十五
この過去を負わされた
「いったいこりゃ、どういう了見だね」と自分で飾りつけた物をながめながら、お米に聞いた。お米にも
「知らないわ。ただそうしておけばいいのよ」と言って台所へ去った。宗助は、
「こうしておいて、つまり食うためか」と首を傾けてお供えの位置を直した。
「格好はどうでも、食いさいすればいいんだ」と、うんと力を入れて耳まで赤くした。
そのほかに
「いやどうも」と言った。「押し詰まってさぞお忙しいでしょう。このとおりごたごたです。さあどうぞこちらへ。なんですな、お互いに正月にはもう飽きましたな。いくらおもしろいものでも四十ぺん以上繰り返すといやになりますね」
主人は年の送迎にわずらわしいようなことを言ったが、その態度にはどことさしてくさくさしたところは認められなかった。言葉づかいは活発であった。顔はつやつやしていた。晩食に傾けた酒の勢いが、まだ頰の上にさしているごとく思われた。宗助はもらい
「どうなすったの、ずいぶん長かったわね」と言って時計をながめた。時計はもう十時近くであった。そのうえ清は湯のもどりに
「払いはもうみんな済んだのかい」と宗助は立ちながらお米に聞いた。お米はまだ
「来たら払ってちょうだい」と言って懐の中からよごれた男持ちの紙入れと、銀貨入れの
「小六はどうした」と夫はそれを受け取りながら言った。
「さっき大晦日の夜の景色を見てくるって出ていったのよ。ずいぶん御苦労さまね。この寒いのに」と言うお米のあとについて、清は大きな声を出して笑った。やがて、
「お若いから」と評しながら、勝手口へ行って、お米の下駄をそろえた。
「どこの夜景を見る気なんだ」
「銀座から日本橋通りのだって」
お米はその時もう框からおりかけていた。すぐ腰障子をあける音がした。宗助はその音を聞き送って、たった
陽気そうに見えるもの、にぎやかそうに見えるものが、幾組となく彼の心の前を通り過ぎたが、そのうちで彼の
お米は十時過ぎに帰ってきた。いつもよりつやのいい頰を
「どうも込んで込んで、洗うことも
清の帰ったのは十一時過ぎであった。これもきれいな頭を障子から出して、ただ今、どうもおそくなりましたと挨拶をしたついでに、あれから二人とか三人とか待ち合わしたという話をした。
ただ小六だけは容易に帰らなかった。十二時を打ったとき、宗助はもう寝ようと言いだした。お米は今日にかぎって、さきへ寝るのも変なものだと思って、できるだけ話をつないでいた。小六はさいわいにしてまもなく帰った。日本橋から銀座へ出てそれから、
「
「坂井のお嬢さんにでもおあげなさい」と言った。
事に乏しい一小家族の大晦日は、それで終わりを告げた。
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