サキュバスの恋

 まるで揺り籠の中に居る気分だった。

 全身の倦怠感は僅かに残っているものの、それを上書きして余るほどの幸福な感覚が俺を包んでいたからだ。

 ずっとこのままで良い、ずっとこのままで過ごしていきたいと、そんなことを考えて現実逃避をしてしまうほどには気分が良い。


「……っ」


 眩しい……目が満足に開かないがどうに頑張って脳を覚醒させる。

 目が覚めてすぐに感じ取ったのはさっきも言ったが全身を包み込むほどの幸福を体現する柔らかさ、そしてアリアのおかげである程度は慣れてきたサキュバスの香りだった。


「すぅ……すぅ……」


 近くで眠っているアリアを見て俺は苦笑し、そんな彼女を見てこれだけは言わせてくれと口を開いた。


「ちったあ手加減してくれよ」


 眠り続けるアリアにそう言葉を零した。

 幸せそうに眠り続けるアリアから視線を外し、起き上がろうとしたが起き上がれないことに今気づく。

 何故なら俺は今、四人のアリアに囲まれている抱き着かれているからだ。

 両腕と両足に絡みつくように四人のアリアが眠っているのだが……うん、どうしてこんなことになっているかを説明しよう。

 事の発端はアリアだった。


『ぅん……やっぱりライアとのエッチは最高♡ もう4時間はしてるしギアを上げても良いよね?』

『……あのさ。淫魔だからこそ4時間もやれてることに驚いてるけど……これ以上って何をするのさ』

『こうするの』


 そうしてアリアが発動した魔法が分身に近いものだった。

 魔法によってアリアそのものを複製するかのように、アリアと同じ意志を持ち同じ体の構造をした三人を生み出す。

 淫魔の体ということで絞り殺されることはなかったが、アリアもアリアで何とか俺の感覚を慣れさせようと荒療治に踏み切った――それが四人のアリアを相手にする時間だったわけだ。


「……よく死ななかったな俺」


 流石淫魔の体、途中からは興奮が限界突破して四人の彼女たちを相手にしても負けることはなかったし、逆にこうして彼女を寝かせることが出来た。

 まあ最後の最後まで同じ顔をした彼女たちに取り合われたのも不思議な感覚で、それこそ王様気分を味わっていたようなものだけど……もう俺は疲れたよ。


「あ……」


 そうこうしていると、俺の左腕に抱き着くアリアを残して他の三人が消えた。

 まるで空気に溶けるようにして姿を消した彼女たちの感触がなくなったことはかなり寂しかったが、それでもアリアの荒療治は良い意味で感覚を馴染ませてくれた。


「……………」


 感覚……まだ心臓の鼓動は早く、サキュバスの空気にドギマギしているがこれに関してはこの先で慣れるしかない。

 しかし一つだけ予想外なことがあった。

 人間としての感覚が淫魔としての感覚に戻るのではと期待したものの、それはどうやら薄い期待のようで悲しい。

 つまり、俺はこの感覚に慣れるという形でこれから先を生きるしかないわけだ。


「アリアに好きって言ったからか……好きすぎてヤバいんだけど」


 恋の感覚は……淫魔には戻らないか?

 まだ何も分からない状態だけど、今まで以上にアリアとの距離は近くなりそうだし男として色々と決意もしないと。


「……ぅん?」

「あ、起きたか」


 目を開けたアリアはゆっくりと起き上がった。

 全裸なのもあって全てが丸見えの彼女、動くだけでむわっと発情を促す気配を醸し出すのは流石サキュバスといったところだ。

 目元を擦りながら現状を改めて理解したアリアは再び俺に抱き着き、朝から濃厚な深いキスをかましてきた。


「ちゅ……ふふっ」


 それから数分間に渡ってアリアとキスを続けた。

 顔を離した彼女は満足したような微笑みを浮かべ、ギュッと更に強く抱き着いた状態で言葉を続けた。


「あのね。ずっとライアとしながら、言葉を交わしながら思うことがあって……私、凄くライアのことを考えていたの。不安は分かってたし、いつも以上にライアの感情が分かったから」

「そうなのか?」

「うん……だからね? 私もあなたに何が出来るのか、何をどうすれば安心してくれるのか、それをずっと考えて結論が出た」

「結論……?」

「そう、結論――昨日も言ったけど、私はライアを愛してる。この胸に宿った熱い想いはたぶんそういうことだと思うから。もしかしてあれかも? ライアの感覚に私も共鳴したりしたのかな?」


 そう言って俺を見つめる彼女の頬は赤く染まっていた。

 今までに何度も見たことがあるその表情だけど、何故か今に関してはどこかサキュバスというよりも……普通の女の子のように見えてしまう。


「もしもこの感覚が人の抱く恋というものだとしたら……私たちサキュバスはある意味寂しくもあるのかもね」

「母さんたちを見ているとそんな風には見えないけどな」

「そうだね。でも私はそう思ったよ? ただでさえライアのことは大好きだったんだけど……この気持ちを抱ける人間は幸せな生き物だね」

「……………」

「どうしたの?」


 俺は今、別の意味でドキドキしている。

 それはアリアが本当に女神のように見えただけでなく、静かに目を閉じて呟いたその姿があまりにも尊かったからだ。

 俺から離れたアリアはここには居ない彼女の名前を呟く。


「エクシス……そうか。あの子の境遇は特別だろうけど、こんな気持ちを抱くのならあそこまで一生懸命になるのも頷ける」

「エクシス……か」

「うん。私たちは淫魔、だからこそライアが複数の女性と関係を持つことは何もおかしなことじゃない……今まで男性の淫魔が居なかっただけで前例がないけど、それは何もおかしくない」

「うん」

「でも……この気持ちを抱いたからこそ、誰にも渡したくない」

「アリア……」


 エクシスは……まあ確かに怖い子ではある。

 しかし悪い子ではないし悪意を持っているわけでもない……今の俺の感覚ならあの子の前でも緊張するだろうし、迫られたらきっと手を出してしまうほどに興奮は避けられないはずだ。

 けれど、こんな風に言ってくれる子が傍に居て他の女に目移りするかと言われたら正直……無理だよな?


「ライア、好き。大好き……愛してる」

「お、おう……怒涛の言葉攻めだな」

「この気持ちを知った私はなんとなく強い気がする」


 そうだね……凄く強いと思うよ。

 けどそうか、俺を通してアリアが恋という感情を知る……彼女の抱いたものが本当にそれである保証はないけれど、それでもちょっと嬉しかった。

 さて、そんな風に俺たちの間に和やかな空気が流れていた時だった。

 何やら悪い顔をしたアリアが唐突にこんなことを言ったのだ。


「この誰かを想う気持ち……ライアとエクシスの話だと、例の王子もこんな気持ちをエクシスに抱いてる。けれどエクシスには届かないし、エクシスは身も心もライアに夢中になってて脈無し……あはっ♪ ちょっとゾクゾクするね」

「そこまでだ。それ以上はいけないアリア」

「えぇ~? 別に良いじゃんか。他者の不幸を喜ぶつもりはないけれど、想いが伝わらないのも一種のスパイスみたいに感じるから。これは淫魔としての感覚かな?」

「……………」


 取り敢えずそこまでにしておけと制しておく。

 正直、今の俺からすれば今まで以上に王子に対しての申し訳なさがあまりにも大きくなっており、想像しないようにしていたんだよ出来るだけ。

 クスクスと肩を震わせてアリアは笑っているが、王子からすればたまったものではないだろう。


「ま、それはともかくアリア」

「なに?」

「これからもよろしくな?」

「うん。むしろ私からお願いする――これから先、ライアのことだけを想い続けて愛し続けるから。私たち淫魔の生はとても長い……だからライア、永劫に近い時をずっと一緒に過ごそうね?」

「……おう」


 あれ? なんかちょっと寒気を感じたのは気のせいかな。

 とはいえ、紆余曲折あったけど自分の抱える秘密もそうだが改めてアリアに気持ちを伝えられたのは良かったと思う。

 彼女が言ったようにこれから長い間をずっと生き続けることになるんだろうが、傍に彼女が居てくれるのなら退屈なことなんて何もないはずだ。


『ライア様! 私だって死にませんよ! 私もあなたと一緒の存在に――』


 おかしい、変な声が聞こえた気がするが一旦気にしないでおこう。

 身を寄せ合う俺たちを照らす朝日がとても眩しいのだが、この光こそがまるで今の俺の心境を表しているかのよう。

 人間から淫魔に生まれ変わった俺だけど、決して後悔はしないのだと自信を持って頷ける――うん、俺は最高に幸せだ。




【あとがき】


ということで、一旦この作品はここで完結になります。

ぶっちゃけ色々な作業があって忙しく、この先を考えるのが結構大変に感じたからなのもあります。

書籍化やら何やらが一気に押し寄せてきて……はい、オーバーワークでした(笑)

後はまあ新しいラブコメを書きたいってのもありまして、色々考えてこのような形になりました。

この先を気にしていただける方は居るかもしれませんが、一旦はこうして良い形で区切らせてるのが良いかなと思った次第です。

それではみなさん、ここまで読んでくださりありがとうございました!

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淫魔になったから夢に潜って好き勝手に人生相談する! みょん @tsukasa1992

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