人間と魔族
「……俺、し~らないっと……ってのはダメだよな」
真面目に背を向けて逃げ出そうとしたものの、エクシスはともかくアリアは俺にとって大事な幼馴染だ。
夢の中でどんなことがあったとしても俺たち淫魔に死角はないが、それでもやはり心配なモノは心配なのである。
「なむさん!!」
パンと、両頬を軽く叩いて俺はエクシスの夢に飛び込んだ。
すると……まさかの光景が広がっていた。
「あ、魔族様!」
「ライア、この子中々やるね」
「……何してんのよ」
俺を笑顔で迎え入れたエクシスと、桃色のロープのようなもので全身を拘束されたアリアが俺を見つめていた。
アリアが拘束されているのはおそらくエクシスの魔法だとは思うけど、まさかこの夢の世界で魔法を行使出来るわけが……いや、彼女は聖女だしそれくらいはもしかしたら朝飯前とかそういうレベルなのか?
「……………」
そう考えると少し怖いな……もしかしたら以前に俺が一人で彼女と話していた時、俺が今のアリアの立場だった可能性が無きにしも非ずだからだ。
とはいえ、そんなことよりもまずはアリアを解放しなければ。
「アリア――」
「大丈夫」
アリアが軽く体を動かすと、意図も容易く彼女を拘束していた魔力のロープが粉々に砕け散った。
最初から心配は要らないんだと言わんばかりの早業に、俺はもちろん呆然としたがエクシスは更に驚いた顔付きになっている。
「まさかそんな簡単に抜け出すなんて……くぅ、魔族様を捕まえて永遠に私の夢の中に閉じ込めるつもりでしたのに!」
おい、サラッと物騒なことを言うんじゃないよ。
淫魔に対して夢の中で人間は優位に立てないというのはある意味常識だけど、その常識を覆してしまいそうな雰囲気がエクシスにはあるので、やっぱり金輪際彼女の夢に入り込むのはナシだな。
「そんなこと私が許すと思っているの? ううん、私だけじゃなくて彼を慕う全ての魔族があなたを血祭りに上げるよ?」
「っ……」
それはとてつもないほどの圧だった。
俺だけしか見ていなかったエクシスが瞬時に表情を切り換えるほどに、俺の傍に寄りそうアリアが放つ雰囲気は凄まじかったのだ。
こんな彼女を俺は見たことがない……それくらいにアリアの反応は強いものだ。
「でも、あなたはライアに救われた子でもある。私としては別に仲が悪くなりたいってつもりはないんだよ。今日はただ、私と違ってライアが初めて夢で相手したあなたのことが気になっただけ」
「……♪」
「思い出すだけでそうなるの? まあ、分からないでもないけど」
一気に頬を紅潮させ、その場にエクシスは蹲ってしまった。
さっきまでは若干の怯えた表情だったのに、今は既に出来上がってしまった女の顔をしており、放つ香りすらも完全に求めてしまっている雌の雰囲気だ。
「だって……私にとってはそれだけ大きな方なのです。心の枷を打ち消すために、提案された行為は驚きました。でも……それでも凄く気持ち良かったんです。体だけでなく心まで浄化されるようで……何より、魔族様がとても優しかった。手付きだけでなく言葉も全部……そんなの、縋りたくなってしまうではないですか」
「そうだね。ライアは本当に優しいと思う――罪な男の子だねライア」
「……俺はまあ、やりたいようにやっただけだぞ」
「それが良いんだよ。結果的にライアは助けてる……それが重要」
そうか……そこまで言われたら何も気にすることはないな。
俺とアリアのやり取りをエクシスはどこか羨ましそうに見つめており、アリアが彼女に対して俺たちの関係性を話していく。
「私たち、幼馴染なの」
「っ!?」
「いつも一緒、寝るのも一緒、お風呂だって一緒」
「っ!?!?」
「現実で私たちはお互いに初めてだったの」
「っ!?!?!?」
アリアの言葉を聞き、エクシスは壊れかけの機械のように倒れ込んだ。
何のギャグかなと思いつつ、倒れ込んだエクシスの元に俺は向かい、その手を握りしめて立たせた。
もしかして泣いたりしたのかなと思ったりしたがそんなことはなく、エクシスは恍惚とした表情で俺を見上げてきた。
「取り敢えず、捕まえようとするのだけは止めてくれな? そんなんされると分かってたらもう夢に来ないから」
「分かりました! 魔族様を捕まえるようなことは絶対にしません!」
「……ほんと?」
「本当です! 神の御名に誓って!」
聖女が魔族に神の名を使って誓いを立てるんじゃない!
そうツッコミを入れるかのように軽くおでこをチョップしたのだが、その瞬間にエクシスは再び体を震わせ、次いで息も荒くしながら悩ましい声を出す。
「完全にライアにおかしくさせられてるんだね。でもこの子、私は嫌いじゃない。意外と仲良く出来るんじゃない?」
「そうか? アリアの場合は相手が人間だからってそこまで悪く言うことがないのは分かってるけど……そうか。アリアはそう思うのか」
もちろん、俺だって彼女に怖いモノは感じるが悪い人間だとは思っていない。
一度相談を聞いた相手に対して特にそれ以降の時間を作ることはないが、こうしてエクシスとはあれから三度も出会っていることになる。
彼女を特別視したりすることはないのだが、それでも元々人間だったせいもあってやはり人間と話をするのは楽しいものである。
「お二人は……名前で呼んでいるんですね?」
「うん。幼馴染だもん」
あ、また幼馴染の単語にエクシスがダメージを受けたようだ。
でもそうか……確かに俺は彼女のことを名前で呼んでいるけど、エクシスに対して俺は名乗っていなかった。
それを思い出して俺はすぐに彼女に改めて名乗った。
「何だかんだ名乗ってなくてごめんな。俺の名前はライア、好きに呼んでくれ」
「ライア……様」
「おう」
「ライア様……ライア様ライア様ライア様ライア様」
よし、名前を何度も噛み締めてくれるようで俺は嬉しいよ……嬉しいよ。
その後、流れでアリアともエクシスは自己紹介をしたのだが……この二人、結構気が合っているのか俺を挟んで女の子同士とも言える会話を繰り広げる。
俺はただそれを聞いているだけだったが、目を閉じて話を聞いていると種族の違う二人とは思えない。
片やサキュバス、片や聖女という絶対に交わることのない二人……こんな場面を王国のお偉いさんなんかが見たりしたら仰天すること間違いなしだ。
「やはり……魔族の方もちゃんと言葉は伝わるのですね」
「今更かよ」
「いえ、私はともかく……学院でも魔族は滅するべきものと教わるので、話は通じない野蛮な存在だと、目が合えば即座に殺しに来る存在とも言われていますから」
「あながち間違ってはないよ。少なくとも、私たちはそうでもないけど」
他の魔族には当てはまるけど、アリアが言ったように俺たち淫魔はむやみやたらに人を殺したりすることはない。
仮に死んでしまったとしても、それは極上の快楽の中なのでまあ……良いんじゃないかなと俺は他人事のように考えていた。
「しかし驚きました。ライア様は淫魔……サキュバスは女性しか存在しないというのは聞いていましたし……ふふっ、これもまた運命なのでしょうね。ライア様が淫魔として生まれなければ出会うこともなく、助けていただくこともなかった……あぁこの出会いに感謝します」
「俺に拝むなって……」
何故かもう、この子にとっては俺は神に等しき存在なのかもしれない。
別にそのことに気持ち良く思うことはないし、この子が俺に抱く感情を知ったとしてもやはり特別な何かはない……きっと人間のままなら、マジかよひゃっはーって感じで欲望のままにぐんずほぐれつみたいなことも想像に難くない。
「……でもなぁ」
こうなると……王子、本当に心の中でもう一度謝らせてくれ。
彼の爽やかな笑顔を思い出す度に心が痛いが、ここから彼がエクシスを夢中にさせるほどの存在になるかも分からない。
そうなることを祈ると共に、彼を応援すれば良いかと俺は考えるのを止めた。
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