十九
「あぶのうございます」と言って宜道は一足先へ暗い石段をおりた。宗助はあとから続いた。町と違って夜になると足もとが悪いので、宜道は
玄関をはいると、暗い土間に下駄がだいぶ並んでいた。宗助はこごんで、人の
やがて
このとき宗助と並んで厳粛に控えていた男のうちで、
自分より一人置いて前の男が立って行った時は、ややしばらくしてから、わっという大きな声が、奥の方で聞こえた。その声は距離が遠いので、はげしく宗助の鼓動を打つほど、強くは響かなかったけれども、たしかにせいいっぱい威を振るったものであった。そうしてただ
宗助はこのあいだの公案に対して、自分だけの解答は準備していた。けれども、それははなはだおぼつかない薄手のものにすぎなかった。
宗助は人のするごとくに鐘を打った。しかも打ちながら、自分は人並にこの鐘を撞木でたたくべき権能がないのを知っていた。それを人並に鳴らしてみる猿のごときおのれを深く
彼は弱味のある自分に恐れをいだきつつ、入り口を出て冷たい廊下へ足を踏み出した。廊下は長く続いた。右側にある
室中に入るものは老師に向かって三拝するのが礼であった。拝しかたは普通の挨拶のように頭を畳に近く下げると同時に、両手の
「一拝でよろしい」と言う会釈があった。宗助はあとを略して中へはいった。
室の中はただ薄暗い
この静かなはっきりしない
この面前に気力なくすわった宗助の、口にした言葉はただ一句で尽きた。
「もっと、ぎろりとしたところを持って来なければだめだ」とたちまち言われた。「そのくらいなことは少し学問をしたものならだれでも言える」
宗助は
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