シュラバ

「ちょっと、不思議な感じだね?」

「そうか? 俺は特に普通だけど」


 夜のこと、俺はアリアの家に訪れていた。

 基本的に彼女が俺の家に来るのがもはや当たり前の日常において、こうして寝る時間にアリアの家に来るのは珍しい。

 というか、彼女の部屋で一泊しようとしているのは更に珍しい。


「俺さぁ」

「うん」

「慣れてないベッドだと寝れないタイプなんだわ」

「うん」

「けど、アリアの使っているベッドは慣れてるベッドに分類されるらしい。匂いとか全部アリアのモノだし」

「そうなの?」


 そうだよ、俺は頷いてベッドに横になった。

 睡眠を摂る時間がというのが生物にとって一番リラックス出来ている瞬間。だからこそその寝るために必要な寝床というのは大事で、前世でもホテルなどで寝泊まりする時に変な感覚があったりしたが、それがつまりはそういうことなわけだ。

 しかし、俺にとってもはやアリアは日常の一部――彼女の香りに包まれる就寝が主なので、この場所で眠るのは自室で寝るのと何も変わらない。


「アリアぁ」

「なあに?」


 彼女を呼べば共に寝転んでくれる。

 俺の頭を抱えるように胸元に抱きかかえるのは彼女自身が好きなことであるのは間違いないけれど、俺もこうするのは本当に大好きだ。


「……はふぅ」

「あん♪ くすぐったいよライア」

「それはすまん」

「だから……♡」


 いやいや、アリアが俺の顔を胸元で抱いているのがいけないんだよ。

 俺は思いっきりアリアを抱きしめるようにしながら、今日のことを振り返る。

 そもそもどうして俺が自宅ではなくここに居るのか、それは今家に雷が降り注ぎまくっているからである。

 物理的にではなく、ナナリーさんが母さんに対して怒りという名の雷をである。


「まさか……起きたらああなってるとは思わなかったよ」

「そうだね。でも、サキュバスだしね……って私はそれだけだったかな」


 何があったのか……それは母さんに食われただけの話である。

 無論完全にではなく途中でナナリーさんに引き剥がされたのだが、どうも意識を飛ばしている間の俺の体は母さんですら抗いがたいほどの魅了を放っていたらしく、それで我慢出来なかったのだとか。


「……うん?」

「どうしたの?」


 俺はそこでジッとアリアを見つめた。

 何らかの作用があって淫魔として異性とはいえサキュバスを狂わせるほどの魅了を放つのだとしたら、何故俺があの死に掛けた日……アリアは大丈夫だったんだろう。

 試しにアリアにあの日のことを聞いてみると、特に変わりはなかったと教えてくれたので更に謎が深まる。


「きっとあれじゃないかな? 私、たぶんもうライアに慣れ過ぎてるんだと思う。だから私はライアとたくさん色んなことをしたい欲求はあるけど、我慢が出来るんじゃないかなって」

「……なるほどな。つまり、俺たちの相性はバッチリってことか」

「相性……なのかな? でも、そうだと良いなぁ」


 あら可愛い……本当に可愛くて仕方ないのでもっと強く抱きしめよう。

 ナナリーさんが母さんを怒っている時、あの人はあの人でダラダラと床を濡らしていたのが気になるものの、明日の朝くらいまではこっちに居ることになりそうだ。


「というかライア……」

「う~ん?」

「魔力調節の練習で王都まで意識を飛ばしたんでしょ?」

「あぁ」

「何かあったの?」

「……なして?」

「分かるよ。だって私、どこぞの誰かと違って現実で繋がったんだから」

「……………」


 なんか……対抗心を感じるな?

 でも……確かに何かあったかと言われたらあったけど、あれは彼女が異様にヤバかったというかちょっと異常だったわけで。


「話す?」

「聞きたい」


 なら聞かせてしんぜよう。

 意識体となって王都に飛んだ時にエクシスと出会ったこと……出会ったとは言えないが感知出来ないはずの俺を分かっていたような素振りに怖くなり、ロアさんというサキュバスのお姉さんに癒してもらったことも全部伝える。


「……その子、人間?」

「人間だろ……たぶん」


 聖女だし人間だろう間違いなく。

 でも……もしかしたら人間じゃない可能性もあるのではと思えてしまう辺り、エクシスは本当に怖い側の人間だと俺の勘が言っている。


「けど……一応助けたわけだからな。それに彼女は俺を消そうとか考えているわけじゃないからさ」

「話を聞く限りそうみたいだね……う~ん」


 話を聞き終えてアリアは何かを考え始めた。

 しばらく彼女は黙り込んでしまい会話がなくなったのもあってか、俺は段々と眠くなってしまい目を閉じた。


▽▼


「淫魔なのに眠気に勝てないのはまあ……元々人間だったからだよな」


 つってもいつでも目を開けることは可能なんだが……まあ良い。

 眠っちまったのならそれで良いかと、俺はいつものように夢を物色していた。


「へぇ、こんな感じなんだ」

「っ!?」


 しかし、今日はいつもと違った。

 どんな夢に潜ろうかと物色していた俺の傍に彼女、アリアが現れた。


「アリア!?」

「うん。ピース」


 呑気に指でブイサインを作ってるけど違うだろおおおおおお!

 俺は大きな声を出しそうになったが何とか我慢し、改めて隣に寄り添うアリアにどうしてここに居るのかと聞いてみる。


「もしかしたらと思ったんだけど、上手く行ったね。ほら、私たちしたでしょ?」

「した……あぁ、うん」

「それで繋がりが強くなったみたい。それでもしかしたらと思ったんだけど、やっぱりライアが見る夢に潜れるようになったみたい」

「……へぇ」


 つまり、アリアと現実で関係を持ったからってこと?

 それはそれでどうなんだと思ったものの、確かに最近はアリアとの繋がり……上手く言葉で表現は出来ないがそれは確かに感じていた。


「えへへ、またライアに近付けた♪」

「っ……どんだけ良い子やねん」

「やねん?」


 おっと関西人の血が……まあ俺の生まれは関西じゃないけどさ。

 しかし……こうしてアリアが夢の世界で傍に居るというのも新鮮だし、何をしようか迷いもする。

 ただ、アリアには何か目的があるようだ。


「ねえ、聖女……エクシスだっけ?」

「うん? うん」

「彼女の夢はどこか分かるの?」

「……探せば何とか」


 いや、別に探さなくても二回も入り込めばすぐに分かる。

 入り乱れる数多の夢が道を退けるように、一際良い香りを放ちながらも薄気味悪さを感じさせる夢が目の前に現れた。

 何をするつもりだ……?

 俺がそう思ったのも束の間、アリアがエクシスの夢に飛び込んだ。


「……え?」


 その時の彼女の表情……それはあまりにも勇ましく、まるで獲物を狩る狩人の目をしていたのは俺の気のせいだと思いたい。

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