それは愛なんです
「あ……」
私はあの方の気配が離れて行ったことにため息を吐く。
貴族の連中とのやり取りに最中に感じ取った気配――それはあまりにも希薄でそれこそ夢か幻の類かと思ったが、私は勘が良い方だ。
これはあの方の気配ではと、そう思い城を飛び出した。
「……うふふっ♪」
そして、その直感は間違っていなかった。
姿は見えずに気配は相変わらずしっかりと感じ取れない……しかし、あの魔族の方が今その場に居たことだけは確定だった。
どうしてか? 何故分かったか? そんなものに理由はない――私があの方を感じたのだから何も間違いではない。
「はぁ……どうして、居なくなってしまわれたのでしょうか」
最近は……いえ、あの方と夢の中で会えるのは本当に稀なのでしょう。
あの方に救われてからどれだけの日数が経ったか数えるのも億劫なほど……私はずっとあの方に会いたかった。
数日前に夢の中で再会は出来たものの、まだ数としては二回だけだ。
だからこそ、こうしてあの方を感じられたのは至福の瞬間だった。
「……あ」
そこで、私はとある結論に至った。
それを考えた時、脳天から足先にかけて凄まじいほどの衝撃……否、甘美な刺激が巡った。
体全身が嬉しさの悲鳴を上げるように、脳があの方だけを認識しているかのように震えだす……あ♪
「っ……いけません。はしたないですよエクシス」
自分に叱責をして何とか平常心を保とうと試みるも、私の下半身は感動の涙を流すかの如く濡れてしまい、体全体を焦がすほどの体温はあまりにも熱い。
一体どんな結論に至ったのか、それは簡単なことだ。
あの魔族様は私に会いに来てくださったのだと……そう結論が出た。
「そういうことなのですね……魔族様。夢ではなく、こうして現実で私に会いに来てくださったのですね!」
そうだ……それ以外に一体何の理由があるというんだ。
あの気配の薄さはおそらく特別な魔法か何かによるもので、きっと私以外の誰かも気付けてはいない。
そんな状態でありながら私だけが魔族様に気付けた……それはつまり、魔族様は私にだけ分かるように知らせてくれたと考えるのが妥当だ。
「魔族様ったら……うふふっ。あんなに隠れずとも、姿をお見せになってくれても全然望むところですのに」
私はあの方に全て捧げた……あの瞬間からもう私は魔族様の所有物なのだ。
生き甲斐すらなく、どうして生きているのかすらも分からず……そんな絶望の中に居た私を引き上げ、光を見せてくれたあの方の為に私は存在している。
私は人を導く聖女……でも、あなた様が望むのであればこの身を魔に沈めることさえ厭わない。
「……いえ、まさか……まさかまさかまさか!?」
しかし、そこで私はもう一つ……嫌な結論が頭に浮かんだ。
それはあの魔族様の状態に関すること――あまりにも希薄な存在感ではあったが、どこか魔力の流れが歪だったことにも今更ながら気付いた。
潤沢に溢れる魔力とは別に、夢でも感じたあの方の魔力がどこからか絞り出されている感覚……あれはまるで、残量のない魔力を無理やりにでも抽出しているかのようにも私は感じた。
「もしかして魔族様……あなたは私に助けを求めたのですか?」
そう口にした時、カチッと何かがハマるような音が響く。
魔族様は……助けを求めている! 仮に……仮にそうでないとしても、魔族様が無事であればそれで構わないが、きっとここに現れたことには意味があるはず。
私に会いに来てくれたというのは確かだろうけれど、何か意味が……。
「……魔族様、お許しくださいぃ」
か細い声が漏れて出た。
私は魔族様のことを心配していたはず、しかし体の疼きを止めることは出来ずにローブの中に手を入れて私ははしたなくも体を慰めた。
魔族様に救われてからずっとそう……ずっと私はこうなのだ。
あの方に触れてほしくてたまらず、あの方の肌の温かさを感じたくてたまらず……あの方に思いっきりこの体を使っていただきたくてたまらない!
「エクシス! 良かった……いきなり走り出してどうしたんだ――」
つい、背後に追いついた王子に悪態を見せそうになって踏み止まる。
私は顔を上げて彼に微笑み、大丈夫ですと……心配しないでと伝えた。
「そうか。良かったよ……でも、ここは流石にマズくないか?」
「……そうですね。戻りましょうか」
王子が顔を赤くして見上げたのは王都でも有名な高級娼館だ。
いまだに娼婦に対して蔑みの目を向ける者は少なくないが、今の私からすれば娼婦の彼女たちは誇らしい存在だと思っている。
異性に夢を届ける仕事……それはとても素晴らしいことだ。
あの方に及ぶわけがないとは思うが、誰かと体を重ねることの幸せは知っているので、私は娼婦に関しては肯定的な立場である。
「……………」
しかし、この建物からは明らかに人ではない雰囲気を私は感じている。
聖女として培った経験に基づいての勘でしかないが、それでもあの方と交わったからこそ魔力の質がよく分かる。
「エクシス、帰るよ」
「分かっています」
でも、私は何もしないしむしろ問題が起きたら助けたいと思っている。
この感覚は間違いなく魔族の気配……今まで問題を何も起こしておらず、多くの民に信頼されているため、何もせずとも問題はない。
決して……決して魔族様への点数稼ぎというわけではないけれど、やっぱりこういうのは大事だと思うので、これからもこの場は気にすることにしよう。
▽▼
ブルッと、先ほどから体の震えが止まらない。
俺は意識体だというのにロアさんから離れることなく、そんな俺を彼女もおかしいと感じたのかずっと抱きしめてくれている。
彼女だけが俺を見て触れるため、先ほどから俺はずっとロアさんの温もりに身を委ねていた。
「……可愛いですね坊ちゃまは。正直、許されるのならあなたを……うふふ♪」
「え?」
「なんて、一割冗談ですわ♪」
あ、なんかロックオンされた音が……。
とはいえ、やはり人肌の温もりというのは凄まじい。
異性を虜にすることに関してサキュバスの右に出る存在は居らず、彼女たちは甘い蜜で男たちを誘う……それは反抗心を失わせる魅力を秘めており、誰しもが必ず彼女たちに肌を許し心さえも許してしまう。
「……男の俺も同じってことかぁ」
まあそれは嫌じゃないんだけどな。
それからしばらくロアさんに抱きしめられ続けていたが、気付いた頃にはエクシスの強烈な気配も遠ざかっていたことに気付く。
まさか彼女に会う……いや、会ってはいない……会ってはいないのだが、まるでそこに居ると断言されているかのように目が合うとは思わなかった。
(怖すぎだろあいつ……)
ただ……彼女は決して危害を加えようという気は一切なく、どこまでも俺の信頼してくれているという謎の感覚だけは感じ取ってしまった。
タイプは違うもののアリアと似たようなものを彼女は俺に抱いている。
それを感じてしまうとやはり……無下にするのもどうなのかなと考えてしまうのが俺の甘い所かもしれない。
「坊ちゃま、魔力の方はいかがですか?」
「うん。そこそこ掴めてるかもしれないけど……まだ長くは掛かりそうかな」
「畏まりました。またいつでもリリス様を通じて日取りを教えてくださいな。私はいつでも力になりますわよ」
「ありがとうロアさん」
「いえいえ♪」
どうしてサキュバスの女性ってこんなに優しいんだろうか。
彼女たちに対して決して恋愛感情を抱くことはないんだけど、それでもこの胸に灯る温もりは本当に心地が良い。
それからしばらくした後、俺はサキュバスの里へと意識を戻すのだった。
「……え?」
「……あ、おかえりなさい……ライア?」
「……………」
元の体で目を覚ました時、母さんが俺を見下ろしていた。
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