笑えば良いと思うよ
「ありがとう魔族の少年。夢という形での出会いだったけど、本当に楽しくて素晴らしい時間だったよ」
「そ、そうか……」
ごめん、これに関しては誰も悪くないけど取り敢えず謝らせてくれ心の中で。
(まさか彼がラグナディアの王子だなんてな……しかも、思いを寄せるのがエクシス……まあこれについては薄々知ってはいたけど)
初めてエクシスに会ったあの時にそれは聞いていた。
魔法と夢の力で蕩けていたエクシスが教えてくれた……確か、こんな感じだった気がする。
『わ、わたひぃ……を……きにかけてくれるひとはいるんでふぅ……』
唯一王子は気に掛けてくれたのだとエクシスは教えてくれた。
その王子に対してエクシスも好ましく考えてはいたが、所詮はそれまで止まりだというのも聞いていたし、恋愛という観点で見れないというのも彼女は言っていた。
そのことを伝えられるわけがないし、何より夢の中とはいえエクシスとヤッちまったことは口が裂けたとしても言えない。
「じゃ、じゃあ俺はこれで戻るよ」
「あぁ! ありがとう!」
頼む! 頼むからそんな爽やかな笑顔を俺に見せないでくれ!
いや、まあでも特に俺が気にすることでは……ないんじゃないか? だって俺は別に現実でエクシスにもそうだが、王子にも会うことはないんだし……全然気にする必要なんてないじゃないか。
魔族なら魔族らしく、知らぬ存ぜぬを貫きやっちまったよって笑えば良いんだよそうしよう。
「……笑えねえけど」
「どうしたんだい?」
「なんでもな~い! じゃあな王子様!」
「さようなら魔族の少年!」
あ、爽やかな笑顔……俺はさっさと王子の夢から出た。
外に出ても香る良い匂いと鮮やかな色……そんな夢だからこそ、周りを流れていく嫌な匂いと汚い色の夢が余計に目立ってしまう。
とはいえもうすぐ朝がやって来そうなので俺は目を覚ますことにした。
▽▼
目が覚めると凄まじく良い香りが俺の鼻孔をくすぐる。
あの王子の夢とかエクシスとか、ああいった存在の夢が放つ香りは淫魔としての感覚を刺激するような良い匂いではある。
しかし、今目の前から感じる香りはそれを超越するほどの香りだ。
「……なんだ。母さんか」
「むにゃ……」
目が覚めた俺を出迎えたのは母さんのお胸様だった。
相変わらず大きくてぷにぷにと柔らかそうな魔性の山二つ、俺は目の前にあるならばとツンツン突きながらアリアはどうしたのかなと視線を巡らせ、母さんが居るということは入れ替わりで帰ったのかなと結論を出す。
「柔らか……って、お?」
しばらく突いたり揉んだりしていたらじわっとしみが滲んだのでそこで止めた。
しかし、サキュバスの女王である母さんにこういうことをして気付かれないわけもなく、いつの間にか目を覚ましていた母さんにバッチリ見つめられていた。
「男の子ねぇライアは。もう満足したの?」
「ジッと見られてて触れないよ」
「それは確かに」
しかも母さんだしなぁ……。
俺も母さんも完全に目が覚めたわけだが、ベッドから出ようとした俺の手を掴んで抱き寄せられる。
咄嗟のことだったので俺はそのまま体勢を崩し、母さんの元へ倒れ込む。
しかし魔法か何かでクルっと向きが変わり、母さんの正面に背中を預ける形で座り込んだ。
「母さん?」
「ちょっと待ちなさいな。少し聞きたいことがあったのよ」
「聞きたいこと?」
「えぇ。何か悩みでも抱えそうな夢を見たの? あなたを抱き寄せている時、少しだけ様子がおかしかったから」
「……あ~」
それってたぶん、ちょうど夢の中で王子と話していた内容だろうか。
確かにこいつは良い奴だと思った瞬間に明かされた衝撃の事実二連発だったし、それが実際に現実の肉体でも表情として出ていたようだ。
「話せないなら構わないわ。ただ、前みたいに何かをしようとして無茶だけはしないこと。あぁそうそう、例の件に関して数日中には準備が整うから」
「そうなんだ。楽しみにしてる」
一体何をするのか……結構気になるしワクワクする。
とはいえ、悩みというレベルではないが少しだけ内容をぼかしながら、どんな夢を見ていたのかと母さんに話してみた。
「なるほどね。夢で仲良くなった女の子を好きな男の子とも仲良くなった……でも女の子の方は一切興味がないことを知っているからどう反応すれば分からないと」
「うん」
「本当にそうなの?」
「……え?」
本当にそうなのとはどういうことですかね……?
今の俺は背中を母さんに預ける形――つまり母さんの股の間に腰を下ろし、足と腕でガッチリと拘束されているので離れることも出来ない。
だからこそ本当にそうなのかと聞いてきた声がちょっと怖かった。
「……なんてね。ライアは分かりやすいから少しだけ誤魔化そうとしているのが分かったのよ」
「俺、嘘を吐くのが下手かもしれない」
「他の子は分からないけど私はあなたの母よ? 余裕よ余裕♪」
そうか……変に誤魔化しても無駄だったのか。
それならと俺は話した――既に人間の女性と一度してしまったこと、そしてその子がその男の子の好きな子であることを。
「あら、もう夢とはいえ経験していたのね」
「……うん」
「あら顔を赤くして可愛いんだから♪ でもそうなると、アリアちゃんとも時間の問題かしら」
だからそういうことは隠れて言ってくれないかなマジで。
俺は勘弁してくれという気分ではあるものの、ここまで話したのだから母さんがどんな意見を持つのか気になる。
大きな二つの膨らみに頭を挟まれ、同時に肩にムニムニと触れているからこそ高級なマッサージを受けているような気がしないでもないそんな状況で、母さんはゆっくりと話してくれた。
「別に気にすることではないんじゃない? そもそもライアは淫魔よ? 人間と関係を持ったとしてもそれはおかしなことじゃないし普通のこと。むしろあなたの方が一歩遅かったと笑ってあげればいいじゃないの」
「……悪魔だ」
「魔族だもの」
確かに……確かにその通りだなと俺は頷く。
とはいえ別にそれを使って煽るようなことはしないし、会うこともなさそうなのでやっぱり俺の気にしすぎなんだ。
俺は魔族、関係の一つや二つ持ったくらいなら堂々としておけば良い。
「でも……ふふっ」
「どうしたの?」
「いいえ、単に精気を吸うために夢に潜ってしたわけではなく、ちゃんと相手を救うという目的があった……それがライアらしいと思ったのよ。本当にあなたが優しい子に育ってくれて私は嬉しいわ」
「……そう?」
「えぇ」
何だろうな……息子として、母さんにそんな風に言われるのは素直に嬉しい。
こういうことを伝えられてしまうから、俺も母さんに極力を迷惑を掛けないようにと心掛けることが出来るのだ……以前の事件は抜きにして。
▼▽
彼は、罪な人だ。
彼が何を指すのか……考えるまでもなくライアのことである。
「エクシス!」
「あら、どうされましたか?」
王国にて、聖女エクシスの元に訪れたのは王子ロキだった。
彼はライアとの夢を経て、すぐに行動に移した――聖女としての力を完全な物とした結果、自分以外の王族や大多数の貴族から嫌われてしまっているエクシスの力になるために、彼女の心を守りたいがために……それは間違いなく愛だ。
「僕は決めた! 君を守りたい! 君のことをずっと守りたい!」
「……はぁ」
「僕はもうお飾りの王子ではなく、しっかりと前を見据えて歩いていくよ」
「……はぁ」
「この国は新しい時代を築かなければならない。僕が新たな王になる」
「……はぁ」
ロキはもう止まるつもりはなかった。
愛する少女のために、その少女が望む美しい王国を実現するために、自分がずっと見て見ぬフリをしてしまった闇を暴き、民たちの希望となる光を見出すために。
これも全てライアとのやり取りがロキを変え、彼を強くした。
(エクシス、これからの僕を見ていてくれ。僕は君に相応しいと言われる男になってみせる。僕はもっと強くなる)
(何をいきなり言ってるんでしょうかこの人は……まあ私からすればどうでも良いことなんですけど)
しかし残念なことにとことん噛み合わない内心である。
「……って、あれ?」
「どうしましたか?」
「なんか……濡れてないかい?」
ロキはエクシスの足元に目を向けてそう呟いた。
エクシスは一切の表情を変えず、少し花瓶の水を零してしまったと口にしたのだが近くにそれらしきものは一切見えない。
それでも好きな子がそう言うならそうなのだとロキは頷いた。
「そうか」
「はい」
……なあライア、確かに君は淫魔として何も気にすることはない。
だがこれ……どうするよ。
(エクシス、今日も綺麗だな!)
(危ないです。つい魔族様を想って慰めていたのが……ぅん♪)
……し~らないっと。
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