夢の秘密
前世でもそうだったが、一つの種族が一致団結することはあり得ない。
各国の情勢によって衝突が繰り返されるように、恒久的な平和に向かって足並みを揃えるというのは、そいつを打倒しないと世界が滅びるくらいのインパクトがなければまず無理だろう。
それ故に、以前にも言ったが魔族も決して一枚岩ではない。
ただまあありがたいことに俺たち淫魔に関してのみ言えば、全ての者が手を取り合う一族ではあった。
争いもなければ裏切りもなく、本当にサキュバスのみんなはいつも笑っている。
「……悪くないねぇ」
「ライア、少しくすぐったい」
「おっとすまん」
俺は一言謝ってアリアから離れた。
俺とアリアが居るのは里を見渡せる大木の枝の上、ここは俺たちにとってある意味で隠れ家でありある意味で家の外で一番落ち着ける場所でもあった。
この世界には漫画もアニメも存在せず、それこそネット環境すらもなくて現代っ子だった俺には苦痛……とはならなかったのだ意外にも。
(自分のしたい時に夢に潜る……それだけじゃなくて、アリアや母さんたちが傍に居てくれるからそこまで退屈とか思わないんだよなぁ)
元々人間だった俺にとって、淫魔としての日々はやはり新鮮ということだ。
もちろん淫魔になったことで考え方の変化は諸々あるだろうけど、人間に比べて長生きすることになるみたいだし、まだ十数年生きたくらいで退屈だなと考えているようならこの先大変だ。
隣に居るアリアを見つめると、彼女はちょこんと首を傾げながらも離れた分の距離を詰めてくる。
「くすぐったい。でも嫌じゃない――ライアに触られるの好きだもん」
「エッチな子だなぁ」
「サキュバスに何を言ってるの?」
「ごもっともだ」
逆にサキュバスに対してエッチと言ってもそれはご褒美の言葉なので、アリアに対してエッチだと言っても彼女は決して嫌な顔はしない。
というか、俺も隣にアリアが居ると自然と手が伸びてしまう。
彼女の頭や肩に手が伸びるならまだしも、お腹だったり……胸や尻、太ももなんかにも自然と手が伸びてしまうのはやはり俺も淫魔だからだ。
とまあそれは置いておくとして。
「ここは本当に良い場所だよなぁ。昼寝にももってこいだし」
「本当にね。最高の場所だと思う」
大木ということは枝も大きいのは確かだが、その枝が絡まるようにして伸びているのがポイントである。
足をブラブラさせて遠くを眺めるのはもちろんのこと、絡み合っているからこそ太い枝によって寝転がるスペースも出来ており、空から降り注ぐ光と程よく吹き抜ける風、そして自然の香りに包まれて気持ちの良い眠りに誘われるのだ。
もちろんただ横になるとそれはそれで痛いので、俺たちは魔法によって定期的に洗浄してくれる毛布をここに敷いている。
「魔法バンザイ!」
「ふふっ、なんだか子供みたい」
「子供だろ俺たちは」
俺たちはまだ人間でいう中学生くらいだぞ? そう考えて視線を投げかけるとそうだねとアリアは笑ったが、俺はともかくアリアは女性ということもあって精神の成長はやはり早く、背だけを除けば一人前の女性にも見えるので……見る人によっては俺の方が弟だと思われかねないかもしれない。
「ふわぁ……ねむ」
「……私も少し眠たいかも。ライアと一緒に過ごしていると時間の感覚が崩れちゃうね。別に嫌じゃないけど」
「あはは、そいつはすまねえなぁ」
人間と違い俺たちの本質は夜にある。
しかしながら俺は元々人間だったので日中活動型になってしまっており、それに引っ張られる形でアリアも同じ生活習慣になっており、サキュバスからしたら俺たちの生活習慣は非常に悪い。
(不思議なもんだよなぁ……ま、淫魔だからかその気になれば夜に眠気はすぐに吹き飛ぶんだけどさ)
お互いに眠たくなったので毛布の上にアリアと共に横になった。
彼女が俺の方に体を向けたので、俺は彼女の温もりと柔らかさを全身で感じたいと言わんばかりに抱き着いた。
胸元に顔を埋め、足も絡めるようにして……前世だとこんな機会はなかったし、仮に彼女が居たとしてもここまで遠慮なしに出来るとは思えない。
「ライアは可愛いね」
「そうかぁ?」
「ふふっ、その状態で喋ったらくすぐったいよ」
「でも気持ち良いからこうしたいんだよ。アリアも嬉しそうだし」
「うん。凄く嬉しい♪」
顔を動かすだけでアリアの胸が形を変える。
こういうのが現実世界でされる場合は爆発しろとか言われるんだろうけど、淫魔の中では基本的に付き合うなんていう概念は存在しない。
淫魔に男が居ない以上は結婚という儀式もないし、吸い取った精気と自身の魔力が練り合う形で子供も産まれるので、異性との愛も存在しない。
(……その中で、俺という存在が変化を伴ってるんだよな)
母さんとナナリーさんは言っていた。
サキュバスから産まれるのは女のみ、だからこそそこは変わらず自身の娘なので愛を抱くのは当然だが、そこに俺というイレギュラーが現れたからこそ、必ず何かの変化が現れるのだと……その最たるが目の前に居るアリア――彼女は俺のことを本当に大事な存在として考えてくれている。
そしてそれはもちろん俺だって同じ……そこには確かな異性への愛がある。
「……へへっ」
「どうしたの?」
「いや、今の生き方が最高だなって思っただけだ」
「ふ~ん? なんかあれだよね。やっぱりライアって時々雰囲気が大人になる。私なんかよりも遥かに大人って感じがするの」
「そうかぁ? 今の俺はとことんクソガキだと思うぞ?」
夢の中で人生相談という名の好き勝手をしているんだ。
傍から見れば大分クソガキだと思うし、前世の積み重ねがあるとはいっても妙に体に引っ張られているような気もするからな。
それに……今の環境の中で大人になるのは無理だと思う。
周りのサキュバスには甘やかされるし、母さんにもまだ子供だからって甘えさせられるし……そんな中で俺がやっているのは人間の夢に潜っているだけだ。
「それでもだよ。私はライアのことをそう思ってるから」
「……さよか」
「うん。じゃあお昼寝しよ? ギュってしてあげるから」
君も大概甘やかし癖があることを自覚した方が良いと思うけどな俺は。
それからジッとアリアの胸の中で息を潜めるのだが、どうもお互いにまだまだ眠れそうにないらしく、ふと柔らかな胸元から顔を上げると彼女はまだ起きていた。
目を開いて俺をジッと見つめており、しばらく見つめ合ってはお互いにクスッと笑みを零す。
「私ね。気になってることがあったの」
「なんだ?」
「私はライアの夢を見ることは出来ないけど……どういう夢を見てるか気になるの」
「……あ~」
確かに俺は普段夢で何をしているのかをアリアを含め、母さんたちにも話したことは一度もない。
サキュバス同士で夢を共有することで、一人の獲物を複数で攻め立てるなんてことも出来るみたいだが……俺の夢に他のサキュバスは入ることが出来ないし、ましてや覗くことすら不可能だ。
「そんなに気になる?」
「ライアのことだから気になる……かな。精気を吸ってるわけでもなさそうだから何をしてるのかなって」
「……ふむ」
時と場合を除いて精気を吸うことは滅多にない。
エクシス然り、少しばかり快楽による力技が必要な場合は精気を吸うことになってしまうが、それ以外だと本当に俺は人生相談くらいしかしていない。
「アリアは人間をどう思う?」
「え? 人間を?」
「うん」
「……餌……もしくは下等生物?」
「ですよねぇ」
アリアの答えに俺は苦笑した。
サキュバスからすれば人間は下等生物であり、男に関して餌でしかないのはあまりにも当たり前すぎる答えだ。
俺も人間だったらこの答えに対してうわっと思うかもしれないが、今の淫魔の俺にとってそうだよなという感想しか抱けない……まあ、だからといって餌のように食っちまおうとは思わないんだけどな。
「俺さ、人間の夢に入ってるんだよ。別に精気を吸うとかそういう目的じゃなくて、ちょいと話をしたくてさ。魔族でもない相手と話をする……それが思いの外楽しくてさ」
「……そうだったんだ。ライアらしいね」
「らしいってなんだよ」
らしいとはどういうことか……まあ深く考えないでおこう。
(とはいえ、気を許しているアリアですら……母さんたちですら俺の夢に入れないのはどうしてだろうな。アリアと一緒に夢に潜れれば……結構楽しそうなんだけど)
そんなことを思いつつ、俺はアリアの温もりに包まれて眠りに就くのだった。
▼▽
一人の女は彼を求める。
全ての運命を、価値観を変えてくれた彼を……。
「どうにか夢の中で主導権を握れれば……そうして私も、永遠に夢の中に住めばあの方と一緒に……ふふっ♪ あの方が傍に居てくれるのであれば、目が覚めずに体が朽ち果てようとも♪」
その者、聖女にあらず……そう言えるほどの壮絶な微笑みをその少女は虚空へと向け続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます