二
そこに気のつかなかった宗助は、町の
そういうときには彼は急に思い出したように町へ出る。そのうえ
この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは乗客が少ないので、例になく
頭の上には広告がいちめんに
宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧に三べんほど読み直した。べつに行ってみようと思うものも、買ってみたいと思うものもなかったが、ただこれらの広告がはっきりと自分の頭に映って、そうしてそれをいちいち読みおおせた時間のあったことと、それをことごとく理解しえたという心の余裕が、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜以外の
宗助は
宗助は微笑しながら、せわしい通りを向こう側へ渡って、今度は時計屋の店をのぞき込んだ。金時計だの金鎖がいくつも並べてあるが、これもただ美しい色や
ふと気がついてみると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある。
この店の曲がり角の影になった所で、黒い山高帽をかぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうにあぐらをかいて、ええお子供衆のお慰みと言いながら、大きなゴム
忙しい往来の人は何人でも通るが、だれも立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑やかな町の
宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡したときには、もう空の色が光を失いかけて、湿った往来に、暗い影がさしつのるころであった。降りようとして、鉄の柱を握ったら、急に寒い心持ちがした。いっしょに降りた人は、みんなはなればなれになって、ことありげに忙しく歩いてゆく。町のはずれを見ると、左右の家の軒から屋根へかけて、
宗助は七日に一ぺんの日曜ももう暮れかかったので、早く湯にでも
「だれ?
「やあ、来ていたのか」と言いながら座敷へ上がった。さっき郵便を出してから、神田を散歩して、電車を降りて
「お米、お米」と細君を台所から呼んで、
「小六が来たから、なにかごちそうでもするがいい」と言いつけた。細君は、忙しそうに、台所の障子をあけ放したまま出てきて、座敷の入口に立っていたが、このわかりきった注意を聞くやいなや、
「ええ今じき」と言ったなり、引き返そうとしたが、また戻ってきて、
「その代わり小六さん、はばかりさま。座敷の戸をたてて、ランプをつけてちょうだい。今
「はあ」と言って立ち上がった。
勝手では清が物を刻む音がする。湯か水をざあと流しへあける音がする。「奥様これはどちらへ移します」と言う声がする。「
宗助は暗い座敷の中で
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