俺は母さんに抱きしめられたまま押し倒された。

 ここまで来ると相手がサキュバスの場合、どうなるかは想像に難くないが……やはり俺も淫魔であり、そして親子だからこそ母さんも事に及ぶことはなかった。

 ただそれでも母さんが体から放ついやらしい雰囲気と甘い香りは凄まじく、それに充てられた俺はというと……。


「母さん……めっちゃ落ち着くんだけど」

「それはそうでしょうね。他の魔族や人間なら男女問わずに一瞬で発情してしまうだろうけど、私たちは親子だからそうもならない。ちょっと残念だけどあなたにとっては凄く心地良い空気のはずよ」


 やっぱりそういう作用もあってか、このいやらしい空間がとても気持ちが良いみたいだな流石淫魔の体だ。

 それから少しばかり、母さんと一緒に時間を潰す。

 母さんは体全体を俺に擦り付けながら完全にアピールのつもりがないアピールを繰り返し、俺も何だかんだで母さんの体をこれみよがしに弄ったりしてお互いにウィンウィンな時間だった。


「それじゃあ私は仕事に戻るわね~。ちゃんとアリアちゃんと話をするのよ?」

「あいよ~。いってらっしゃい」


 母さんが家を出て行き、俺も今からアリアの元に行こうかと考えた時だ。

 まるで今出て行った母さんと入れ替わるようにアリアが入ってきて、そのままビュンと音速を越えるほどの速さで抱き着いてきた。


「……………」

「……あ~」


 抱き着いたまま何も話さないアリアに俺は申し訳なさでいっぱいだった。

 流石に泣くまでは行かなかったものの、大切な幼馴染を悲しませてしまったことは大いに反省している。


「ごめんな。心配を掛けて」

「ううん、大丈夫……ライアが無事だった。それだけで私は良いから」

「ありがとな」


 これはもう、本当にこの先何があっても心配を掛けたらダメだ。

 アリアの亜麻色の髪を撫でながら彼女の抱擁を受け入れているわけだけど、思えば本当に昔からアリアとはよくこうしていたなと古い記憶が蘇る。

 幼い頃からずっと一緒だったからこそ、知らないことはほとんどない。

 もちろん俺がどんな夢の過ごし方をしていたかなんてことは知らないけれど、それに関しては仕方ないが……それ以外のことならお互いによく分かっている。


「アリア、ちょっと話をしようか。母さんにも伝えたけど知っててほしいし」

「分かった」


 それからアリアにもあの魔法について伝えた。

 もしも練習するなら可能な限り力になると約束してくれたので、それなら俺も何かお返しをすると伝えた。


「なら……いずれ、お願いをするかも」

「おう。何でも言ってくれや」

「本当に何でも良いの?」

「あぁ。絶対に断るようなことはしない……でも、俺に出来る範囲でな?」

「大丈夫。ライアにしか出来ないことをお願いするから」


 ほほう、それなら全身全霊でその時が来たら応えてみせようじゃないか。


(……にしても、今になって思い出したけどあの令嬢……名前ソフィーだっけ? 魔族の方に云々言ってたけど、何となく俺のことじゃなさそうなんだよな。これはもしや何かロマン的な何かがあるのでは?)


 それに、あのカオスな現場がどうなったのかも気になる。

 ただあそこがどこなのかも分からないし……くそぅ、マジでどういう結末になったんだ気になるぞ!

 そう思った俺だが、意外な形でこの話を聞くことになるとは思わなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る